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【短編小説】なもなきうた②

『お前って奴は、なんてエライ仕事引き受けとるんだ!』

翌日の第一声は、私の上司怒号から始まった。
当然、怒るのも無理は無い。
今回のヤマは相手があまりにも大きすぎるのだ。

芸能事務所一押しのイケメン俳優として、普段は清楚系で売っているのだが、実はプライベートでは反社会勢力との繋がりも実しやかに囁かれている。
しかも、芸能人だけであれば良いのだが、実は有名な政治家の御曹司でもあるのだ。
だからこそ、いかなる悪事を働こうとも簡単にもみ消されてしまうのだ。

しかも父親の政治家は時期総理大臣に一番近い男とも言われている。
裏では反社会勢力は勿論の事、医療機関や警察機関にまで顔が利いてしまうのだ。
ドラ息子が少し位犯罪を犯したところで、お咎めなしも良い所である。
悪事は全てもみ消されて、ニュースにもならないのはこの国の闇とも言うべきか。

「確かによく考えたら、成功報酬入れて3000万じゃ確かに安すぎるわね。」

『お前が引き受けたんだろ!割に合わん事をするなと何度も教えたはずだ!』

私は別段お金に興味がある訳では無い。
それ以上に人間の心の奥底にある悪魔のようなものが気になるのだ。
人間には必ず表と裏が存在しており、どんな善人でも悪を飼っているのだ。
嘘や見栄、そして恨み妬み等の、怨恨の感情が他人に向けて発信されると、必ず口から赤紫のモヤのようなものが出て来るのだ。

当然常人には見えないだろうし、説明をしたところで信じてもらえる訳が無い。
この怨恨の力が大きければ大きい程に口からエクトプラズムのように出ているのだ。
時々そのモヤに包み込まれて居る者も居る。
私の中では完全に悪魔に見初められて、毒されてしまっている状態と思っている。

不思議な事にいつしかこの煙のようなモヤを見る事が好きになってしまったのだ。
勿論変な人間である事は自覚をしている。
それでも抑えれるはずの感情や欲望を我慢できずに、毒に侵されてしまう人が多く居るのだ。

いつしかこのモヤに私自身が全身を包まれてしまって、この世の者とは違う異世界の住人にでもならないだろうかとすら考えたりする。
世間を見渡せば戦争や喧嘩やイジメが絶えない弱肉強食の世界である。
会社でも学校でも法律の無いカースト制度ができあがり、最下層の人間は人としても見られないのだ。

きっと今回のクライアントの男性も最下層の人間だったのだろう。
そこに人権は無く、家族をも同じで、動物以下の扱いなのだろう。

だからこそ、罪の意識は相手にも無く、法律では捌けないから私のところに依頼に来たのだろう。
こうした相談はよく来るのだ。
犯人が逮捕された時は、当時は少年法に守られて、数年経過すればシャバに出てこれてしまうのだ。

どれだけ人を殺めてものうのうと幸せに暮らす人間は多く居るのだ。
法律だけではどうしても捌けない事は沢山あるのだ。

私には家族も居ないし、当然悲しい事に恋人も居ない。
家族は殺されてしまったのだ。
だからこそ、私は既得権益に揉み消されて、泣き寝入りをするなんて事はして欲しくないのだ。

「あ、もうお昼だ。」

今回のクライアントのターゲットのタマを狙うには、莫大な書類が必要になる。
午前中は上司の説教と書類に目を通すだけで時間が過ぎてしまった。

私は外に出て行きつけの中華屋に向かった。

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