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【創作大賞2024】リビング・ブレイン 3話

3話「週末の予定(前編)」

一夜明けて。特例個体……小松透の破損したボディーなどの修理をほとんど不眠不休でしていた真木と瀬名は、ぐったりした様子でRUJの真木の自室の外にあるソファに寝ていた。窓から朝日が差しこみ、2人の目を射る。瀬名が寝返りをうつ。

「……ああ〜もう朝か。真木さん、真木さん起きてください」
「んん……悪いがもう少し寝かせてくれないか瀬名くん。頭が働かない」

瀬名に体を揺さぶられた真木は薄目を開けたが再び目を閉じる。

「仕方ないですね……じゃあ僕、コーヒー淹れてきます。真木さんは要ります?」

瀬名が振り返り、真木に聞いてくる。真木は無言で首をふる。

「砂糖とミルクは?」

再び首をふる真木。目の下にうっすら隈ができている。

「わかりました、行ってきますね……ってあれ?」

真木に背を向けて廊下を歩き出した瀬名が歩みを止めて窓の外を見る。コツコツと嘴で小鳥が窓ガラスを必死につついていた。

瀬名があわてて窓を開けると外の小鳥が飛びこんできて瀬名の横を通りすぎ、ソファで寝ている真木の白衣の上にとまった……かに見えたが違ったらしくそのまま飛んで真木の部屋のドアの前でホバリングし、再びコツコツとドアを開けてほしそうにつつく。

(一体どこから来たんだろう)

窓を閉めた瀬名は首を傾げる。小鳥がつついているドアまで行き、開けてやった。小鳥は中を調べるように飛び回り、やがて台の上に寝かされた透が着ている真新しい黒ネクタイと白いシャツの上に着地した。ツンツン、と彼を起こすようにつつく。

「あっ、こら。つついちゃダメだって!」

瀬名は急いで部屋に入り、透の胸のあたりにいる小鳥をしっしっと手で追い払う。ところが小鳥は旋回して再び彼の体の脇に垂直に伸ばされた手の上に止まった。

「……瀬名くん?どうかしたのか」

部屋のドアから外のソファで寝ていた真木が何事かと顔をのぞかせる。

「ああ、なんだ。Alice.じゃないか、この型タイプは久しぶりに見たな」
「あ、ありす?」
「そう。そこの小松透が開発した小鳥型ロボット。最近は携帯のLETTERSアプリと連携してテキストや写真データも送れるようになったらしい」

真木はうろたえる瀬名に台の上の透を指し示す。

「きっと誰かが彼にメッセージを託したんだろう。ちょっと見てごらん」
「は、はい。えっと……送り主は、小松……佑?」

瀬名がAlice.に近づき、白衣のポケットから取り出した自分の携帯で機体からデータを読み取って口に出す。

「ああ。彼の息子さんだね、たしか中学生だったはずだがなんて?」
「父さん、ごめんなさい。母さんが作ってくれた夕食の写真を一緒に送ります……ですって。何かあったんですか」

瀬名が尋ねると真木はうーん、と表情を曇らせる。

「それは……そうだなあ、僕より彼本人の口から聞くのがいいだろう。そろそろ……起きるころだと思うから」

真木がそう言い終わらないうちに、台の上の透の体が電流が走ったかのように一瞬びくりと震えた。手の上のAlice.が驚いて飛ぶ。

事が突然すぎてびっくりした瀬名の前で非常にゆっくりとした動作でその体が上体を起こす。ちょうどホラー映画で死体が起き上がったようでなんとも不気味な光景だった。

「おはよう。どうかな、気分は」
『…………その声は真木、か?』

目覚めた透は膝に手を置き、じいっと真木を見つめ目を細める。

「そうだよ、ちゃんと見えてるかい?」
『ああ……視界は非常にクリアだ。そちらの彼は?』
「瀬名真一。僕の製作チームの一員だよ、君の体の修復を手伝ってもらったんだ」

