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【東京ヤクルト】エルビン・ロドリゲス獲得成功の舞台裏

オールスターブレイクを目前に控えた6月末、読売巨人がアルベルト・バルドナードの獲得を発表、次いで阪神タイガースが国内独立リーグ所属のフランクリン・キロメとアントニオ・サントスの視察/調査を実施。7月末の支配下登録期限に間に合わせるべく、各球団の慌ただしい動きがニュースを賑わす中、驚きの一報が米メディアからもたらされた。

タンパベイ・レイズ所属のプロスペクト右腕、エルビン・ロドリゲスのNPB移籍が決定済との報道である。

この時点で球団名は明かされなかったが、彼を射止めたのは、連覇中ながら不振に陥っていた東京ヤクルトスワローズだった。

奥村国際担当部長を始め、ヤクルト関係者の方々のコメントから伝わる熱量や期待度の高さからも、会心のビッグディールだったことが伺える。優良スターターコンビに加え、将来のエース格も期待できる右碗を補強、球団オーナーによる全面的なバックアップが実った形となった。

奥村国際担当部長は「先発の必要性を現場から要望されていたので探していた。25歳と若く、長い目で育て、将来的にはチームの中心的なピッチャーになってほしい。アメリカの若いピッチャーは速い球を投げてどうだ、というパワー重視になっていて、逆に日本の野球と離れていっている。そんな中、彼は緩急やクイックを使い、勝つための投球を落ち着いてやっていた。」と語った。

日刊スポーツ

関係者は「これだけ若い有望株を取れるチャンスはなかなかない。日本で投球術を学んで、将来的にはエース格として引っ張ってほしいという夢もある」と緊急の補強ながら中・長期的なビジョンも語った。

デイリースポーツonline

 
前置きが長くなってしまったが、今回は、東京ヤクルトがエルビン・ロドリゲスの獲得に成功した要因を紐解いていくことにする。NPB移籍の第一報が届いた時点では驚きしかなかったが、今となってはヤクルト編成の見事な立ち回りだったと感服するほかない。


1.国籍(年齢)

弱冠25歳のプロスペクトによる、シーズン中のNPB移籍は非常に稀なケースと言える。これには、エルビン・ロドリゲスがドミニカ共和国出身という点が大きく影響していると考えられる。貧富の差が激しく、野球は娯楽であると同時に、貧困から抜け出す手段の1つともなってる。

彼らドミニカ人の最初の目標は、元メジャーリーガーや有力な指導者(リクルーター)が開いている私設の野球アカデミー(経営規模は様々)で腕を磨き、16歳になった年にMLB球団と契約することである。国際FAランキング30位内に入るようなプロスペクトは100~500万ドル前後の契約金を手にすることができるが、30~50位内で50~100万ドル、100位内で10~30万ドル、それ以降は数万ドルで契約となる。

しかし、この契約金は所属していたアカデミーと分け合うため、全てが手元に残るわけではないのが実情だそうだ。MLB球団と契約後は、球団傘下アカデミーで教育を受けながらマイナーを駆け上り、メジャーで大金を稼ぐことが彼らの終着点となる。この件に関しては、NPB球団をも巻き込んだ非常に面白い話があるので、別の機会に書ければと思う。

彼が2014年に交わしたLAAとの契約金は不明ながら、この年契約した16名のうち契約金10万ドル以上は5名。その中に彼の名は記載されていないことから、数万ドル程度だったことが予想される。こうした背景もあり、ヤクルトがオファーしたとされる年35万ドル+インセンティブは魅力的に映ったようだ。サービスタイム(26人枠登録期間)が1年分にも満たない状況にあり、大幅昇給が望める年俸調停権を得られる3年分のサービスタイムを獲得するまでは、ミニマムサラリー(最低年俸)での契約を求められる点も考慮したと推測される。

北米国籍の選手に比べ、中南米国籍の選手は比較的早く来日する傾向があるのも、こうした金銭的な理由があると思われる。お金を稼ぐために祖国を後にしていることもあり、他国リーグへの移籍に対するハードルが低いというのが、今回のNPB移籍の要因の1つとなる。


2.マイナーFAとDFA

当時のエルビン・ロドリゲスのステータスは40人枠外だった(移籍内定後にコールアップされ登板した)が、彼をシーズン後も保有できる状況にないチーム事情も大きい。その一因となるのが、彼が保有していたマイナーFAという権利にある。

FA権の取得条件が1軍登録日数のみのNPBとは異なり、MLBにはマイナーリーグの在籍期間に応じてFA権を取得できる、マイナーFAというシステムが存在する。彼はこの権利を保有しており、シーズン終了後に40人枠を外れた場合、FAとして移籍市場に参入できるのだ。つまり、タンパベイ・レイズが彼を保有し続けるには、いずれかのタイミングで40人枠に入れ続ける選択肢しか残されていなかったことになる。

また、40人枠から外したあとも傘下のマイナー組織に置いておくには、DFAからアウトライトウェイバーにかける必要がある。この際に、他球団からクレーム(獲得申請)された場合、数万ドルのキャッシュと引き換えに譲渡しなければならない。彼の将来性やトレードチップとしての価値、今季の好成績を踏まえると、ウェイバーを通過する可能性は低いと考えられる。結果的にウェイバーを通過し、マイナー組織に置いておくことに成功しても、オフシーズンに待ち受けるのは前述のマイナーFAである。

メジャーで一定の活躍により40人枠に入れ続ける未来もあったが、ワーストケースは無償で彼を失うことにある。チーム状況と彼の状況を天秤にかけた結果、売却可能なうちに利益を確保しようと考えたのではないか。こうした理由により、放出可能リストに載ったと推測される。


