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ファンを生み出すIRの可能性とは? #等身大の企業広報

ますます重要性が増しつつある企業のIR。企業価値や魅力を最大限に伝え、投資を呼び込むには、適時開示などにとどまる従来の情報発信からの脱却が求められています。

本イベントは経済アナリストで日本金融経済研究所 代表理事の馬渕まぶち磨理子まりこさん、弁護士でLawyer’s INFO 取締役COOの重松しげまつすぐるさん、スパイダープラス 経営企画室 IR担当の石田いしだ純一じゅんいちさんが登壇。三者三様の知見からあるべきIR像を語ってもらいました。モデレーターはnoteプロデューサーの徳力基彦です。


IRで、なぜ幅広い情報発信が必要?

馬渕 私は今、日本金融経済研究所でIRについて研究しています。IR情報は投資家と企業間にあるのが本来の理想の姿ですが、現状ではそこが上手く機能していない問題があります。企業が発信した情報がたどり着くべき投資家に届かなかったり、誤解を招いて伝わっていたりする。このような状況では、企業の価値が高まりません。

日本金融経済研究所 代表理事
馬渕磨理子さん

馬渕 日本企業は商品やサービスを販売する際、PRにものすごくお金をかけます。一方で金融業界に対して、自分たちの企業がどれぐらい優秀かしっかり伝える力が弱いと思います。

徳力 決算報告書や適時開示を出していれば伝わるものではないと。

馬渕 はい。株式会社Macbee Planet(マクビープラネット)というマーケティング企業の事例を紹介します。マクビープラネットはサービス名はさほど知られておらず、ビジネスモデルを理解するのも少々難しい会社ですが、金融市場で非常に評価を得ています。3年間で時価総額は60億から600億へと10倍に。これをほぼ1人のIR担当者で成し遂げました。売上はあくまで2桁成長です。時価総額がここまで上がった勝因は、投資家向けの情報開示をしっかり行ったからだと思います。

同社は個人投資家向けのセミナーを月に1回行ったり、機関投資家(法人形態の大口投資家)向けには四半期で100件もミーティングを実施したりしていました。自分たちの立ち位置をいかに理解してもらうかを考え、時間をかけてわかりやすい図版も作り、徹底してマーケットに説明したのです。

マクビープラネットが作成したポジショニングマップ
この図版は、IRグッドビジュアル賞を受賞した

徳力 綺麗な図版を作るだけでなく、その過程で自分たちのポジションを理解して説明を磨いたことが時価総額の上昇に繋がったのですね。

石田 幅広い情報発信が企業価値に効くことは我が社も体感しています。弊社は2021年3月に上場してから株価はけっこう順調でしたが、同年後半にリセッション(景気後退)懸念が浮上し、特にグロース銘柄には逆風が吹きました。決算開示、機関投資家向け説明会など、IR活動は継続していましたが、出来高は下がりました。市場全体に逆風が吹くと、それまでのIR活動だけでは株価の下落を防ぐことは難しいという現実を目の当たりにしましたね。

スパイダープラス株式会社 経営企画室 IR担当
石田純一さん

石田 まずいと気づいたのは22年の5月ぐらいのこと。これまでも事業活動などのプレスリリースは広報が出していましたが、投資家に届いていないのではないかと思い直しました。

そこで、TDnetという東証の開示システムの中にある、適時開示以外の情報を配信できる機能を使いました。ここで配信をすると「株探」のような株式投資系のツールや、機関投資家向けのツールにも配信されます。半年間で約20件、月に3件程リリースを出しました。また広報が作ったプレスリリースはそのまま発信せず、IRチームで投資家用に書き換えました。このリリースがなぜ我々の企業価値向上に繋がるのか翻訳して届けたのです。

結果、まず出来高が回復しました。一番苦しかった時期の1カ月の平均売買代金は7,000万円程度でしたが、今年の6月には約4億円に。時価総額も一番低いときは121億円だったのが今朝(2023年9月5日時点)は240億円強と効いてきました。売買代金と時価総額が向上する良い循環が生まれ、ある著名な機関投資家の大量保有報告にも繋がりました。

「幅広い情報発信」は企業価値に効く
スパイダープラスの事例

黙って待つだけではダメ

重松 投資家は3,900社以上(9月22日時点)の上場企業の中から投資先を選びます。まずこの段階で熾烈な戦いがあるわけです。上場直後は注目してもらえても、次から次へと新しいIPO(新規株式公開)企業が出てくる。そのため、TDnetのPR情報を活用して、自社の情報を発信するのはすごく大事。黙って待つだけではダメです。

前職ではnoteやTwitter(X)を使ったIR発信をおこなっていました。これらは情報発信の都度、フォロワーに通知を届ける仕組みを構築できるのが利点でした。

Lawyer’s INFO株式会社 取締役COO
重松英さん 

徳力 意外でした。noteは投資家向けとは遠いイメージを抱く人もいたと思います。TDnetのような完全に投資家向けの場以外でも発信できる場所を作れば、見てもらえるんですね。

