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美大という選択

前回の記事を書いて、「そういえば、何で美大に行こうと思ったんだっけ?」と思ったので、色々書き残しておこうと思う。

流れるままに身を任せたら、行き着いたというのが1番適しているかもしれない。

始まりは、母の一言。

「高校以降の学費は自分で払いなさいよ。」だ。

中学3年の春、私は実家のリビングで絶句した。
中高一貫校に通っていたので、当然のように何も苦労することなく、そのままエスカレーター式で高校に進学すると思っていた。

「え、なんで?」

と聞くと、

「だってママ、あんたに高校も大学も行ってほしいと思ってないもん。あんたが行きたいと思うなら、自分で学費を払いなさい。」

と言われた。

そのとき、いろいろな疑問が解けた。

お小遣いをもらったことなかったこと。
漫画やゲームなどの娯楽品を買ってもらえなかったこと。
同世代の子たちが連れて行ってもらえるような場所に行ったことがなかったこと。
携帯を与えられなかったこと。
両親共働きで、ほとんど家にいないこと。

つまり、「うちって貧乏なんだ。」と思った。(たぶん違う)

それに、母の言い分に納得させられた。
自分で学費を工面するのは当然のことだと思った。

そんなことがあり、高校や大学の学費の平均額を調べて、1千万円近くはかかることを知った。

中学はお遊び感覚で通っていたので気づかなかったけれど、結構良いお嬢様学校に入れてもらっていたのだった。

「うちの高校で3、400万円か…よし公立の高校に行こう」と判断した。
中卒で社会に出る自信は無かったし、なぜか大学は行くべきだと思っていた。
(1つ上の兄は、大学附属の私立に通っていたが、そのまま附属の大学へエスカレーター式に進学して行った。親に学費を返しているのだろうか。)

高校選びはとても悩んだ。
クラスメイトに外部進学する生徒はほぼいないし、両親は使い物にならないし、中学の先生も外部への進学に詳しくないので相談相手がいなかった。
それに、行く高校で大学も決まると思い込んでいた。
公立高校といっても神奈川県内でたくさんある。
得意科目は数学と理科、苦手科目は美術。

さて、どうするか…悩みに悩んで、頭がおかしくなったのかもしれない。
デザインか美術を学べる学校にしようと決意した。

数学と理科は得意だったけれど面白さが分からないし、絵は下手だけど好きだし、というのが理由だ。

どっちを取るか迷ったが、自分で金を出すならやりたいことをやろうと思った。

それで、家から割と近い、神奈川工業高校デザイン科を一般受験して進学した。(高校でかかった費用は出世払いになっているが催促されないので、無かったことにしている)

進学が決まり、教科書を配布されてびっくりした。
現代国語とか化学Ⅰとか世界史Aとかの普通の一般的な教科書ではなかったからだ!
とても、とても絶望した。

工業高校は実技科目が6割(?)、普通科目が4割(?)だったような気がするので、“何となく理科っぽい“教科書と“なんとなく社会っぽい”教科書のようなものばかりだった。

これが何を意味するのかというと、高校の授業のみで、一般大学の一般入試はおろか、センター試験すら受けるのは不可能だということだ。

高校入学早々、私はとても焦っていた。

やばいどうしよう。
勢いでデザイン科にきちゃったけど、もう美大か専門に行くしか選択肢ないじゃん、と。
学費の安い国公立の芸大に行くならセンター試験の対策をしなければならないし、私立の美大に行くにしても一般入試は国語と英語を受けなければならない。
どちらにしても実技試験がある。
デザイン科を受けるにしても、国立と私立では対策方法が全然違う。
それに奨学金を借りるなら、大学を出た後、就職することを考えなくてはならない。

焦りに焦りまくった私は、大量に出される学校の実技課題をテキトーにこなしながら、自分1人でどれだけ勉強できるかということと、美術かデザインが学べる大学を片っ端から調べまくった。

以前、高校で同級生たちと積極的に交流しない時期があったと書いたが、上記が理由だ。

休み時間と名のつく時間は勉強、放課後は課題をテキトーにこなし、家に帰ったら大学のHPから資料を取り寄せた。

がむしゃらだった。

母はなぜか積極的に、色んな大学や専門学校の説明会やオープンキャンパスに連れて行ってくれた。

私立の美大は、7月の3連休で説明会が行われる。
武蔵野美術大学と多摩美術大学と女子美術大学の説明会に参加した。

上記の大学の色んな科の説明会に参加したとき、グラフィックデザインが学びたい!と思う説明を受けた。

めちゃくちゃ面白いじゃん!と思ったので、そこからはグラフィックデザインが学べる学科のある大学に焦点を絞り、受験対策を始めた。

「美大予備校に通いたい」と2ヶ月間親にお願いし倒して、なんとか通わせていただくことになり(現役生が通う夜間部でも1年で100万円くらいかかる。ちなみにこれも出世払いということになっている)、第二志望だった女子美術大学のヴィジュアルデザイン専攻へ進学したというわけだ。

濁流に流されながら踠いて、息つく間も無く流れ着いた先が美大だっただけなのだ。

純粋に学びたい!という気持ちだけでは無かったので、褒められた動機ではない。

結局、実家が貧しいと勘違いしていたことと、血迷って工業高校のデザイン科に進学していなかったら、今日の自分はいなかったのだと思うと、貧しくて泣いたいつかの夜も、家に帰りたくなくて山手線の沿線をウロウロしていた夜も、疲弊して高校をサボり湘南の海で黄昏た朝も、全ては必要なことだったのだ。

第一志望に落ちたことも。

運よく多摩美術大学のグラフィックデザイン科に進学できていたとしても、今の自分に行き着くかどうかわからない。

周りについていけなくて中退したかもしれないし、広告代理店に就職していたかもしれないし、たらればを言っても仕方がない。

この内容を今のタイミングで投稿することにも、何か意味があるかもしれない。

未来になってみないとわからない。

神のみぞ知ることなのだから。