見出し画像

BTS "Miss Right" Miss Rightの条件 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.128

そうさ 君を思えば
心が無性に痺れてくる
俺の冬の海、君を歩きたい


Miss Right



君は僕の理想の女性
ミス・ライト
君を逃せば失敗、そうだろ
ミス・ライト?(そうだよね)
君は僕の理想の女性
ミス・ライト
ねえ君、僕にキスして欲しいの?
ミス・ライト(わかったよ)

あでやかな君の心 なまめかしいカラダ
脳のしわひとつまで
官能的に生まれたひと
そう デニムのショートパンツと
白いTシャツに コンバースハイ
君の身体でパーティーしたくなる
たおやかな長い髪の先で
瑞々しく澄んだ骨盤がさえずる
一塊の森のような君、
都市の中で煌めく
その非現実的な身体で
僕の現実を抱いて欲しい そして 
僕にとっての真の現実になってよ
時には母親、時には精力エナジー
あゝ 俺は正直さ
見た目も余りにも良くて
気が休まらない俺の天敵
他所よそで多いノーマルとは違って
君みたいな女性を
アブノーマルだと言うらしい
そうさ 君を思えば
心が無性に痺れてくる
俺の冬の海、君を歩きたい

そうさ君は僕だけのもの
君は 僕にとっての最高
君の一日を知りたい
君の溜息になりたい
そうさ君は僕だけのもの
君は 僕にとっての最高
映画の中にでもいるみたいだった
その人
空模様までちょうど良いね
君とはぴったりみたい 僕は
小説の中にでもいるみたいだった
その人
正に君だよ

何故だか人はそうやって
世界を独りで生きるような錯覚になるね
僕のそばを通り過ぎるあなた
僕の心には君と言う甘い風が吹くね
君は特に飾らなくても
魅力という香水を撒くだろうね たぶん
神はいないと信じていた僕までも
神を信じるようにさせる
僕にとって女神は正に君
君が年下だろうがそうでなかろうが、
年上だろうが隠し子がいようが、
僕は関係ないよ 僕が君を愛すれば
君と一緒ならどこだろうと花咲く庭
ブランドバッグを持つのではなく
僕の手を握ってくれる
妬み嫉みよりは
人となりをわかってくれる
そんな君と共に僕たちの未来を描いてみる
僕たちふたりの靴の間には子どもの運動靴

そうさ君は僕だけのもの
君は 僕にとっての最高
君の一日を知りたい
君の溜息になりたい
そうさ君は僕だけのもの
君は 僕にとっての最高
映画の中にでもいるみたいだった
その人
正に君だよ

ちょうど来たみたい
僕の心を揺さぶった主人公が目の前に
僕は惹かれているみたい
磁石みたいに 今 正に君に
君の人生 君の心 君の顔
また 君の輪郭
まるでパズルの欠片
ひたすら僕の理想のタイプを一致させた人
なんてこった 君と言う日和に導かれる風
君は花 僕は蜂
いつも君に向かって行くばかりなんだよな

君に僕の'ミス・ライト'の
たくさんの条件について話した
でも何故君が僕の'ミス・ライト'なのか…
君が…ただ、君が

そうさ君は僕だけのもの
君は 僕にとっての最高
君の一日を知りたい
君の溜息になりたい
そうさ君は僕だけのもの
君は 僕にとっての最高
映画の中にでもいるみたいだった
その人
空模様までちょうど良いね
君とはぴったりみたい 僕は
一緒に歩いてみようか
共に 歩いてみようか
空模様までちょうど良いね
僕とはぴったりみたい 君は
小説の中にでもいるみたいだった
その人
正に君だよ



韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/3507709

『Miss Right』
作曲・作詞:Pdogg, Slow Rabbit, "hitman"bang, Rap Monster, SUGA, j-hope


*******


今回は、2014年5月にリリースされたリパッケージアルバム「Skool Luv Affair [Special Addition]」に収録された "Miss Right" を意訳・考察していきます。
このアルバムは、2014年2月に発表されたミニ・アルバム第2集「Skool Luv Affair」の収録曲に新曲 "Miss Right" 、"좋아요(Like)" の Slow Jam Remixを加え、ショーケースの模様などを収録したDVDをセットにしたもので、2020年には再プレスされました。

