見出し画像

「ザ・スーパーマリオ・ムービー」の感想など(ネタバレなし)

 公開初日に観てきました。

 素晴らしい映画でした。

 ひたすら楽しかったです。みんな観ましょう!

 ――と褒めるしかない映画でありました。なので、わたしがわざわざ感想を書く必要など、きっと1ミリもないでしょう。




 とはいえ、たった40文字の感想文を載せただけでは、わざわざこのページを訪れてくれた人に対して申し訳ないので、ちょっとだけ話を続けます。

 この映画の最大の凄さは、作り手が観客を信頼していることだよなぁ、とわたしは強く思うのです。

 映画作りの基本的な心得のひとつに、「観客は12~3歳の少年だと思え」みたいなものがあります。たしか007シリーズのプロデューサーのコメントだったかな。もしかしたら細部は違うかもしれませんが、正確を期すために裏を取るのは大変だし、このまま話を進めます。

 このコメントの趣旨は

・大衆を楽しませる映画ってのは、ちゃんと子供でも理解できるように作らなきゃアカンぞ。ぜんぶ説明しなくちゃアカンぞ。説明しなくても察してくれるはず、などと観客を信頼したらアカンぞ。そういうのは「信頼」じゃなく、作り手の「甘え」と言うんやで。

 みたいなことだと理解してください。

 たとえば「007」シリーズは、主人公のジェームズ・ボンドは凄腕スパイであり、敵から命を狙われて危機に陥るけれど、そのたび機転を利かせて脱出し、涼しい顔で任務に戻っていく――という基本情報を伝えるため、毎回々々、映画の冒頭にド派手なアクションシーンを配置するわけですよ。

 ボンド凄腕がスパイであることは、シリーズファンにとっては当たり前の基本情報です。でも、この映画から「007」シリーズを観る観客もいる。だからマンネリと言われようとも、つねに同じことをくり返す。こうやって毎回々々、新規の観客のためにゼロから説明していくのが、大衆向け映画を作る上での基本中の基本だぜ、というお話です。





 でも、「ザ・スーパーマリオ・ムービー」は、そんな基本的な心得を、あっさりと無視します。

(1)キノコを食べると、身体が大きくなるよ(なんで?)
(2)ネコの着ぐるみ姿になると、猫の能力が身につくよ(なんで??)
(3)タヌキの着ぐるみ姿になると、空を飛べるよ(なんで???)

 原作を知らない人の脳裏には、おそらく、こういった疑問が次々に浮かんでいくことでしょう。

 とりわけ(3)は、日本在住経験のない人には、100%意味がわからないと思われます。タヌキという生き物は日本の固有種ですから、原作を知らない外国人にしてみると、マリオが何の着ぐるみを着ているのかということさえ、まるでわからないですからね。

 しかも、タヌキ姿になった瞬間、映画内のBGMが変わります。ゲームを知っている者からすると、「ああ! ここで音楽が初代マリオのテーマから、タヌキマリオが初登場となる『3』のテーマ曲に切り替わるのか!」と感動し、ワクワクした気分になるわけですが、原作を知らない人は、なになに? どういうこと? なんで音楽が変わるの? ――と、なにがなにやら、まったくわからない状態になるのです。

 でも、この映画、これらの疑問について、なにひとつ説明しません。説明しないまま、マリオの冒険は進んでいくのです。




 通常の映画では、こういった疑問だらけの状態が放置されることは、ほとんどありません。

 前述したように、映画と言うのは、細部をちゃんと説明していくものだからです。そうやって、つねに知識がゼロの新規顧客にも理解してもらえるようにしてきたからこそ、映画というメディアは、長いこと世界最強の大衆娯楽であり続けたのです。

 ても、これには欠点もある。

 説明のためのシーンを挿入すると、そのぶん、どうしても映画が長くなるんですよ。

 昨今、原作のある映画が多く作られていますが、それらの作品の上映時間が長くなりがちな理由のひとつが、ここにあります。初見の人のためにきちんと説明し、かつ原作ファンを納得してもらえるようなシーンを作るのは、めちゃくちゃ大変です。いまのハリウッドは、そこに「人種とかジェンダーの多様性」みたいなものへの配慮も織り込まなくちゃいけないようで、その整合性をとるためのシーンも必要になり、どんどん映画は長くなる傾向にあります。

 往年の映画は、シンプルな冒険活劇ならば90分程度にまとめられているものも多く、小さな子供が、途中で「おしっこ!」と叫ばなくていいようなコンパクトさを保っていたものですが、昨今、その長さに収まる映画は少なくなりました。ちゃんと説明しようとすると、どうして上映時間は長くなってしまうのです。




 そんな中、「ザ・スーパーマリオ・ムービー」は、いろいろなものを説明しないという大英断を下すことで、往年のような冒険活劇に仕上げることに成功しました。上映時間は、わずか93分です。

 この映画を観に来る人は、マリオが好きな人たちだ!

