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短編小説『パンダマスター俊』

パンダマスター俊の朝は早い。


まずはパンダ達に祈りを捧げるところからだ。
パンダの先祖、アグリアルクトス・ベアトリクスから脈々と伝わる命の樹。その先端を今自分が預かっている。そのマインドセットをした後は餌やりだ。


今日使役する予定のパンダのいる建物へ入ると。檻の前で銃を咥えた女が今まさに自殺をしようとしているところだった。

またか。俊は正直ウンザリしていた。
「パンダの目の前で死ぬと来世がより良くなる」、そんな噂がSNSでまことしやかに流行っている。
そのせいで、俊のようなパンダマスター達は今パンダの世話よりも人間の死体の後処理に追われていた。

「おいやめとけよ。お前の両親も悲しむんじゃないか?」

女は泣いていた。粗悪な拳銃を咥え、ボロボロと涙を流す。手は震え、歯と銃口が触れ合いカチカチと音が鳴っている。

「私だって本当は、死にたく、ない…」

女は嗚咽を始め、銃を口から離した。刹那、女の居た空間に黒い穴が開き、閉じた。その空間に女はもう居なかった。
パンダは生きる意志を何よりも好む生き物だ。死をやめ生を選んだ生き物ほど甘美な餌はない。その餌をパンダは、食べる。
今日使役する予定だったパンダがたまたま空間系だったためにこのような捕食となったが、他のパンダならもっと苦しんでいたかもしれない。

「幸せな方だったな」

俊は独り言ち、今日の準備を始める。


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