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【千葉ロッテ】幻と消えたフランチー・コルデロ

事の発端は、ニューイングランド圏のプロスポーツをカバーするWEEI.comに在籍している、Rob Bradford氏によるtweetであった。彼は連日ボストン・レッドソックス関連の記事を執筆している現役の記者である。また、老舗メディアであるボストンヘラルドのレッドソックス番記者であった経歴も、その情報の信憑性を高めるものであった。

そんな彼によってもたらされた、フランチー・コルデロに関する”NPB球団による長年の強い関心”と、”来季はNPBでプレーするだろう”という2つの情報のインパクトは非常に大きかったと言える。

これに呼応したのが、Thomas Carrieri氏。彼はボストンのプロスポーツを網羅したウェブサイトを開設するなど、レッドソックスに造詣が深いインフルエンサーである。そんな彼が、バリー・ボンズの動画を添付してtweetしたのが以下の内容であった。

多数のフォロワーを抱える彼のユーモアに溢れた”ジョーク”がネットを駆け巡った結果、千葉ロッテのF・コルデロ獲得が既定路線のように語られることとなった。しかし、翌月初頭に米メディアがボルチモア・オリオールズとの契約を報じると同時に、このNPB移籍の噂は幻と消えたのだった。

こうして、レッドソックス番記者とインフルエンサーが巻き起こした、センセーショナルな移籍劇は幕を閉じた。


また前置きが長くなってしまったが、今回はF・コルデロのNPB移籍の可能性は本当にあったのかについて考察していくことにする。敏腕記者の”確かな情報”とMLB球団の”本気度”、インフルエンサーの”ジョーク”から透けて見えた答えは、限りなくYESに近いNOだった。


1.タイミング

Rob Bradford氏のtweetの信憑性を高めることになった一因が、発信するタイミングにあったと言える。F・コルデロは年俸調停権を保有しており、レッドソックスは11月18日午後8時までに来季契約の意志を通知する必要があったがこれを拒否。こうして、彼はノンテンダーFAとして移籍市場に参入することになった。

これを受けて、Rob Bradford氏は翌19日に”予想:来季はNPBでプレーする”とtweet。FAとして移籍市場に参入することが確定したタイミングでのtweetは、非常にインパクトのあるものであり、何らかの情報を掴んでいると考えてもおかしくない状況であった。

NPB球団はリストアップから獲得調査を経て、40人枠を外れFAになったタイミングで獲得に向かうのがセオリーとなっている。また、FA権を保有していないマイナーリーガーに関しては、所属球団にトレードマネーを支払うことでリリース・ウェイバーにかけてもらい、日米球団の紳士協定に基づいて優先的に契約する。その他、FA後の争奪戦を避けるため、40人枠を外れるのを待たず、マイナーリーガー獲得と同様の手順を踏むというケースもある。

今回のF・コルデロのケースは1つ目に当たる。

加えて、Rob Bradford氏のtweetにはNPB球団からの関心についても触れられており、ノンテンダーFAとなった時点でNPB球団からのアプローチがあったであろうことが推測される。それが千葉ロッテであったかどうかは不明ではあるが・・・。


2.スプリット契約

F・コルデロのNPB移籍が実現しなかった、最も大きな要因となるのが、オリオールズと結んだ"異例"のスプリット契約にあると考えられる。スプリット契約とは、基本的にマイナー契約ではあるが、メジャー昇格(40人枠入り)した際には事前に合意した条件で契約を結び直すというものである。

このスプリット契約自体は非常にポピュラーなもので、実績豊富なベテランや怪我からのカムバックを目指すメジャーリーガーが結ぶケースが多い。契約の内容は規模は様々で、特定日までにメジャー昇格が叶わない場合はオプトアウト可能となる権利が付帯されていたり、年100万ドル程度から年500万ドル以上の大型契約が結ばれることもある。

無条件でオプトアウト可能な契約を結ぶ選手がいる一方で、オプトアウト可能な日付が設定されている選手もいる。開幕日や5月1日、6月1日といったキリの良い日付が設定されているケースが多いのだが、これらは球団側にメジャー昇格を迫れる立場にあるとも解釈できる。従って、実力を証明済の選手たちが、メジャーでの出場機会を求めて結ぶ契約と言えるのだ。

