今夜は全力サンタクロース。
最後に本気出したの、いつですか?
新卒の子に飲み会で聞かれた質問に上手く答えられないまま、一年が終わろうとしている。
+
最近、走ってない。
「うまくいかない」に慣れきって、間に合わなくてもしょうがないって、そこそこを流していって。
そんな、走らない毎日にいる。
最後に全力疾走したのはいつだろう?
思い出せないし、覚えていない。
+
どんなに調整しても、仕事は降ってくる。
それも、ふいに。いつも、唐突に。
クライアントからの電話。
上長との会話。
やっとこさっとこの終わり際。
いつだってコントロール外の、出し抜けの、不意打ちのストライク。
『24日、本部長来るって。』
『わかりましたー。』
しかも、決まってタイミングが悪いんだ。
三振空振り、スリーアウトチェンジ。
そう、パンを落とすとジャムが塗ってあるほうが下に落ちるらしい。なんとか、慎重にパンを運んでも、こっちの気も知らないで突風は素知らぬ顔して吹き抜ける。
どちらにせよ、パンは落ちる。
恨むぞマーフィー。
+
『ごめんね。24日遅くなりそうです』
『そうなの?わかった。先にパーティしてるね』
3歳の息子は、
サンタのシステムも、楽しいクリスマスも、まだ知らない。
「仕事だから」も「ごめんね」も知らない。
クリスマスは赤いおじさんが空を飛んで、
ケーキを食べる日だと思っている。
ケーキ=ハッピーバースデーだと思ってるから、『はぴばー!』とはしゃいでいたな。
(あながち間違ってないけど)
当日はお義母さんも来てくれるし、先にばあば分のプレゼントを開けるらしい。
きっと、楽しく過ごしてくれる。
うん。
ただ、パパがいないだけだ。
+
『お疲れ様でしたー。』
見送りが終わり、残った処理を済まし、やっとこさ退勤だ。
エレベーター待ちでラインを打つ。
「遅くなってごめん。今から帰ります。」
エントランスの自動ドアをくぐると、
冬の夜の空気が肺を冷やす。
きんとした、澄んだ温度。
雪は、降ってない。
雨も、降ってない。
たぶん、夜更け過ぎもこのまま。
予報通りだ。ぜんぶ。
冷たい空気を吸い込んで、
曖昧な気持ちに見切りをつけて、
重い足取りで歩き出す。
「ごめん」
「遅くなってごめん」
間に合わなくて、ごめん。
遊びっぱなしのおもちゃと、
散らかった包装紙と、
残ったケーキ。
忍び足で近づいて、そっと覗き込んで、
満足そうな寝顔を見るのを想像する。
「ごめん」
「遅くなってごめん」
一緒にいられなくて、ごめん。
『仕方ないよー』
『楽しそうだった?』
『最近わがままだけど、今日はすごく楽しそうだったよ』
『そっかぁ。よかった!一緒にいられなくて残念だったな』
『明日、一緒に思いっきり遊ぶといいよ』
『うん。そうするよ』
オレンジのLEDの下で、
きっと、こんな会話をする。
うん。
あれ……?
きんとした空気が、胸を冷やす。
たぶん、理解してくれる。
仕事だから、しょうがない。
平日だから、しょうがない。
だから、
しょうがない。
しょうがない。
仕方ない。
……本当に、そうか?
『最後に本気出したのはいつですか?』
ほんと、嫌なこと、聞くね。
+
なんか、走った。
なぜか、走り出した。
ってか、走り出してた。
ああ、やばい。
酸素が足りない。
革靴が痛い。なんでこんな靴はかなきゃいけないんだ。
鼓動が速い。張り裂けそう。
でも、しょうがないに、負けたくない。
吐きそう。
右。左。右。左。右。左…………。
街を。
もつれる足を。
アスファルトを。
蹴る!
イルミネーションなのか。
酸欠のチカチカなのか。
もう、わからない。
吐きそう。
しあわせな笑顔も、
普通の顔も、
おじさんも、
お姉さんも、
学生も、
全員、追い越した。
みんな、誰も、走ってない。
そりゃそうだ。クリスマスイブだもんね。
足が、追いつかない。
わたし、もう三十なのに。
いや、三十だからか。
呼吸が荒い。しんどい。
息を吸い、吐く。
でも、走る。
本気ってなんだっけ。
たぶん。
今。
今だ。
「今だよ」
今、めっちゃ本気。
めっちゃ本気だ。
わたし、今、めっちゃ本気だよ。
クリスマスケーキを食べて、
おもちゃを開けて、
部屋を散らかして、
サンタ来るかなーって話して、
寝顔を見て、
枕元にプレゼントを置いて、
今。
クリスマスに、間に合うために。
君の、サンタクロースになるために。
君たちと、一緒にいるために。
めちゃくちゃ、本気だ。
毎日は無理でも、今夜は。
全力で、サンタクロースに、なる。
そうだ。
たった一本、早い電車に乗るために。
そのために。
もう一度聞かれたら、ちゃんと答えるよ。
「だから」
364日負けそうでも、
今日、この1日に間に合うために。
僕らは、時に、本気で、走るんだ。
走ってんだよ!吐きそう!!
+
いったい何と戦ってたのかわからないけれど、
全力疾走のあとのケーキは、
甘くて、楽しくて、胸に来た。
吐きそう。でも、本気でメリークリスマス。
待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!