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【創作大賞2024】アリス・イン・クローズドサークル 1話

あらすじ

今日の科学では合理的に説明できない超自然な能力、超能力を持った人々だけが週末に集うという屋敷があった。

そこは噂やネットの掲示板をたどってやって来た者たちが寝泊まりし、交流する《ジャバウォック》と名乗る人物が主宰するサークル「ワンダーランド」の本拠地。あるいは駆け込み寺のような場所。

サークル内ではその名にちなんで不思議の国、鏡の国のアリスの登場人物の名前を名乗ることがルールとされている。ある日、サークルにジャバウォックが《アリス》を迎えたことから始まる日々を描く短編ホラー

1話「アリス」

「おめでとう、今日から君が《アリス》だ」

どこかテーマパークを思わせるような家具や小物に囲まれた部屋。中央に置かれた病室を連想させるベッドに寝かされた白髪と検査着に似た真っ白なワンピースを着た少女のやせ細った手を取り、黒地に細い紫色の縞模様が入ったスーツを着た男が囁く。

顔の左半分を長く伸ばしたカラスの羽根のように黒い前髪で隠し、薄い紫色のシャツに合わせた紫のリボンタイは細縞のスーツとよく似合っている。ミステリアスな雰囲気をただよわせた顔からその年齢を推測するのは難しく、まだ若い青年にも年を経た老人にも見えた。

上体を起こされた少女はうつろな目で男を見上げかすかに微笑むと男が着ているスーツの胸ポケットのあたりに軽く、包帯の巻かれた手をあてる。途端「ぐっ」と低く呻き声を上げて、男が苦しみだした。必死に歯を食いしばり、顔には大量の脂汗をかいている。

ずるり

実際に音がしたわけではないが言葉にはできないような嫌な感覚が男の右胸のあたりにあり、少女が手を放すとその白い肌に不釣り合いな握りこぶしほどの大きさの真っ赤な塊が握られていた。

男の口の端から一拍遅れて一筋鮮血がこぼれ、顎を伝ってシャツやスーツに染みこんでいく。

「……なるほど。それが君に与えられた力なんだね……素晴らしい」

男は床に両膝をつき、苦しげに咳きこみながらもベッドの上の少女を見上げて目を輝かせる。

少女の手の中にある赤い塊……すなわち自らの心臓は少しずつ動きを弱めていき、今にも止まりそうだ。

「それ……返してくれるかい。これ以上血を流したら死ぬからさ」

男はそう言って少女のほうに片手を伸ばすが、少女は男の心臓を乗せたほうの手を遠ざけた。男の手が虚しく空をきる。

「アリス、いい子だから……返してくれ」

少女は無言のまま、再び男の手から心臓を遠ざける。ついに荒い息をしていた男は少女の寝ているベッドに倒れこみ、右胸あたりを強く押さえる。

それと同時に少女の手の中の心臓が動きを止めた。がくりと男の体も脱力する。少女はうつろな表情のまま起き上がりベッドから下りるとぺたぺたと裸足で男の前に行き、その場にしゃがみこんだ。

