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故人を想いながら筆を動かす

人に見せるための文章じゃない。気持ちが壊れてなくなってしまいそうで、ただ自分で折り合いをつけるために書き散らす。

僕には大切な人がいた。たぶん、僕が漫画家になりたいと打ち明けた相手の中で、初めてそれを応援してくれた人だった。幼いころから変わってるとかおかしいと言われて、異形として扱われていた僕の目を正面から見てくれる大人だった。あの頃の僕はその人以外に心を開ける大人を知らなかった。

その人はもう居ない。癌だった。まだ50かそこらだった。

彼女の死の報が届いたとき、僕は東京にいた。一度夢をあきらめて、会社勤めを選んだらそこで周囲と不和を起こし、上手く行かないまま精神まで破綻させて、うつ病になって休職して、それでも故郷に戻ることを選ばないで、ただ独りでいた。

身体を悪くしていることは聞いていたけど、そんな重い病気だったなんて知らなかった。説明されていたのかもしれない、だけどその時の僕の精神状態ではたぶんまともに耳に入ってなかったんだと思う。だから、彼女が亡くなったと聞いたときは横っ面をひっぱたかれたように驚いた。

葬式には行けなかった。来るなと言われたのか、そもそも移動に耐えられないくらい僕自身が心身を崩していたのか、もう覚えていない。

もうあれから何年経ったかわからない。今僕は、商業誌で漫画を描いている。読み切りを載せて、連載を目指している。

だけどその作品を、あの人が見てくれることはもうない。

祝ってほしかった。読んでほしかった。鉛筆書きでめちゃくちゃな、下手糞な絵で埋まったノートを、バカにしたり笑ったりしないで最後まで読んでくれたあの人に、今の僕を見てほしかった。

墓に手を合わせることもできない。海に散骨してしまったらしいから。僕はいつも、あとになってからじゃないとあの人のことを知れない。血のつながりもない、関係性だけ見ればただの赤の他人だ、そりゃあそうだろう。仕方ないことだけど。

ついこの間、1か月前、本当に偶然が重なった結果、なんとか仏壇に手を合わせることだけはさせてもらえた。もっと早く会いに行きたかった。ごめん。

今になってこんなことを言っても何の意味もないことくらいわかっている。だけど本当に知らなかったんだ。あなたがそんな苦しんでいたというなら、あんな会社なんかすぐ放り出して見舞いに行きたかった。

生者は死者と会話できない。たぶん死者同士も会話できないんだろう。だから僕はもう二度とあなたと会って話せない。どんなに頑張っても、絵を描いても仕事をしても、血を吐く思いで日々を過ごしても、取り戻せるものはない。

だからこうして一方的に話しかけることしかできない。

大好きだったんだよ。あなたがいてくれることが、どうしようもなくうれしかったんだよ。憂鬱な帰り道でも、家の前にあなたのデカいジープが停まってるのを見たら小走りになって家に入ったんだ。

最近千鳥がテレビでよく出てて、そのたび岡山弁が流れてきて、少しだけあなたの訛りを思い出す、がさつなのに優しかった言葉を、僕の住む町には無かった響きを思い出して、バラエティ番組流してんのに時々ひどく切なくなって、参るんだ。

まだ胸張って報告できることもないし、まだなにかやり遂げたわけじゃないけど、もしこれから俺が成功したら、あなたの骨が撒かれた海に行く。あなたの故郷の瀬戸内海を見に行く。

それがはたから見たら何の意味もない、ただの自己陶酔でも良い。


化物だった俺を、人間にしてくれたのはあなただ。あなたが教えてくれたものを、俺は今描いているよ。


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