3.タンパベイ・レイズ

タンパベイ・レイズを知っているか?
知っているが詳しくはないと答える方が多いと思う。私もその1人だ。

1998年のエクスパンションで誕生した新興球団ということもあり、日本における知名度は比較的低いものとなっているのが現状ではないか。それでも、近年の目覚ましい躍進に加え、腕組みポーズでお馴染みとなった、スーパースターのランディ・アロザレーナの台頭により、日本のメディアでも大々的に取り上げられるようになったことは記憶に新しい。

レイズの躍進を支えているのは、ファームシステムにあると評されることが多い。経営規模が小さいため、FAのビッグネームを獲得するのではなく、プロスペクトの育成に力を入れたことで成功した球団と言える。直近のファームシステムランキングでも上位に食い込んでおり、今後も有望な若手の台頭が見込まれている。

Ranking all 30 farm systems
2023 preseason rank:
 6
2022 midseason rank:
8
2022 preseason rank: 3
2021 midseason rank: 6
2021 preseason rank: 1

MLB.com

2の項にて前述した、“エルビン・ロドリゲスに対し、シーズン後も保有できる状況にないチーム事情”というのは、この優秀なファームシステムにある。

スターター5枠のうち、4枠を自前で育てた投手が占めるなど、MLB屈指の育成能力を誇る球団と評されるのも納得の陣容である。更には、TJ術からの復帰を目指すシェーン・バズやメイソン・モンゴメリー、コール・ウィルコックスにエバン・マッケンドリーも控えている。このように途切れる事無くプロスペクトの名前が挙がるのが、レイズの充実したファームシステムの実情を物語っている。つまり、彼のポテンシャルはプロスペクトに相応しいが、チーム内の序列としては高くなかった可能性があることの裏返しでもある。

オフシーズンにはルール5ドラフト対策により、上記のようなプロスペクトを40人枠に移動させる必要がある為、レイズの40人枠の人選はシビアなものが予想される。こうした状況から、彼を40人枠内で保有し続けることは厳しいと判断し、リリースを容認したのではないかと思われる。無償で彼を失うのではなく、金銭的な見返りを得ることで折り合いを付けたのだ。合理的な経営判断を下せるレイズフロントの存在は、ヤクルト編成にとって大きかったと言えるのではいないか。

経営規模の小さな球団にとって、こうした保有権の売買によるトレードマネーが貴重な収入源の1つであることは広く知られている。双方にメリットのある取引であり、駆け引きは球団編成の腕の見せ所でもある。外国人選手獲得資金に制限のあるKBO球団には気の毒な話ではあるが・・・。

外国人選手市場でKBO球団の立場は弱い。需要が供給をはるかに上回るため、選手を保有しているMLB球団が主導権を握っているからだ。フェアな交渉ができる球団もあれば、所謂「保有権ビジネス」に積極的でタフな交渉となる球団もある。構想外の選手であっても、アジア球団が関心を示せばトレードマネーの交渉から始まるのだ。

isplus.com(韓国メディア)

レイズが保有権ビジネスを行う球団に該当するかはさておき、40人枠外のマイナーリーガーのトレードマネーは10~20万ドルが相場とされている。これが40人枠内のプロスペクトとなると50万ドル以上となる。22年オフに読売巨人が獲得したヨアン・ロペスは60万ドル、20年オフに広島カープが獲得したケビン・クロンは50万ドル(ARI側の初回提示額は75万ドル)と報道されている。

こうした前例を踏まえると、決してリーズナブルとは言えないであろうトレードマネーを支払ったと推測できるのではないか。同時に、ヤクルト編成の期待度の高さと意気込みを感じ取れるのだった。



驚きしかなかったエルビン・ロドリゲスのNPB移籍だったが、彼のバックボーンや置かれている状況を整理していくにつれ、ヤクルト編成の思慮深さと大胆さを再認識させられる結果となった。

ヤクルト編成が仕掛けた最大のマジックは、シーズン中の獲得にあったと言えるのではないか。オフシーズンのマイナーFAor40人枠から外れるのを待って獲得に向かった場合は、NPB他球団との争奪戦やMLB他球団によるクレーム(獲得)の可能性も大いにあった。5月中に獲得の方針を固め、ここしかないという絶妙のタイミングでの交渉成立は、お見事としか言いようのない鮮やかな立ち回りだった。

強かなヤクルト編成と合理的なレイズフロントによってデザインされた、エルビン・ロドリゲスのNPB移籍。クレバーな両球団が纏め上げた会心のビッグディールに、流石プロ球団の編成だなあと膝を打たずにはいられないのだった。
 


あとがき

予想だにしていなかったプロスペクト右腕の獲得報道。お恥ずかしい話ながら、動画制作予定リストどころか候補リストにすら入れておらず、完全にノーマークな投手でした。バイアスというのは怖いもので、25歳のスターターが来日するわけがないと、高を括ってソート外にしていました。毎年セプテンバーコールアップの時期に3Aリーガーを精査し直しますが、それでも今オフの候補リストには入れなかっただろうと思います。

今となっては、ヤクルト編成が張り巡らせたアンテナの精度にただただ驚くばかりです。今回は非常に稀なケースであり、今後もプロスペクト投手の獲得が続くことはないと思われますが、若くして来日を果たしたエルビン・ロドリゲス投手の成功を願わずにはいられません。



次回は、NPBにおける外国人選手のトレンドとキューバ/ドミニカで暗躍する人々や組織をミックスして書ければなあ、とぼんやり考えています。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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