一つ前の記事で取り上げた "Converse High" と同様に、この楽曲は 2016年5月にARMYを自称する一般人が公論化した、歌詞やSNS上の発言内容に対する「女性嫌悪(ミソジニー)問題」にて取り上げられた楽曲のうちの一曲です。
同年7月に公式謝罪が行われたことで、その後の彼らの表現活動はこの問題をクリアできるものに移行します。2017年のインタビューでRMは、歌詞を書く際は女性学の教授など客観的に見ることが出来る専門家の検収を受けることもある、との旨の発言をしています。

この "Miss Right" は上記で取り上げた公論化の発起人により直接名指しされたものではなく、同時期に関連記事で取り上げられた内容が発起人によって紹介された、という経緯です。

もし、今この時点で該当箇所がどの部分なのかまだご存じでいらっしゃらない方は一体どこが問題なのかを考えながら、また、既に経緯を把握されている方もあらためて、世論ではなく自分自身の感覚に向き合ってこの記事を読み進めていただくのも良いのではないかと思います。


1.理想の女性

楽曲タイトルでもあるキーワード「Miss Right」は「理想の女性」という意味のフレーズです。(参考
*対象が男性の場合は「Mr. Right」となります。

Right」という単語自体が〈ある基準に適っている〉という前提での「正義」や「正しい」という意味を持ちます。

なので「Right」とひと言で言っても万人にとっての正義ではない、という前提が理解できていないといけません。「正しい」という判断は常に各々の立ち位置でしか判断できない相対的な結論であり、絶対的な正義など、この世に在り得ないからです。
世間においてどんなに深く正義か否かが議論され、どちらかであることをジャッジしようと試みたところで、絶対的に優位な場所に立つことは誰もできません。

楽曲 "Miss Right" の歌詞の中で歌われている「Right」は、歌詞の中の主人公が持つ〈自身の恋愛対象として好ましいと判断するための基準〉に適っている、という意味での「正義」です。
歌詞全体を通してその個人的な正義を他人に押し付けようとする意図は感じられず、ただただ他の誰でもない「君」が他の誰でもない「僕」にとって「最高の人」であることを伝える為の愛に溢れた言葉が並んでいます。

理想に適った人を前にして打ち震えるキラッキラの心情をひたすら歌っているところが、"Converse High" との共通項でもあります。
実際、ナムさんの好みの組み合わせである「コンバースハイ×白Tシャツ×デニムのショートパンツ」というキラーコーデが "Miss Right" の歌詞にも登場しています。


2.君を歩きたい

楽曲のリリース時点(2014年5月)ではまだ満19歳のナムさん。
元は詩人になる夢を持ち、エピックハイの楽曲 "Fly" でヒップホップを知ることで運命的にラッパーを目指すことになった彼は、その類まれな言語感覚をここでも遺憾なく発揮しています。
その選び抜かれた言の葉たちはまるで、和歌にあるような奥ゆかしさを持ち合わせています。

찰랑이는 긴 머리 끝 ※1
(なみなみとする長い髪の毛の先)
싱그러운 골반이 지저귀는 ※2
(爽快な骨盤がさえずる)
한 편의 숲 같은 너, 도시 속에서 반짝여
(ひと塊の森のような君、都市の中で煌めく)
그 비현실적인 몸으로 내 현실을 안아줘
(その 非現実的な体で 僕の現実を抱きしめてくれ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/3507709

※1 찰랑이다…いっぱいになった水などがなみなみと揺れる。(参考
※2 싱그럽다…瑞々しく澄んだ香りがする。また、そのような雰囲気がある。(参考

この4行の中にどれだけの情愛がこもっているか、おわかりいただけるでしょうか。対象の容姿を直接的に表す単語は「長い髪」くらいです。そして心情に直結する部分も「抱きしめてくれ」だけ。明確に心身の動きを推し量るための材料は極めて限られています。
ですが、それらを取り巻く間接的な表現によって「Miss Right理想の人」の姿はいきいきと描写されていくのです。