真木に紹介された瀬名は透に軽く会釈する。透の目が瀬名をとらえ、確認するように再び細められた。

『……それはどうも。私の体の損傷ダメージはだいぶ酷かっただろう。よくここまで……』

そこで透の言葉が途切れる。何かと思えばその目が自分のそばを飛ぶAlice.を追っていた。すっと片手を上げると今まで飛び回っていたAlice.が降りてきて手の甲へ止まる。

「そうだ、息子さんからメッセージが届いていたよ」
『佑から?珍しいな……ああ、なるほど』

真木から教えられ手に乗せたAlice.からメッセージを読み取った透はふむ、と手を顎にそえる。

『この度の私の修理に関してよほど後悔してるようだ。後からメッセージを送り返してみるよ……そういえば瀬名くん、君何かしにいく途中じゃなかったのかな』
「え、そうですけどなんでわかったんですか透さ……あ、いや小松博士」

瀬名が再び驚いていると透は台の上で思いきり伸びをし、胸の前で手を組み合わせる。

『実は……少し前から目は醒めてたんだよ。会話の最中に起きるのも失礼だと思ったからそのまま寝たふりをしていた。このAlice.が窓から飛びこんで来たから真木に頼まれたコーヒー、淹れ損なったんだろう。なんなら私が淹れに行こうか?』
「そ、そうでしたか。ああすみません、お願いできますか」

自分が今からしようとしていたことを透に言い当てられた瀬名は少しとまどった挙句、愛想笑いをした。言い返す言葉もない。

『コーヒー、砂糖とミルク有りだったな。行ってくる』
「お、おいおい。まだ目が覚めたばかりだろう、急に動いて大丈夫かい」

すたすたと台から下りて真木の部屋から出ていこうとドアに手をかける透の背中に、真木が心配そうな顔をする。

『まったく……心配性だな君は。大丈夫、今最高に調子が良いんだ』

透はそう言い残すと外に出ていってしまった。部屋に残された瀬名と真木は二人して顔を見合わせる。

「いっつもあんな感じなんですか小松博士って」
「ああ……うん。彼、人の話をほとんど聞かないタイプだからね、変わってないなあ」

あっけにとられた表情の瀬名に真木はそう返してため息をつく。

「何かあっても大変だから一応見にいこう」
「他の社員に気づかれてもまずいですしね」

二人は再びうなずき、透の後を追って廊下に出る。柔らかな日差しが気持ちのよい朝だった。

「週末の予定(後編)」

「ええっと、ここの階段を下に降りたら着くはず……なんですけど」

瀬名が自分の携帯に表示させたマップを見ながら首をひねる。地下層に向かうのにまさか通学の時に歩いている道に隠されたマンホールのような円形の蓋(ふた)を開けて行くなんて思わなかったのだ。地上層にある自宅からほとんど外に出ない佑は歩き慣れないせいか、すでに息があがってきていた。

(もう少し厚着してくればよかった)

佑は外出用の白い光沢のある長袖シャツとズボンを着ていたが、地下層の空気が体を冷やす。くしゃみが出た。

「佑くん、大丈夫?僕の上着貸そうか」
「いえ……大丈夫です」

心配した瀬名が声をかけてくる。佑は断ったが、再びくしゃみが出た。見かねた透が自分が着ている緑色の革ジャケットを脱いで佑の両肩にかける。

「父さん別にいいって」
『……無理するな、風邪をひかれたら困る』

そう言う透は淡い水色のシャツ1枚と黒のスラックス姿で逆に寒そうだ。

「父さんこそ……それ、寒くないの?」
『ああ、別に。体は機械だからな、寒くはない』
「ふうん」

佑は隣を歩く透を横目で見ながら借りたジャケットに袖を通す。真新しい電化製品のような匂いがする。

「あっ、あった。このエレベーターに乗ったら博物館まで直行できますよ。行きましょう」

先頭を歩く瀬名が声をはり上げる。目の前にはエレベーターがあり、下降ボタンのみが点灯していた。瀬名がボタンを押し、開いたドアから中に乗りこんで佑と透を急かすように手招く。

