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【創作大賞2024】オカルト学園の怪談 6話

6話「提案」

死霊術ネクロマンシーの酷使により体が真っ黒な骨と化した病葉から夏休み中の美術の補講を頼みこまれた甘崎は養護教諭の仕事との兼業で忙しい日々を送っていた。病葉のサポートもあってか7月中はなんとか乗り切れたが……翌月も補講は何日かある。

(1番の問題は……彼ね。本当に早く治らないかしら、あの体)

夕方。その日の補講を終えた甘崎は美術室の机で病葉が携帯に送ってきた8月中の補講日を確認し、手帳にメモしながら頭をかかえる。

悩んでいても仕方ないので本人の待機している美術準備室に向かった。ドアを開けるとふわりといい香りがする。黒いローブで体を隠した病葉がティーポットでカップにお茶を注いでいるところだった。

《ああ、甘崎先生。お疲れ様でした。今、紅茶を淹れたところなんですがよかったら飲みます?》
「……だったらミルクと砂糖ありでお願い。たぶん糖分が足りてないわ」

病葉は首を振るとそばに置いていた角砂糖と牛乳をもう1つ出したカップへ入れて紅茶を注ぎ、甘崎に差し出した。

「ありがとう」
《……日中はそっちの姿なんですねえ。生徒たちが安心するからですか》
「え?ああ、これね。そうねえ……まあそんなものかしら。このほうが皆が話しやすいかなと思ってそうしてるだけよ。特に理由はないわ」

穏やかな老女の姿に戻った甘崎はそう言い、カップに口をつける。濃く淹れられた茶葉の香りとともにミルクと砂糖の味が口に広がり、朝からしていた頭痛が少しだけ和らぐ。

「ねえその体……本当になんとかならないの。明日からもう8月よ?今年は美術部で合宿に行く予定なんでしょう、どうするの?」
《はあ……またその話ですか。貴女も自分で言っていたじゃないですか、これを治す薬はないって》
「たしかに言ったけど、貴方一応、死霊術そっちの専門家でしょう。何かいい方法とかないの」
《そんなもの、あったらすぐに試してますよ。ないから困ってるんです、いや……わりと困らないですかねえ。食事、排泄、睡眠の必要がない分、生きている時より楽かもしれません》

今の状況を楽しんでいるような口調で病葉はそう言うと《かかか》と真っ黒な歯をむき出して自嘲気味に笑う。

《ああでも、ある生徒と合宿に行く約束をしているので……方法はいろいろ試してはみますがね。もし戻らなかったらこの格好のまま行くしかないですねえ》
「そうね……。私もついて行ったほうがいいかしら。いろいろ心配だから」

甘崎が言うと病葉は《よければお願いしたいですね。僕1人では全員に目が行き届かないので》とさらりと言ってのける。

「もう……。ちょっとは他人に頼らないで自分で何とかなさいよ。じゃあ私、そろそろ保健室に戻るわ。今、美術室のほうは無人だから片付けなんかはよろしく頼むわね」
《ええ、ありがとうございます。了解です》

病葉は歩き去って行く甘崎に手を振ると、カップの中の紅茶を飲み干す。温かな液体が肋骨の間をすり抜け、胡坐をかいている両足の骨の間にそのまま落ちて床に染みをつくった。

(しまった……何か拭くものは、と)

病葉は手を伸ばし、辺りを見回す。備品のイーゼルにかかっていた油絵の具で少し汚れた布が目に留まる。腰を上げてそれを取ると床の染みへ押し付けてかぶせ,拭き取る。白い部分に染みた濃い紅茶の赤色がまるで血のようで、病葉ははっと閃いた。

(……ダメ元で試してみるか?しかし、そんなに大量の血液を持っている人物なんてこの学園にいるわけが)

《いや……いるか。電話しよう》

病葉は自己解決すると、ローブから携帯電話を取り出して相手の番号を呼び出す。数回のコール音の後、眠そうな男性の声が聞こえてきた。

『もしもし……病葉くん?どうしたのこんな時間に』
《ああ、申し訳ありません学園長。もしかしてまだお休みでしたか?》

病葉がそう返すと代わりに「ふああ」という欠伸がする。

『いや、さっき起きたところだよ……それで私に用事かな、それとも何かトラブル?』
《ええ、まあそんなところですかねえ。学園長、大変恐縮なのですが……あなたが貯蓄されている血液の一部を僕に分けていただくことはできないでしょうか?》
『え?ちょ、ちょっと待って。全然話が見えないんだけど病葉くん。何があったの一体』