 だったら、わざわざ説明する必要はないんじゃね?

 とばかりに、まるで説明しないまま、観客は「そういう世界での物語だ」と納得してくれるはずだよ! ――と、作り手たちが観客のことを100%信頼した上で、この映画は作られている。だからこそ、これほどコンパクトな上映時間が実現したのでしょう。




 じつはこれ、ゲームの作り方の基本フォーマットでもあります。

 ゲームというのは、操作方法などを含め、ゲームのルールはきっちりと説明します。『マリオ』でいうと、ハテナブロックは下から叩けるよ! 叩くとアイテムが出てくるよ! といった基本ルールについては、ゲームの冒頭で誰もが自然と体験するよう誘導し、ゲームの仕組みを理解できるように設計されるのです。

 そのかわり、「どうしてアイテムが出てくるのか?」という理由を、ゲームはまったく説明しないんですよ。

 なぜ説明しないのか。

 説明する必要がないからです。

 大切なのは、ハテナブロックを叩いたら、アイテムが出てきた! という体験です。それはプレイヤーにとって驚きであり、喜びを伴う体験です。こうして「なんか楽しいことが起きたぞ!」という体験をさせてしまえば、わざわざ理由を説明しなくても、プレイヤーは疑問を感じたりせず、喜んでハテナブロックを叩きまくり、ゲームに夢中になってくれるからです。

「楽しいだろ? だったら、細かい説明なんかしなくていいよね?」
「うん。楽しい! だから説明なんかなくていいよ」


 プレイヤーが優れたゲームに出会ったとき、作り都の遊び手の間には、そんな信頼関係が結ばれるんですね。これがゲームというメディアが持つ特徴のひとつです。

 こうして信頼関係が結ばれてしまうと、「説明のための時間」は、むしろ邪魔になっていく。そこに時間をかけるくらいなら、付きから次へと楽しい体験をさせてくれよ! とプレイヤーは感じるようになるからです。

 ゲーム産業のトップランナーであり続ける任天堂は、この信頼関係の構築が、抜群に上手い。とくに雄弁に説明したりしないのに、プレイヤーの心をつかみ、「もう説明なんかいらないよ!」という気持ちにさせるノウハウを持っているんですね。

 「ザ・スーパーマリオ・ムービー」は、そんなゲーム産業のノウハウが注ぎ込まれた映画だ、と説明することも可能かもしれません。この映画は、まるでゲームのように、作り手の観客の間に信頼関係を結ぶことで、説明がないままでも楽しく感じる映画として成立してるんですよ。

 この挑戦は、見事に成功したようです。いま、この映画が世界中の観客に広く受け入れられ、記録的なヒット街道を走っているのが、そのなによりの証拠でしょう。




 さて。

 以上で、映画の感想はおわりにしましょう。

 そして最後に、これから映画を観ようと思っている方のために、ささやかなアドバイスを送ります。

 この映画、字幕版と吹き替え版、どちらを観るべきなのでしょうか?

 結論から言うと、どちらも素晴らしいです。この映画の日本語吹き替え版は「ただセリフを翻訳しただけ」じゃなく、ちゃんと日本語用脚本が作られ、日本向けのセリフの掛け合いになっているんです。わたしは両方とも見ましたが、ちょっとした会話シーンでは、ちょこちょことセリフが変わっておりました。

 また、会話シーンの「間」も変えているようです。日本語と英語では、観客が心地よく感じる「セリフの間」が違うので、そこを調整しているとのこと。フルCG映画ならではの微調整が入っているみたいですね。

 つまり、この映画、どちらかの言語が「オリジナル」で、どちらかの言語が「翻訳版」になっているわけじゃなく、どちらのバージョンも、れっきとした「オリジナル」なんですね。

 なので、どちらを見ても問題ありません。どちらも素晴らしいです。こっちのほうが面白そうだ! と直感で選んでいいんと思いますよ。





 唯一の違いがあるとすると、観客層かな。

 吹き替え版の観客には小さな子どもを連れた家族連れの比率が増えるので、きゃっきゃ、きゃっきゃ、と声を挙げて子供たちが映画を楽しむ空気に包まれる中での鑑賞を体験できます。

 字幕版の観客には、日本で暮らしている外国人家族がちらほらと訪れるので、外国人キッズたちの「ワーオ!」といった喜びの声とともに映画鑑賞を楽しめます。

 どちらの声も、ファミリー向け映画を楽しむ上でのスパイスとして素晴らしいものです。お好きな方を選んでくださいませ。

 もちろん、子供の声なんか聴きたくないなぁ……じっくり映画を味わいたいんだよなぁ……という方もいらっしゃるでしょう。そのような方は、時間が遅い上映会を選ぶといいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?