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純粋な者たち

その日の天気と同様に、頭の中もどんよりとして、何を考えるでもなく階段を降っていた。

何階か降った時、踊り場から3段上がったところに、小さな男の子がしゃがみ込んで、時々、そばにいる母親に話しかけながら、必死に何かをしていた。

お母さんの方は、私の足音に気が付いたのか、こちらを見上げてすまなさそうな顔をして会釈をしてきたので、私は「大丈夫ですよ」の意味を込めて微笑みながら会釈をし返して、男の子の気を散らさないようにそそくさと男の子の横を通り過ぎた。

いいお母さんだ、と思いながら、踊り場で折り返して降っていると、遠くの方で「ばいばーーーーい」と元気な声が聞こえてきた。

どこかの家でお父さんを見送っているのだろうなと思ったが、また間を開けずに「ばいばーーーーい」と元気な声が聞こえて、もしやと振り返ると、さっきの男の子が私の目を真っ直ぐに見て、満面の笑みでこちらに手を振っていた。

あっ私に言っているのか、と驚くのと同時に、そのあまりの純粋さに、思わず頬が緩んでしまった。

階段を降り切ってから、あ、手を振り返すのを忘れてたと立ち止まったが、また戻るのも変だしなと思い、また歩き出した。

いままで1度もそんなことを考えたことがなかったのに、絵画教室をいつか開いてみたいと思った。

なんでだろう。
私は先生という立場の人間が、昔から苦手なのに。
自分がそれになろうだなんてね。

それに、純粋無垢な者たちに何を教えると言うのだろう。
純粋無垢な者たちは、まだ何も知らないという素晴らしいことを獲得しているというのに。

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