学園長の困惑ぶりが電話ごしにひしひしと伝わる。病葉はひとまず、簡潔に自分の身に起きたことと現状を話した。

『う~ん…………そういうことなら、ああ……でもなあ。貴重な血だしなあ。じゃあ、もし体が元に戻ったらさ、お代として君の血をもらってもいいかな?それくらいはしてもらわないと割に合わないから』
《分かりました、ありがとうございます。では、今夜そちらに受け取りに行かせてもらいますね》

病葉はそう結び、通話を切る。着ているローブのシワを直しつつ立ち上がり、大きく伸びをする。甘崎に頼まれた美術室の掃除に取りかかろうと、ドアを控えめに少し開け念のため本当に誰もいないか確認した。

(……よし、残っている生徒はいないようだな)

そのままドアを押し開け、病葉は一歩前に足を踏み出す。皮膚と肉が全て溶け落ち、黒い骨格だけになった足が床を踏み微かにかさり、と音を立てる。

病葉の立てる足音以外は何ひとつ物音のしない美術室は静かそのもので、今までに生徒や部員たちが使ったであろうツンとした油絵の具の匂いがした。

部屋には描きかけの静物画が残されたキャンバスの乗ったイーゼルがいくつか立っていた。病葉は夏休み中の補講の予定表を思い返し、午後に静物デッサンの補習が入っていたのを思い出す。

近づいてキャンバスを外し、イーゼルを畳む。計4つを美術準備室に片付けると美術室に戻り、やり残しがないかを確認する。

(キャンバスとイーゼルの個数よし、静物よし、床の清掃よし、これで全部か)

指差しと口に出して確認し頷くと、病葉はローブをひるがえして準備室に戻る。学園長と会う約束をしたのは夜だが、早めに行っても大丈夫だろう。

『……失礼します』

蝙蝠がデザインされたつややかな黒のノッカーを2回打ちつけてから、病葉は学園長室の扉を内側へ押し開けた。古い扉が軋むぎいい……という音がする。

「ありゃ、もう来たのかい。さっきの電話で夜に来るって言ってたからもう少し棺の中で寝てようかと思ってたんだけどね」
『それは申し訳ありませんでした。出直しましょうか?』
「いや……大丈夫だよ。さっきも聞いたけど、急に私の集めた血液が欲しいなんてどうしたの?」

執務用の机に座った学園長の香森巴祢生かもりはねおは黒いジャケットの胸ポケットに付けた金色のコウモリのブローチを片手で不安げにいじりながら、病葉に尋ねる。

『それなんですが……先ほど電話で話したとおりです。僕の体を元に戻すために、どうか協力していただけませんか?』

病葉はそう言いつつ、着ていたローブを床に脱ぎ捨てた。香森の眉が一瞬ギョッとしたようにひそめられる。

「そ、それ……本当に死霊術のせいなのかい?骨しか残ってないじゃないか⁉︎」
『ええ、本当ですよ。学園長も僕が死霊術師なのはご存知ですよねえ』
「うん。もちろん知ってるよ、甘崎先生からは死霊術の過剰行使の結果だって聞いてるけど」
『どうもそのようですね。僕もなにしろ初めてのことなので……困っているんですよ』
「それで?一体君はどうするつもりなんだい」

香森が机からほんの少しだけ身を乗り出す。両耳にかかったカーブした銀髪が跳ねた。

『ほぼダメ元ですが、血液を使って体の再生を試してみたいと思いまして』
「え?私の血液のストックでそんなことができるのかい」
『さすがに僕だけでは無理なので、甘崎先生にも手伝ってもらいます。内臓は無理だとしても皮膚と筋肉くらいはなんとかなるでしょう。ただ、成功する確率はほとんどゼロですけどね』

病葉は一気にそう返すと香森は革張りの椅子の背もたれに頭を預け「うーん」と胸の前で腕を組み考えこむ。

「その血液……ちなみにどのくらい要るの?君が全身つかれるくらいのだとたぶんかなりの大きさの容器……例えばバスタブとかが必要になると思うんだけど」

香森の言葉に次は病葉が答えに詰まる。バスタブなんて急に用意できるものではない。学生寮から借りてくるにしても何か理由を探さないといけない。

病葉が悩んでいると香森が先にこう言ってきた。

「あ、バスタブなら私の部屋に未使用のやつがあるからそれ使ってよ」
『えっ学園長いいんですか……?』
「うんうん。君にはなるべく早く復帰してもらいたいしね、今からやるかい?やるならストック持ってくるけど」

快諾してくれた香森の反応が意外で、病葉は面食らってしまった。断られる雰囲気があったのにまさかこんなあっさり受けるとは思わなかったのだ。

『ええもちろん、ありがたく使わせていただきますよ。その前に甘崎先生に連絡入れますね』
「じゃあ決まりだ。すぐ持ってくるから待ってて」

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