では、なぜ彼が結んだスプリット契約が”異例”であったのか。その理由はマイナーサラリー保障が付帯されていたからである。彼がオリールズと結んだ契約は、年45万ドルのマイナー保障(40人枠入りで135万ドル)となっている。つまり、一度もメジャーに昇格できずマイナーリーグでシーズンを終えようとも、年45万ドルが保障された契約となる。

このマイナーサラリー保障契約というのは極めて稀なケースである。メジャー昇格を目指しながらも一定のサラリーが保障されるのであれば、他球団や海外リーグに移籍する必要はないと考えてもおかしくはない。こうした契約を結べるのも、彼が他球団から関心を集められる選手であったからとも言い換えられる。

その他球団とは一体どこなのか。

その答えを持っている選手が1人いる。21年オフに西武ライオンズが獲得したブライアン・オグレディ(OF)である。彼は19年3Aでの活躍により、アジア球界から注目される野手となった。特にKBO球団からの関心が強く、度々メディアに取り上げられるなど、常に熱視線を送られる存在となっていたのだった。

そんな彼は20年オフ、タンパベイ・レイズよりリリースされFAになる。これを受けてNPB球団とKBO球団が入り乱れて争奪戦を繰り広げたのだが、勝者はなんとサンディエゴ・パドレス。チームが彼と結んだ内容は、マイナー30万ドル保障(40人枠入りで65万ドル)のスプリット契約。異例のマイナーサラリー保障が決め手であった。

当時はCOVID-19によるマイナーリーグ全休の影響もあり、各球団が3A/メジャーで実績のある選手を囲えるだけ囲っていたという背景があった。しかし、ほぼメジャー実績のないに等しい彼に対し、マイナーサラリー保障契約をオファーしたという事実は、明らかにアジア球団を意識したものであったことに違いない。

つまり、F・コルデロに関しても、間違いなくアジア球団からのアプローチがあったと言えるのではないだろうか。

そんな彼の今季は、開幕を前にオリオールズの40人枠入りが叶わぬままリリース、後にニューヨーク・ヤンキースとこちらもマイナー保障18万ドル(40人枠入りで100万ドル)のスプリット契約を結んだ。まるで、アジア球団からのアプローチを遮るかのような、MLB球団の本気度が垣間見えたオファーであったように思う。


3.倉持学

近年のNPBにおける敏腕国際スカウトといえば、東京ヤクルトで絶大な実績を残した中島国章氏、中日ドラゴンズの要職を歴任した森繁和氏、ソフトバンクホークスで暗躍する新進気鋭の萩原健太氏が挙げられる。

その中に割って入るのではないかと思われるのが、19年より千葉ロッテの国際スカウトに就任した倉持学氏である。井口監督時代は懐刀であるデービッド山本氏が実権を握っていたようだが、22年には国際ディレクターに昇進するなど、事実上の海外編成のトップに就任したと考えられる。

彼を一躍有名にしたのは、MLBのセーブ王ロベルト・オスナの獲得であったことに違いない。

18年のDV規定違反によるサスペンデッド歴と、TJ術が必要とされていた肘のコンディション不良により、20年オフに契約延長オファーを受け取れなかったR・オスナ。翌年3月にドミニカ共和国でショーケースを開催し、ロサンゼルス・ドジャースやニューヨーク・メッツを始め、複数球団のスカウトが視察。6月末の時点で2球団、9月中旬には6球団からMLB復帰に向けたオファーを受け取るも、条件面を理由にこれを固辞。同年5月より、古巣であるメキシコシティ・レッドデビルズ(LMB)でプレーを続けていた。

21年オフにも幾度となくMLB復帰の噂が流れたものの、DV関連に敏感なお国柄であることと、肘のコンディションに懐疑的な面もあり、復帰は困難な状況であった。22年の春先にはNPB移籍の噂が流れるも、具体的な球団名が挙がることはなく、こちらも噂のまま立ち消えとなったかに思われた。