重松 もちろん適時開示や有価証券報告書で情報を出すのは大事です。ただ既に発信した情報の行間を埋めるような話を載せるには、適時開示はやりづらい。noteはフォロワーを貯められる点やUIの使いやすさという利点もあり、始めました。

IRとPR、異なる専門性

徳力 ちなみに、IRのテリトリーを整理させてください。一般向けの情報発信が投資家に、反対に投資家向け発信が顧客に届くこともあります。IR担当とPR担当がそれぞれ手を取り合って情報発信を効果的におこなうためには、どうすればいいでしょうか?

noteプロデューサー
徳力基彦

馬渕 経営者、PR、IRの3者が連携できているのが一番いいと思います。例えば企業PRの場合、どこかのスポーツクラブのスポンサーになったという話はすごく「強い」。けれどIRで前面に出してもあまり効果はない。PR担当者はあまり知見がないのでそれが分からない。IRの人ならそれがメインのトピックでないことが分かります。両者は専門性が少々違うため連携するべきです。

そして、経営者にもIRの視点を持ってもらうことが重要だと思います。経営者とのコミュニケーションを通じて、新たな情報発信のアイデアが生まれるはずです。

徳力 よく新事業を立ち上げる時に芸能人を呼んで賑やかすとPR的には露出が取れますが、経済系メディアの記者ならば「これはいくらの事業が生まれるんですか」と質問します。PRばかり重視していると答えが用意できておらず「派手にやっているけど事業のインパクトはない」と思われる。

馬渕 適切な場所に情報を届けることは極めて重要です。noteのプラットフォームでも(IRの)対象者になりそうな人々に情報が届くことがとても大切。華やかに多くのPVを獲得することは、その本質からは外れます。3,000人の投資家に対して企業情報を届けることは、単に10万人に届けるよりも意味を持つのです。

投資家をどうファンに変えるか

徳力 情報発信で投資家をファンにするためには、どんなポイントがありますか。

馬渕 株価の変動や予想外の業績に関わらず、長期的に株を保有し、企業を応援してくれる人がファンです。そのファンをつくるには、事前のコミュニケーションが大事。私が研究したインフロニア・ホールディングス(HD)という企業を例に挙げます。

この企業は、前田建設工業という名前で有名でしたが、3社の統合によりHDになった途端、その知名度は一気に下がりました。元々同企業は機関投資家とコミュニケーションをとっていましたが、個人投資家への情報発信方法については手探り状態。そこで私たちに相談が寄せられ、去年から取り組みを始めました。その結果、投資家数が約2,000人増え、時価総額も約40%上昇しました。

インフロニア・ホールディングス(HD)IR活動の結果

馬渕 具体的な取り組みとしては、機関投資家用しかなかった年間計画を個人向けにも作成。初年度は私が雛形を手掛けましたが、今年は企業側にアレンジしてもらいました。特にアナリスト向けに作成されていた決算資料を、個人投資家が理解しやすい形に再構築しましたね。

そして資料には、自分たちが何者かというメッセージを込めました。

投資家に説明をする際は毎回冒頭で「脱請負」「建設業界の革命児」というワードを述べます。人口が減少していく中でなぜ建設なのか。インフラ運営をやるために20年間かけて組織を変えて統合したストーリーも伝えました。

石田 私たちも上場以来、主に機関投資家を対象としたIR活動を行ってきましたが、この方針を見直しました。以前は機関投資家限定で行っていた決算説明会を個人にも開放し、参加できなかった人向けに、説明会内容の書き起こしを翌日に開示するようにしました。また、アナリストとの面談内容の書き起こしも開示することで、フェア・ディスクローズ(全ての投資家に対する公平な情報開示)を高めています。

この結果、4,000人程度だった個人株主が約6,800人に増え、IRセミナーには常時100人以上の方に参加いただけるようになりました。投資家との接点が増えたことで、得られるフィードバックも増加。それらを活用し、IRをさらに充実できたという実感も得ています。

重松 Twitterとnoteを用いた情報発信についての投資家アンケートを紹介します。Twitterは双方向のコミュニケーションもできることが大きく、78%の方が肯定的な評価でした。一方でnoteは65%が肯定的評価。Twitterでは13%あったマイナス評価が、noteでは9%に下がり、発信のしやすさを感じました。どちらも能動的に投資家に発信でき、フォロワーも蓄積できる点がメリットと言えます。

note活用についての投資家側からの評価

重松 投資家がTwitterで最も発信してほしいのは、イベント開催情報でした。noteの方はやはり「行間を埋める」情報発信が求められています。事業会社の中の人の想いなどですね。例えば、noteで社長が自身の言葉で話すことは、ファンの蓄積に繋がると考えられます。

投資家に聞いた「Twitterで発信してほしい情報」の結果
投資家に聞いた「noteで発信してほしい情報」の結果

効果や手応えの指標とは

徳力 時価総額など、これまで挙がった指標以外に、IRが注目すべき指標はありますか?