「ねえ……死んだの?」

苦悶の表情のまま絶命した男を観察するように、少女が声をかける。

「アリスとずっと遊んでくれるって、言ったじゃない。あれは……嘘?」

少女は両手でみるみるうちに色褪せてゆく男の心臓を抱えてつぶやく。両目から涙がこぼれ、床に落ちた。

いつもこうだ。自分のこの力は誰かを死なせてしまう。

「ねえ……何か言ってよ」

少女はしゃがみこんだまま、男に話しかけ続ける。

「アリス、ひとりぼっちはやだよ。ねえ。ねえったら、起きてよ……!」

そんなことをしても無駄なのはわかっていたが、少女は抱えた心臓を男が押さえていた右胸のあたりに置き、最初にした時と同じように手をあてた。

するとスーツに押し当てられた心臓はゆっくりと沈みこんでゆき、完全に見えなくなった。しばらく間をおいたのち、男の体が電流が走ったかのように大きく痙攣する。

「……大丈夫、だよアリス。ほら、僕は起きた……だろう?」

ぜえぜえと体全体で息を整えながら男が薄目を開く。少女は驚いて目を丸くしたが、彼が生き返ったことがただ嬉しくて抱きついた。

「嬉しいのは分かるけど、まだ蘇生したばかりだからそんなに抱きしめられると苦しいよアリス」

男は少女の腕をやんわりと押し戻すと立ち上がったが足元がふらつき、ベッドの柵をつかんで踏みとどまる。

「……まあ、君の能力が分かったことだし……今日のところはこのくらいにしようか。夕食を準備してくるから……ちょっと待っていてくれるかい」

男がそう言うと少女はこくりとうなずく。

「何か……食べたいものはあるかな。言ってくれれば可能なかぎり作るけど」
「……」

ベッドに腰かけた少女は足をぶらぶらと揺らしながらしばし考えこんでいたが「ケーキ」とぽつりとつぶやく。

「OK、ケーキね。ちなみに……どんなのがいいとかある?」
「特に……ない」
「そっか、じゃあ適当に作るよ。他に食べたいものは?」

同じ答えが返ってくる。男は耳のあたりを片手でかくと「わかった、行ってくるから待ってて」と部屋を出て行った。

ドアが閉められ、1人残された少女はベッドに上がると枕のそばに置いていた自分の背丈の半分くらいある白いうさぎのぬいぐるみを抱きかかえて寝転がる。

薄いカーテンが引かれた窓の外に広がる町の景色は夕焼けにつつまれ、淡いオレンジ色に染まっていた。

1人でいることには慣れているが、今日はなぜか落ち着かない。

(……おかしいな、今までこんなことなかったのに)

考えるうちにまぶたが重くなってきて、少女はぬいぐるみを抱いたまま眠りに落ちていった。



(さて、後はこのカップケーキとスコーンをのせれば……)

アリスの部屋から出て食堂の厨房へ入った男……黒森竜三郎はスーツと同じ柄のエプロンを身につけ、ビニール手袋をはめた手で青い小さな蝶を模したチョコレートを上にさした焼き上がったばかりのカップケーキとペースト状にした野菜をまぜたスコーンをそうっと崩さないように英国のアフタヌーンティーなどで使われる3段になったハイティースタンドの白い皿の上へ並べる。

アリスからリクエストされたケーキは特に指定はなかったので、チョコレートとブルーベリークリームを層にしたものと普通のショートケーキを作った。自分でも驚くほど上手くできたので、後からスマートフォンで写真に収めておこう。

「よし、できた」

竜三郎がつぶやくとどこかからぱちぱちと拍手が聞こえた。そちらを向くと銀髪の老婦人と枕を抱いたクリーム色のパーカーを着た少年が立っている。

「あら、とっても美味しそうなケーキね《ジャバウォック》さん」
「それ、もしかして僕たちの分ですかあ?」
「いいえ。すみません《チェシャ猫》に《眠りネズミ》さん、残念ながらこれは《アリス》のリクエストなんですよ」

竜三郎がそう言うと2人は肩を落とす。眠りネズミと呼ばれた少年は今にも泣きそうな顔をしていた。よほど竜三郎の作ったケーキが食べたかったとみえる。

「わかりました、じゃあ……アリスの部屋にこれを持って行ったらお2人の分も作りますから何かリクエストがあったらおっしゃってください」
「あらあら、忙しそうなのにいいの?それじゃあ……私はこの間のおやつに出してもらった抹茶のパウンドケーキをお願いするわ。眠りネズミちゃんは何がいい?」
「僕は……そこの茶色と紫色のクリームが入ったのがいいです。まだ残ってますかあ?」

チェシャ猫にたずねられた眠りネズミはクリーム色のパーカーの袖から手を出してぴっ、と勢いよく指先で先ほど竜三郎がセットしたハイティースタンドの皿にのったケーキを指す。

