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どんな言葉を尽くしても言い表せない。「マイ・ブロークン・マリコ」感想

読み返すたびに涙があふれるような作品に出会えたことを幸運だと思う。

僕にとって「マイ・ブロークン・マリコ」はそういう作品になった。


「いつもの悲劇」に風穴を開けるための冒険

地下鉄の駅構内に本屋があって、そこで特に理由もなく買った。電車の中で読みふけり、目的の駅についても読むのをやめたくなくて、降りた駅のホームで読み終わるまでじっと、柱にもたれて読み続けた。

感想を書こうと何度も思ったのだけど、どう言い表していいかわからなかった。こんな突き刺さるような悲しみと痛みに、生半可な言葉で向き合ったら失礼だとまで思った。

物語を描く人間としては良くないのかもしれないけど、僕は映画や漫画や小説のような具体的なストーリーが提示されている表現物だとあまり泣いたことがない。(それでも「トライガン」「グラントリノ」等は該当するが)もちろん感動はするし心が動くが、本当に大粒の涙が出てくるようなところまではあまりいかなくて、そういうときはどちらかというと詩や音楽のような表現に弱い。それはきっと詩や音楽がより抽象的で、聞き手の自我と重ねやすいからだろう。

だけど、「マイ・ブロークン・マリコ」は違った。

今更事細かなあらすじの解説は必要ないだろう。もし未読の人でこの文章を読んでいる人がいたら、「虐待やDVを受け続けてた果てに自殺した親友マリコと生前交わした約束を果たすために、主人公のシイちゃんが彼女の遺骨だけ持って海に向かう話」とだけわかっててくれればいい。

「誰にでも起こりうる話」では到底ない。そうとう「具体的」で、抽象的とは対極にある。

だけどこれは、「僕が生きてきた世界で、確かに目撃したり体験してきた物語なんだ」と感じさせる。

ネットニュースの見出し、ワイドショー、「友達の友達が~」…世界のどこかでいつも起きているのに、そこに焦点を当てないで過ごしてきた「誰かの悲劇」。その悲劇に主人公は、傷だらけになりながら飛び込んでいく。

蜘蛛の巣に囚われたように生きたマリコ

主人公のシイは、親友マリコのために、彼女の生前も死後もあらゆる手を尽くす。

DV彼氏とフライパン一本で殴り合ったり、性的虐待を繰り返していたマリコの実父に蹴りを入れられながらも彼女の遺骨を奪い窓から飛び降りる。

彼女を放っておいたっていいはずなのに。「面倒なメンヘラ、関わらないほうがいい」と切り捨ててもいいはずなのに、実際に自分が損失を被っているのに、それでも彼女は立ち向かう。その相手は単に、絶対悪たる虐待親や彼氏に対してではない。

「お願いシイちゃん、『お前が悪かったんだ』って言って…!そうじゃなきゃおかしいでしょ?割に合わないでしょ…?」

骨になったマリコの幻影がシイに問いかける。本作では霊や死後の世界は登場しない。つまりこの幻影の言葉はシイが思う「マリコが言いそうな言葉」であり、ひいてはシイが、マリコを守るために度々傷つき自分をすり減らしてきた自分自身へ薄々思っていることでもある。

それでもシイは言い切る。虚空に向かって、もう居ない彼女に答える。

「ううんマリコ。あんたなにも悪くない。あんたの周りの奴らがこぞってあんたに自分の弱さを押し付けたんだよ…」

弱さを抱えた人間。弱い姿でしか居られなかった人間。シイは世渡りは下手でも機転が利くし根性もある、「負けてたまるか」と不屈の心を燃やすエネルギーがある。だけどそれは誰にでも手に入るものじゃない。きっとシイもそれをわかっている。

だからシイは、強くなる機会を与えられず、奪われ殴られ、搾取されつづけることで自尊心の一切を失ってしまった、傷つけられ続けることでしか自分一人が座れる場所を獲得できなかったマリコに向けて、「それでもあんたは悪くない」と言い切る。

きっとシイは、マリコが生きている間に言ってあげたかったんだ。

それなのにマリコは唐突に自死を選んでしまった。本当に、手を伸ばして落ちていく腕をつかむことすらできないくらい一瞬のうちにそれは起きて、マリコは地面にたたきつけられてしまった。

やり場のない激情の濁流に身を呑まれ流されてゆくようにシイの旅は始まり、そして爆発する。

枯れた田畑を耕し続けたかのように

マリコは1話ですでに故人であり、シイがどれだけ走っても生き返ることは無い。

死者であるマリコにはシイのその後の奮闘を認識できない。傍から見たら無意味で酔狂なだけに見えるかもしれない。だってシイは、もはや「終わったこと」であるマリコのために自分で自分を苦しめているから。

それでもシイはマリコのために走る。横転し、けがをし、蹴られ、奪われる。それは亡き友への無償の愛であると同時に、彼女を救えなかった自分を罰しているようにまで見える。

その果ての果てで、ついにはあれほど闘志に満ちていた彼女があきらめてしまいそうなときに、「それ」は起きる。

まだ未読の人はぜひ、その瞬間を目撃してほしいと思う。

なにも無駄じゃなかった。

シイとマリコが出会ったことも。友達になったことも。果たせない約束を何個も積み重ねてきたことも。


読んでから数日経ってて、まだ言葉を整理できてるか自信が無くて、こんな文章で出してしまっていいのかよくわからない。

でもこれだけは言えるのは、僕はこの作品と著者を、心から尊敬します。

こんな凄い作品と出会わせてくれてありがとう。

ここから1話無料で見れるみたいです。是非。

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