まず、長い髪が揺れる様子は「なみなみと溢れ豊かに揺れる水」に例えられています。髪はそれ自体が意思や表情を持つ物質ではありませんが、本人の人柄や感情、場の状況を反映させる表現と相性が非常に良いパーツでもあります。
逆立てることで怒りを、乱れがあれば焦りを表すことができ、風になびかせたり艶に注目すれば、目に見えない内なる魅力を引き出すこともできます。
ここではゆらゆらと豊かに流れる水の様子を当てはめることで、髪の量や質感、ひいては本人の懐の深さ、穏やかな気性にまで想像がめぐります。

そして「爽快な骨盤がさえずる一塊の森のような君、都市の中で煌めいて」。
瑞々しく澄みきった空気の中で鳥たちがさえずる森が、都市の真ん中にあると想像してみて下さい。喧噪と無機物に溢れたせせこましい都会と、安らぎと生命力がみなぎるキラキラした存在。ふたつを比較させることにより「君」が持っている魅力が一層際立っています。
実際骨盤はさえずりませんけれど、「君」の事を「官能的」だと賞賛している前提ですので、体のライン(特にウエストのくびれ)に意識も視線もくぎ付けであることは想像に難くありません。
ここで骨盤という単語を選び取ったのは、その意識と視線、興味の先に何があるのかを具体的に表現するためにほかならないでしょう。

絵にも描けない美しさ、とは竜宮城を表現した浦島太郎の歌にあるフレーズですが、本当に美しいものを前にした時、それが現実のものであるかを疑う瞬間が訪れた経験をしたことはないでしょうか。
そんな非現実的魅力を持つ「Miss Right理想の人」を前にして、想像上ではなくリアルに、現実の自分をその身体で抱きしめて欲しいと望んでいます。

完全なる男性目線の女性賛歌であり、年相応の性的欲求も織り交ぜた内容はともすれば一方的で粗野で陳腐になりがちです。しかし抒情的な表現でここまで詩的に語ることができたのは、ナムさんの繊細な言語感覚の成せる技だとしかいいようがありません。

また、彼のパートは更にとんでもなく流麗な表現でしめくくられます。

그래 널 생각하면 마음이 자꾸 시려와
(そう 君のことを考えると心がしきりに痺れてくる)
내 겨울바다, 널 걷고 싶다
(僕の冬の海、君を歩きたい)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/3507709

痺れる程に冷たい凍える冬の海。
その痺れを「君」のことを考える度に無性に湧き立つ苦痛とも快感ともつかない感覚に例えています。
恋する気持ちを「甘酸っぱい」だとか言うのと似ているかと思いますが、言葉選びの次元が違います…。

グループ曲なので歌詞には第三者の手も入ってはいると思いますが、それを考慮しても、アイドル枠でリリースして消費されることが果たしてこの歌詞にとって最善だったのか否かを考えて唸ってしまうレベルだと勝手に思っています。


3.Miss Rightの条件

前述した女性嫌悪問題を提起した記事には、"Miss Right" の歌詞のうち、SUGAのパートである以下の部分が掲載されています。

명품 백을 쥐기보다는 내 손을 잡아주는
(ブランドバッグを持つよりは僕の手を握ってくれる)
질투심과 시기보단 됨됨이를 알아주는 ※3
(嫉妬心と猜忌よりは人となりをわかってくれる)
그런 너와 함께 우리의 미래를 그려봐
(そんな君と一緒に僕たちの未来を描いてみる)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/3507709

