夏の怪談覚え書き

こちらの記事の詳細版である。

2020年の夏、お隣に老夫婦が引っ越してきた。たいてい新しく入ってきた住人は、隣近所に挨拶するものである。実際これまで引っ越して来られた方々は例外なく挨拶に来られていたし、うちもそうしてきた。ところが、その老夫婦は一切来なかった。

その老夫婦の奥さんは、鍵に鈴をつけているらしく、部屋の出入りに鈴が鳴る。騒々しいまでに鈴が鳴る。部屋にいると、外からこちらに近づいてくる鈴の音が敷地の外からも聞こえてくる。鈴の音とは涼しげなものだろうと思っていたのだが、耳障りに聞こえる鈴の音とは初めてである。

妻が、家の中に妙な気配を感じると言い出した。先日は髪の長い女の姿を室内で見たという。そんなものを見たらものすごく怖いではないかといったところ、気味は悪いが害意は感じられないので、それほど怖くはないのだという。

そういえば部屋のなかの空気がよどみがちな気がした。以前、九字を切るおまじないをやって見せて、妻にも教えていた。妻が寝室で、お隣に向かって九字を切ったところ、全身に鳥肌が立ったと見せに来た。なるほどすごく立っている。妻の話を聞いていたらこちらまで鳥肌が立った。鳥肌が立つという感覚は、ちょっと深刻にとらえていいのかもしれない。

そんなある日の明け方、4時過ぎにふと目が覚めた。熱帯夜の続く昨今なので、喉が渇いたからかなとぼんやりしていたところ、玄関の方から物音がする。妻は隣で寝ているし、誰もいないはずなのだが、コトリ、カタンと音がする。気持ちが良いとは言い難い感覚であった。ところで、これを書いていて軽く鳥肌が立った。

水を飲みに起きて寝室に戻ろうとしたとき、視界の端に小柄な何かが動く影を見た、ような気がした。夜が明けて妻に、まだ暗い時分にこんなことがあった、こんな影を見たとその場所を指差すと、私が女の人の影を見たのもそこだという。

小皿に塩を盛って玄関脇に置くようにした。すると奇妙な気配を感じる事はなくなった。初め、盛り塩が溶けたのだが、そのときは雨が降り続いていたので湿気を吸ったせいだろう。一方、塩が固まるときもあって、塩を換えようと一旦盛り塩を家の中に取り込んでおくと、その日の夜とか、なんだか気味の悪い気配が漂うようになるのだ。

そろそろ引っ越し時かなと考えている。

(追記)実際に転居したのはこの数ヵ月後である。当時、書き付けていたものが上記の文章である。読み返してみて、われながらなかなか臨場感があると思われたので上げておく。

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