愛情不足なんでしょうかね。
学童で子供を見ていると、こう感じざるを得なくなる。
「愛情不足なんかの?」
ずっとそう思っている訳ではありません。
もちろん愛情は注いでくれていると思いたいです。
ただ、子供が満足できるほど与えてもらっていないのかな?と思うような行動があまりにも多いのです。
どんな行動かというと、指導員に抱きついたり、駄々をこねたり、あまりにも無茶苦茶な要求だったり、その要求に答えれないと、その指導員のせいにしたり。
なかなか凄惨な現場ではあります。
何がしんどいのかというと、あくまで指導員は所詮“指導員に過ぎないのです”
同じ愛情でも、また違うのでしょう。わからなくても、何となくわかると思います。
そして指導員である限り、ルール規則に沿って接するのが先行するのです。
親の代わりにはなれないんです。
ただ、ここで思ったのは、子供の行き場のない愛情不足は誰が埋めてやれるんでしょう?
それは “親です” と言いたいのですが、子供を見ていて感じたことがあるんです。
これはもしかしたら経験ある方もおるのかもしてませんが、行き場のない愛情不足は、必ずしも親とは限らねんじゃないか?ということです。
全親、全指導員に聞いてもらいたいです。
ええか、子供が親に甘えられないのは、その親がな、甘えられる様な態度や雰囲気を作ってない、もしくは遠ざけてるか何だと思います。
子供も馬鹿じゃない。 雰囲気感じ取って諦めることくらいあるやろ。 そうもう、親に甘えるということを諦めてるんだよ。
そしてそれが指導員や、親戚のねぇちゃんにぃちゃんに向けるんよ。
ここで遠ざけられたら、いよいよ子供は本当のピンチですよね。
ピンチというか、もう遅い気さえします。
そう感じてしまった指導員はどうすればええんやろうねぇ。
僕はここで指導員的接し方はしたくない。ただ規則に囚われてる見てもあり、そこで揺れる。揺れる。
たまらなく辛い。
本当に辛いのは親でも指導員でもなく
子供やぞ
指導員じゃなかったら、もっと違う接し方するのにって何度も思います。今でも。
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