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いつもの道具「二層式洗濯機」は手間を楽しめる ”人間参加型家電”...地球生活の記録 Let it be


おそらく大半の人々の感覚からしたら、今どき不便な道具なのだろう。

何しろ今は、スイッチを押せば洗いから脱水どころか、乾燥までを完結してくれる洗濯機が当たり前なのだから。


でも、僕が是非使ってみたかった道具の一つが、この「二層式洗濯機」。

引っ越し先の洗濯機置き場が 二槽式用の形だったのがきっかけとなって、2018年、嬉々として新たに加えた道具なのだ。
(ちなみにレンガなどで足元対策をすれば全自動も置けるので、僕以外の住人は皆、そのようにしているとの話。)


家電量販店では、宇宙船のような丸窓がついた最新鋭の洗濯機が並ぶ中、売り場の隅っこの方で佇んでいたこの洗濯機。

もしかしたら、もう二層式は絶滅しているかも知れないと思っていたので、その姿を発見した時は嬉しかった!


全自動と比べると、給排水が手動だし、洗濯物を脱水槽に移し替えたりなど、確かに手間はかかる。

でも僕にとっては、それでもかなり便利過ぎるくらいなのだ。


その理由は、僕は不便なくらいの暮らしに喜びや楽しさを感じる人だから。

それを理解してくれる人が僕の周囲には居ないので、なかなかその感覚を共感してもらえないのだけれど…


機械任せの便利な生活は身体的に楽だし、他の事が出来る「時間」を生み出してくれるという点でも多くの人に支持されているようだ。

それはきっと、その生み出された「時間」に出来る「他の事」が、その人達にとっての喜びや楽しさに繋がるからなのだろう。


僕は、敢えてその不便な事に携わる時間が好きなのだ。

例えば、土鍋でご飯を炊いたり

 

時には手縫いで服を作ってみたり

決して効率的ではない作業。

でもそこには、効率というものを上回る魅力がある。

”今ここを生きている” という喜びの感覚があるのだ。


それは自分の手、体、五感を使って生きている感覚。
同時に、それが出来ているという現状への感謝の気持ちも湧いてくる。

僕にとって、この手間をかける暮らしが、幸福感を味わえる暮らし方なのだ。


その点から言えば、二層式とは言え、機械を使っての洗濯はかなり便利過ぎる。

それでも給水の頃合いを見計ったりする時には勘を働かせるし、一連の作業は互いに協力し合いながら進める事になる。

所々でいろんな手間を楽しめる「人間参加型家電」なのだ。


そして洗う時間や水の量、脱水の時間も特にコース設定ボタンなどが無いシンプル設計なので、概ね自分の好みを反映出来るのも嬉しい。


何しろいろんな場面で、”手間による幸せ”を届けてくれる「嬉しい不便」を取り入れている僕の生活。

時間と労力が一段と掛かる洗濯には、文明の利器との共同作業とさせて頂いている。


そして何より「レトロな物が好き」な気持ちをも満足させてくれる。

欲を言うならば、遥か昔に存在した脱水槽の無い洗濯機、
”洗濯物をしぼる為の手動のゴムローラー”が付いた洗濯機を使ってみたかった。

さすがにあの魅力的な存在を知ってる人は、殆どいないかも知れないけれどね。

個人的には、是非また製造して頂きたいものです…🍀

   noZomi hayakawa


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