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『生成AIが無断使用』ってちゃうでそれ!

トレンドで「生成AIが無断使用」を見たので、これについては書いておきます。

元記事は読売新聞さんの「事件・事故の犠牲者の顔写真、生成AIが無断使用…遺族「使うのやめて」・識者「尊厳にかかわる」」。事象自体の背景は心情的に理解できますが、その後の「生成AIのアルゴリズムにも影響する規制」について、これは違うと思います。

あきらかに起きた事象のみの視点から生成AIを語っているにすぎない。

AIだろうが何だろうが、すべては使う側の責任。生成AIを使う人間の問題。著作権・肖像権は考慮されなければならないけど、ネット上に流れたものはデータの性質として公になってしまう以上、どう扱われようと文句は言えなくなる。

だからこそ使う側をどうコントロールするか?に識者さんたちの頭を使う必要があると思います。

また、AIが進化していることにさまざまな怖れを抱いている人たち。AIだけが進化すると思っていませんかね。古来人間はいろいろな道具を生みだしてそれを使う過程で、道具の進化とともに人間も進化してきました。道具を使う人間として「使い方」を学んで進化してきたんですよ。

なのにAIの進化に人間が追い付けないと思ったからか、道具の方を制御すべきなんて、包丁の切れ味が鋭いから切れにくくしろ!と言っているようなもので、とてもおかしいと考えます。

そしてもっと大切なこと。

AIに学習で使われたコンテンツを生みだした人たちも進化するということ。使われる(使われた)人たちも考えているんだ。いや、考えるんだ。自分の生みだしたコンテンツがどう使われるか。使われたらどうなるのか。そんなコンテンツを生みだす自分はそれが使われることに対して何ができるのか?

AIは人間が生みだしたもの。生みだしたものを超えるのは生みだしたものしかいない。

つまり超えれるのは人間そのもの。

AIを極度に怖れずあなどらず、AIと向き合った人がたくさん増えていけば、人類の未来も明るいと思います。

#毎日note #AI #道具 #ツール #コンテンツ #クリエーター


生成的人工知能


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