「ああ、これですね。ホールで作ったのでまだありますよ。チョコレートとブルーベリークリームが入ってますが、眠りネズミさんブルーベリーは食べられますか?」

竜三郎に問われて眠りネズミは「食べたことない」と首を横にふる。

「では、チャレンジしてみますか?お腹が空かれたのでしたら先にお出ししますが」
「うん」

眠りネズミが答えると竜三郎は別の皿に余っていたチョコレートとブルーベリークリームのケーキを取り分けてからフォークを添え、厨房から出て食堂のテーブルの上に置いた。

椅子を引き、眠りネズミに座るよううながす。

「チェシャ猫さんの分は少し待ってくださいね、すみません」
「いいのよ。ほら、早くアリスちゃんのところに行ってあげて」
「では、お言葉に甘えて。お2人ともごゆっくり」

竜三郎は2人に向かって深くお辞儀をし、ハイティースタンドと軽食を乗せた給仕用ワゴンを押して食堂から廊下に出る。日が落ち、窓の外の景色はすっかり夜につつまれていた。



こんこん、という小さなノックの音でアリス……白繭亞莉子は目を覚ました。ベッドから体を起こすと、冷えた部屋の空気に寒気を感じくしゃみが出る。

「……どうぞ」

亞莉子の返事で竜三郎が部屋に入ってくる。照明のスイッチを押すと柔らかな暖色が空間に広がる。スーツの上に同じ柄のエプロンをしているのが妙に似合っていた。

「調子はどうかなアリス。夕食の準備が遅くなってごめんね、お腹が空いただろう」

竜三郎は慣れた手つきで亞莉子のベッドのそばにあった市松模様の長テーブルへ夕食のセッティングをしてゆく。置かれた皿の料理やケーキからいいにおいが漂い、亞莉子の鼻に届く。その途端、ぐうう……とお腹がなった。

「ほらほら、こっちに来てアリス。君のリクエストで作ったケーキがとても上手くできたんだ、食べてみてよ」

竜三郎はくすりと笑い、亞莉子をテーブルへ座るように手招く。ベッドから立ち上がった亞莉子はうさぎのぬいぐるみをかかえたまま歩いてゆき、引かれた椅子に座る。

「これ……全部、黒森さんが作ったの?」
「そう。このくらいどうってことないよ。ああ、それからこの場所サークルでは僕のことは本名じゃなくて《ジャバウォック》って呼んでね。ルールだから」

亞莉子は「うん」とだけ答え、先にハイティースタンドの皿に盛られた竜三郎手作りのケーキ2種類に手を出す。フォークと片手を使って取り皿に移動させると黙々と食べ始めた。

「どう?ケーキの味は。美味しいかい?」

無言のままフォークでケーキをほおばる亞莉子は幸せそうな顔をしている。

「よかったらそっちのスコーンとスープも温かいうちに食べてね。じゃあ、僕はそろそろ食堂に戻るよ。人を待たせてるからね」
「……ま、待って。行かないで」

部屋を出ようとした竜三郎のエプロンの裾を亞莉子が引っぱって引き止めた。今にも泣きそうな声だ。

「……。どうしたんだいアリス」
「行かないで、ずっと……アリスと一緒にいて」

竜三郎は振り返り、亞莉子が座っている椅子の前まで行くとしゃがみこんで目線を合わせる。

「さっきも言ったけど待たせてる人がいるから、用事を済ませたらすぐに戻ってくるよ。少しの間、待てるかな?」

竜三郎がなだめるようにそう言うと、亞莉子は首を縦にふった。そばに置いたうさぎのぬいぐるみを手に取りきつく抱く。

「よーし良い子だ」

竜三郎は微笑んで亞莉子の頭を軽くなでた後、部屋から出た。



竜三郎は食堂に早足で戻るとテーブルにはもう眠りネズミもチェシャ猫もいなかった。空になった皿の下にメモ用紙があったので手に取る。

【ケーキ、おいしかった。ありがとう」
【私のリクエストはまた今度お願いするわ。おやすみなさい】

2人からのメッセージを読んだ竜三郎は厨房へ飛び込み、チェシャ猫からリクエストされた抹茶のパウンドケーキ作りに取りかかる。冷蔵庫で冷やしていつでも出せるようにするためだ。