しかし、衝撃のtweetがメキシコより舞い込んだのだ。

メキシコのスポーツジャーナリスト、Blanca Cineros氏によるR・オスナのアジア移籍の一報である。彼女は解説/コメンテーターに留まらず、ラジオ番組のプロデューサーとしても活躍。野球の普及に特化したプログラムを立ち上げるなど、情熱に溢れるジャーナリストと評されている。

これに反応したのが、LMBやメキシコ出身選手に非常に強いメディアであるBeisbol Puro。ここで初めて倉持学氏の名が挙がることとなる。

5月31日に倉持学氏がキーであること。翌日には、彼が千葉ロッテの海外スカウトであり、数週間に渡りR・オスナ獲得に奔走していたことがtweetされた。その後メディカルチェックを経て、無事契約へと至ったのだった。

これだけの大物を口説き落とした彼の手腕には、脱帽せざるを得ない。同時に、同郷でもある球団OBのルイス・クルーズ氏が入団を後押ししたことも、非常に大きな要素であったと考えられる。OBのコネクションも活用した、鮮やかな大仕事であった。

一方で、2シーズンに渡りLMBで登板していたものの、常に肘のコンディション不良の可能性を孕んでいた事は事実であった。しかし、そんな不安を払拭するかのようにG29/ERA0.92/WHIP0.61という支配的なスタッツをマーク。獲得が大正解であったことを証明すると共に、倉持学という名を轟かせたのであった。

そんな彼が22年オフに進めたのは、主力外国人選手をドミニカ共和国出身の選手で固めることであった。スターターにC.C.メルセデス(LHP)、スウィングマンとしてL・カスティーヨ(RHP)、セットアッパー/クローザーにはL・ぺルドモを獲得したのに対し、野手はG・ポランコ(OF/DH)ただ一人。

オフシーズンより千葉ロッテは、外国人野手枠(ドミニカ人)に空きがあり、両翼を固定できず、パワーバット不足が懸念されていた。この条件を満たす外国人野手は確かにいた、その名はもうお分かりだろう。

バリー・ボンズ、もといフランチー・コルデロである。


 
事例をひとつひとつ並べた結果、F・コルデロのNPB移籍の可能性は間違いなくYESであったが、MLB球団の熱量が想像以上に高かったという結論に至った。少なくとも、彼がMLB複数球団からマイナーサラリー保障が付帯されたスプリット契約を得たという事実は、アジア球団からのオファーがあったことの裏返しである。

それが千葉ロッテであったかどうかは知り得ないが、それを”ジョーク”という言葉で終わらせてしまうにはあまりに惜しい。幸か不幸か、彼は今オフもFA市場を賑わせることになる。敏腕スカウトである倉持国際ディレクターがどのようなアクションを起こすのか、はたまた他球団によるアプローチが発覚するのか。そう遠くない未来に答え合わせができると思うと、そわそわと落ち着かない気持ちになるのだった。

レッドソックス番記者とインフルエンサーが演出した移籍劇は、F・コルデロが幻と消えたシーンで幕を閉じた。しかし、幕の隙間から覗き見た舞台袖には、紛れもなくアジア球団の影があったのだ。
 


あとがき

F・コルデロの移籍騒動はいつか書ければなと思っていました。というのも、文中にある通り、マイナーサラリー保障が付帯されたスプリット契約というのは、そうそうお目に掛かれないレアケースだからです。

B・オグレディの前例があるように、こうしたマイナーサラリー保障契約は、他球団(他国)からプロテクトすることを目的に結ばれます。つまり、F・コルデロに対し、本腰を入れて獲得に向かったアジア球団の存在が示唆されたと言い換えることができるのです。

移籍関連の噂やリストアップ情報が可視化されるケースはそう多くありません。しかし、メディアからの情報や前例、置かれている状況や契約内容といったピースを組み合わせることで、新たな発見があるのかもしれません。目当ての選手がいる方は、その契約内容にも着目してみてはいかがでしょうか。



最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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