『作りが随分古いな……ちゃんと下まで行けるのかね』
「それなら大丈夫だと思いますよ、ほら。階数表示が地下層4階までありますし」

乗りこんだ後エレベーター内を見回した透が少し不満そうにつぶやく。瀬名が佑に目的地の階を聞き、ボタンを押す。ドアが閉まりゆっくりと下降が始まった。



「……すごい……こんな場所が僕らが暮らしている下にあったなんて」

地下層3階でエレベーターを下りた佑は、視界いっぱいに広がる展示用のケースの列とその奥に広がる鮮やかな緑色の葉をしげらせた森に目を奪われる。森にはどこから入ってきているのか上から柔らかな陽光が照らしていた。

「うわ〜……本当だ。あれ、どうなってるんだろうね。それにしても凄い品揃えだな」

手を額のあたりにかざしていた瀬名が、佑に奥に広がる森を指差して嬉しそうに言う。

「佑くん、今からあっちに行ってみない?」
「あの……僕、見たいものがあるのでそれ終わってからでもいいですか」

子どものようにはしゃぐ瀬名に佑はちょっと面くらって断る。瀬名は「ごめん」と謝り、肩をすくめた。

『……佑、私はここで待ってるから、瀬名くんと一緒に行ってくるといい』
「ええ~小松博士も行きましょうよ。せっかく来たんですから」

瀬名が後押しすると透は胸の前で組んでいた手を離し、肩のあたりに下がった髪を指先でいじる。

『……わかった、君がそう言うなら』

瀬名の勢いに負けた透が佑と瀬名の後ろから数歩遅れてついてくる。博物館内は無人で、3人が歩く音以外の物音は一切ない。展示ケースの中には2050年より前の時代に作り出された様々な書物や食品、衣類やその他のものが細かく分類されて収まっていた。佑や瀬名はそれらを目を輝かせて見入っている。

「あった」

佑が小さくつぶやいてある展示ケースの前で立ち止まる。瀬名も続く。

「佑くんが見たかったものってこれ?うーん何だろうこれ……見たことないな」

佑と一緒に展示ケースの中をのぞいた瀬名が首をかしげる。ころっとした光沢のある赤い楕円形にスピーカーらしきものが2つと上にアンテナのようなものがついている。そばに立てかけるようにして正方形の何かの写真や絵と文字が描かれたプラスチック製のケースが数枚置かれていた。

『それは昔の時代に使われていた音楽プレーヤーとCD(コンパクトディスク)だよ瀬名くん。まあ……今だとほとんど携帯電話かパソコン上でも聴けるようになったから必要がなくなったがね』
「へえ……!そうなんですか。そういや小松博士よく知ってますね」

透の説明に瀬名はただ感心するばかりだった。

『だいぶ昔に……買ったままのやつが私の部屋にあってね。ちなみにそこに一緒に展示されているアーティストのアルバムならいくつか持ってる』
「えっ父さんそれ本当?」

佑が突然振り向いたので透は驚きつつ「ああ」と答える。

『家に帰ったら私の部屋に来るといい』
「……うん!」

佑が大きく首をふって笑う。透は久しぶりに見る息子の嬉しそうな顔につられて自分も笑顔になっていることに気づく。はっとして真顔に戻すが隣の瀬名から「なんだか嬉しそうですね」と言われてしまう。

「そうだ小松博士。ついでに奥のあれ、近くまで行ってみません?」

瀬名が奥の森を再度指差す。よほど気になるらしい。

『近くまでなら、な。行こうか』
「やった」

呆れた表情の透の横でガッツポーズをする瀬名はまるで少年のようだ。

「佑くん次、あっちの方行ってみよう」
「えっ、ま、待ってください瀬名さん!」

瀬名に勢いよく手を引かれ、佑はあわててついて行く。その後ろ姿を見ながら透がため息をついた。

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