※3
・시기(=猜忌)…妬み(参考
・됨됨이…人となり。生来の人柄。(参考

記事には引用歌詞と共に以下のように記されています。

〈俺たちの彼女は概念の無い他の女とは違うよね?〉
防弾少年団の 'Miss Right'
(歌詞の引用)
理想の女性Miss Right」の特別さを浮き彫りにさせるために全ての女性を嫉妬深く、ブランドバッグにのめり込んだように描写している。
「概念女」という修飾語を付けることで女性の趣向を「無概念の味噌女」に追いやったのとよく似ている。
――大学の明日「女性嫌悪はどこにでもある」2016.6.15 より抜粋して和訳

https://univ20.com/43000

「概念女(개념녀)」「味噌女(된장녀)」の言葉の成り立ちを知らない者からしたら全く意味がわからなかったので、調べてみました。

★概念女(개념녀)=概念、常識のある女性。政治や社会問題に対して意見を公にし、多くの支持や共感を得ることができる。(参考

★味噌(テンジャン)女(된장녀)=経済力と消費活動のバランスが取れていない女性。贅沢で派手な生活をしながらも金銭的に自立できていない。(参考

総じて「無概念の味噌女」となると「常識が無くて見栄っ張りな女」みたいなところでしょうか。

で、これがどうしたら "Miss Right" の歌詞とリンクするかというと、やはり「ブランドバッグ」という単語がきっかけだったのではないかと思います。

記事の著者がこの歌詞を女性嫌悪だと判断した理由は、
・自分の理想の女性だけは見境なく高級品にうつつを抜かす女ではないと言いたいのか?
・自分の理想の女性以外は全て常識がなく見かけ倒しで嫉妬深いということか?
…という解釈が成り立ってしまう可能性があるからだということなのだと私は理解しました。

文章には行間というものがあり、数式のように計算すれば皆同じ答えが出るものではなく、それぞれの異なる回答があって然るべきだと思うので、嫌悪感を抱いた方の気持ちには驚きがありますがその経緯には納得しました。

ここからは私自身の考察を書きとめようと思います。


■「ブランドバッグではなく僕の手を握ってくれる」

「ブランドバッグ」は地位と名声の有る品の代名詞。これと「僕の手」を比較した時に何が選択の基準になるのかを考えてみると、

地位や名声は関係なく、名もなき人として生身の自分を愛してくれる

かどうか、が「Miss Right理想の人」の条件のひとつである、ということなのかと。
芸能人としての人生を歩む彼らの周りには、その〈防弾少年団〉という名前のみに価値を見出し、自身のステータスを上げるためだけに近づいてくる人間がごまんといるはずです。
この歌詞の中の「ブランドバッグ」には、プロになった事で自身に付加された地位や名声が投影されているのではないかと思います。


■「嫉妬と猜忌よりも人となりをわかってくれる」

どんなに真摯に生きていても誰の元にも必ず集まってくる批判や否定は、嫉妬と猜忌が生んでいる、ということを、プロとして芸能活動をすることでより強く体感している彼ら。
(特にユンギは「嫉妬」についての歌詞を多く書いているように思います。)

周りの批判に惑わされず、生まれ持った人格を理解しようとしてくれる

ことが、「Miss Right理想の人」の条件のひとつである、ということなのかと。
歌詞に持ち出された「嫉妬心」は「僕」に対して向けられているものであり、贅沢な生活がしたくてもできない不満を抱えた味噌女の物欲から生まれる嫉妬はここには描かれてないのではないかと思います。


とはいえ、歌詞に対する批判は物語ではなく単語・文節単位で浴びせられるものであり、作者の意図や事情は無視されるのが常です。
より多くの人に受け入れられるものを作り続けるために謝罪するという選択をした彼らの作品は2016年7月以降、意図しない解釈との摩擦を如何にして回避するかを念頭に置いた'全方向型'へと舵を取ります。




個人的な話を多くの人に向けて話すことが一層簡単になってきたこの世の中で、〈歌詞〉という手段を取った物語が語って「良し」とされる範囲とは、一体誰が、どのように決めるものなのでしょうか。

K-POPを知るようになってから、意図していなくてもダメなものはダメ。の、その「ダメ」が、絶対的な正義を根拠にしているかのように感じる場面に出くわす機会が増えました。

批判や否定の理由を知ろうとすることを積極的に続けることが、相対的な正義を掲げる者同士が互いを叩き潰し合わずに済む道を開くのではないかと信じています。




今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
👜