石田 個人投資家数やセミナー参加者数、あとは重要なのが売買代金です。他にもコストのかかった施策であれば、発信した記事や投稿のPVあたりの単価などもみます。

重松 私も売買代金が大事だと思っています。これは株価よりも少し前の段階での指標ですね。あとは行動指標。例えば、四半期に何人の機関投資家に会うか、セミナーや勉強会で何人に情報を伝えるかなどですね。

馬渕 私は年間計画を立てる時、「月に何件のプレスリリースを出せば、4回ほど出来高が生まれる」と逆算します。企業の話題が世に出れば、出来高が形成しやすいことを企業側に説明し、「月に4回リリースを出して、出来高をつくりましょう」と計画するのです。

徳力 一般的な会社では、「月に4本もプレスリリースのネタなんてない」と返ってきませんか?

馬渕 自発的にできるのは、自社開催のセミナーですね。他にも記者向けの懇親会など、工夫すればニュースはあるものです。

「ストーリー」が見える情報発信を

徳力 最後に、参加者から「投資家に応援したいと思ってもらうためには、どんな情報が必要か」と質問がありましたが、いかがですか。

馬渕 Twitterなどで実名アカウントを作るIR担当者は増えています。「このセミナーに参加します」などと、彼らの活動や頑張りが見えれば、そこに感情やストーリーが生まれます。IRは(フォロワーと)顔の見えるような関係性になってきたと思いますね。

重松 名前を公開することで、「人間」としてのコミュニケーションが発生すると思います。私はIR担当時にクレームの電話があった際、必ず自分の名前を名乗ります。これにより「企業の人」でなく、「面白い個人」として見てもらえるから。投資家をファンに変えるには、通り一遍の返答でなく、個として向かい合うことが大事だと思っています。名前を公開することには、そんな効果もあるのではないでしょうか。

石田 私たちの会社もCEOがIRに積極的で、IRチームよりも先に投資家向けの情報発信を開始しました。しかし、全ての企業が同じように名前や顔を出して情報発信ができるわけではないと認識しています。

もし自由な情報発信が難しい状況にあるとしたら、一つの提案として、既に公開された情報をIRで要約し直して発信するのはどうでしょう。

顧客の商品導入事例や、人事領域で実施した社員インタビューなどをIRで配信し直すことで、自社製品や会社の魅力をより伝えることができるのではないでしょうか。


このイベントのアーカイブ動画は下記からご覧いただけます。

登壇者プロフィール

馬渕 磨理子さん
日本金融経済研究所 代表理事 経済アナリスト
イー・ギャランティ社外取締役(プライム上場)
ハリウッド大学院大学 客員准教授

京都大学公共政策大学院 修士課程を修了。トレーダーとして法人の資産運用を担う。その後、金融メディアのシニアアナリスト、FUNDINNOで日本初のECFアナリストとして政策提言に関わる。現在は、一般社団法人日本金融経済研究所 代表理事として企業価値向上の研究を大学と共同研究している。フジテレビ「LiveNewsα」、読売テレビ「ウェークアップ」レギュラー出演中。NHK「日曜討論」、フジテレビ「日曜報道」など討論番組にも活動の幅を広げる。
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重松 英さん 
Lawyer’s INFO株式会社 取締役COO

弁護士・ニューヨーク州弁護士。東京大学法科大学院修了。University of Virginia School of Law LL.M修了。アンダーソン・毛利・友常法律事務所、桃尾・松尾・難波法律事務所勤務を経て、2019年7月にツクルバに参画し法務のみならずIRも担当。Twitterやnoteを使った積極的IRにより、IR系アドベントカレンダーの開催やIR noteマガジンの創刊等の新たなムーブメントを生み出す。2023年5月より現職。
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石田 純一さん
スパイダープラス株式会社 経営企画室 IR担当/シニアエキスパート

スパイダープラス株式会社 経営企画室 IR担当/シニアエキスパート 新卒で金融機関に入社し、個人・法人営業に従事した後、ベンチャーキャピタルに出向。 4年間にわたりベンチャーキャピタリストとして活動するなかで、2018年に上場前の株式会社レゴリス(現スパイダープラス)に投資実行した経験をもつ。 2020年にスパイダープラスへ参画し、旧臨時報告書方式による上場準備及びIRに従事し、2021年3月に建設DX SaaSとして初の上場を達成。 上場後のIR活動を主導するとともに、サステナビリティプロジェクトも推進中。

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モデレーター
徳力 基彦
noteプロデューサー

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