今は亞莉子の様子が気がかりなので手間をかけたい気持ちをぐっと抑えて、なるべく時間短縮できるレシピにする。

(あとはこの生地をオーブンで焼いて、皿にラップをかけた後冷蔵庫に)

全工程が終わって一息をつくと、食堂に飾られた古風なデザインの鳩時計がちょうど24時を告げた。

もうそんな時間かと鳩時計の文字盤を見た竜三郎は目をこすり、小さく欠伸をしながら再び足早に亞莉子の部屋へ向かう。

「……アリス、まだ起きてるかい?」

部屋のドアをノックをすると返事があった。竜三郎が中に入ると待ち構えていたように亞莉子が足元に飛びついてきた。

照明はそのままでテーブルの上のケーキと料理の皿は全て空っぽになっている。

「全部食べてくれたんだね、良かった。君のために作ったかいがあったよ」
「僕の用事は全部終わったから、今夜はずっと一緒にいてあげるよ。何かしてほしいことはあるかい」

竜三郎が足元の亞莉子にそうたずねると「これ、読んで」と日に焼けた表紙の本を2冊手渡された。タイトルは不思議の国のアリスと鏡の国のアリス。世界でも有名な海外児童文学のうちの1つだ。

「そういえば……君の名前もアリスだね。亞莉子って書いて音読みにするとさ。きっとご両親はこの本が好きだったのかな」
「たぶん、そうかも……。でも、お父さんもお母さんもアリスのこといらないって。気持ち悪いって。こんな力、なければよかったのに」

椅子に腰かけた竜三郎がぱらぱらと本のページをめくる様子を見ながら、亞莉子は諦めたようにつぶやく。両腕の中のうさぎのぬいぐるみはきつく抱かれたままだ。

「ああ……だからあそこにいたんだね。ほら僕と初めて会った病院のあの病室、覚えてる?」
「……覚えてる、でも思い出したくない」

亞莉子は強く頭を左右に振った。竜三郎は本を閉じ、足元の亞莉子の頭に静かに手をのせる。

「……大丈夫だよアリス。もう君はあの場所ともご両親とも関係ないんだ。ずっとここにいてもいいんだよ」
「ほんと?それ、嘘じゃ……ないよねジャバウォック」
「本当さ。僕が保証するよ。そうだ、せっかくだから明日、今泊まっている他の人たちを紹介しようか。きっと仲良くなれるよ」

竜三郎がそう言うと亞莉子はしばし沈黙したのち納得したようにうなずいた。

「さあ、ベッドにいこうか。君が眠くなるまでこれ、読んであげるからさ」
「うん」

竜三郎は亞莉子をベッドに寝かせた後、隅に座って不思議の国のアリスから小さめの声で音読し始めた。亞莉子は竜三郎の声に耳を傾けていたが、物語が中盤にさしかからないうちに眠ってしまった。

(このままそっとしておくか。夜明けまではまだ時間がありそうだな)

部屋に置かれた時計の文字盤が午前1時を示しているの見た竜三郎は再び欠伸をする。眠気がそろそろ限界にきていた。

(アリスとの約束だし、彼女が目を覚ますまでこの部屋にいるか。その前にしばらく仮眠しよう)

竜三郎は手近な椅子を引きよせて座り、上着の上からタオルケットを探してきて羽織った。夜になるととにかく冷えるのだ。

「おやすみ、アリス。良い夢を」

竜三郎は安心した表情で眠る亞莉子の横顔を見ながらつぶやき、眠りに落ちていった。

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