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【創作大賞2024】オカルト学園の怪談 4話

4話「特殊性癖」

病葉と裏庭で別れた摩耶と倉田は寮に戻るため、夜の校舎内を出口に向かって突き進んでいた。先を照らす倉田が持っている懐中電灯の明かりが頼りない。

「ごめん倉田、やっぱり先に帰ってて」
「え、何言ってるんですか比良坂さん、これ以上遅くなったら僕たち罰則だけじゃ済まないですよ⁉︎ もしかして……病葉先生のところに行こうとしてるんですか」

先を歩いていた摩耶が突然立ち止まり、そう告げる。

「だ、だって……先生怪我してるし、あんなに傷だらけじゃほっとけないし……!」
「だからって比良坂さんが今行っても何もできることないと思いますよ……それなら保健室の甘崎先生を呼ぶほうがマシです」
「で、でも!でも……私、心配で。お願い倉田、行かせて」

摩耶の目が次第に潤んでくる。倉田は「はあ」とため息をつき、片手でずり落ちかけた眼鏡の位置を直す。

「今回だけですよ……。寮監の先生には僕がなんとか理由をつけておきます。朝までには帰ってきてくださいね」
「ありがとう……行ってくる!」

摩耶はそう言うが早いか、くるりと向きを変えて裏庭に通じる扉に向かって走って行った。倉田はそんな摩耶の後ろ姿を見ながら再びため息をついた。

「よし……帰ろう」



裏庭に出た摩耶は真っ先に大木の根元に向かった。木の幹に寄りかかる人影を見つけ「先生!」と叫んだ。

「摩耶?君、どうして戻ってきたんだい。彼と一緒に寮に戻るようにって言っただろう」
「そ、それは……。せ、先生の怪我がどうしても心配で、それで」

摩耶がおどおどしながら言うと、病葉は額に片手をあて「ああ」と呟く。

「それなら心配ないよ、ほら。もう治りかけてきてるから」

病葉は摩耶の目の前でローブを脱ぎ、顔や手足などの傷跡を見せる。どれも最初に見た時よりも傷口がふさがり、新しく皮膚が張ってきていた。

「あ……ほ、本当ですね……。保健室まで行って甘崎先生を呼ぼうかと思ったんですけど」
「わざわざ気をつかってくれて悪いね。その必要はないよ、朝までにはすっかり戻るさ」

摩耶ががっがりした顔になったので病葉は苦笑した後、話題を変えた。

「もしかして……僕に何か言いたいことでもあるのかな?相談事なら聞くけど、ここじゃ話しづらいと思うからとりあえず美術室まで行こうか」
「……はい」

摩耶はこくりと頷くと、校舎に向かって先を歩いてゆく病葉の後を追った。道中はどちらも何も喋らず、静まり返った校舎に外の虫の鳴き声と時折吹く風の音のみがするだけだ。

2階の階段を上がり、病葉が施錠された美術室をローブのポケットに入れていた鍵を使って開くと摩耶に先に入るようにうながす。続けて自分も入ると再び鍵を閉めた。

「これで話の途中で誰かに開けられる心配もない。さあ……遠慮なくどうぞ」

病葉は摩耶に丸椅子を差し出すと、描きかけの絵を置いたイーゼルの前に置きっぱなしにしていた自分の椅子を持ってきて向かい合わせになるよう間を開けて座った。椅子に腰かけた摩耶はうつむき、自分のはいているピンク色のスリッパを見ながら言いにくそうに切り出した。

「あの……へ、変だと思うかもしれませんが私、せっ……先生のことが、好き……なんです。おかしい……ですか」
「いいや、君は変じゃないよ。誰かを好きになるのは君の自由だ。でもねえ……たまたま僕は先生で、君はその生徒だ。それからまだ言ってなかったと思うからこの際言うけど、僕…………《死んでいるものしか愛せない》んだ。死体愛好ネクロフィリアっていうらしいんだけどね」

病葉はそう言って近くにワイン色の布を引いて静物のデッサン用に置かれていた人の頭蓋骨を手に取り、その輪郭をなぞるようにして長い指を這わせる。摩耶は何も言えなかった。

「摩耶には何か......人には言いづらい癖はあるかな。そう......異性の体のパーツのある部分が好きとか、例えば......男性の筋肉とか心臓の鼓動とかそういったかなり特殊なものだけど」

そう言いながら病葉が椅子から立ち上がると摩耶に近づき、その手を取ってシャツのボタンを外して自分の右胸にあてた。指先と手のひらに力強く脈打つ病葉の鼓動を感じた途端、摩耶の顔がわかりやすく紅潮する。

「ふふ、やっぱりねえ。前から変だとは思ってたけど、君が本当に好きなのは......僕じゃなくて、僕のこの筋肉と心臓だろう?いいんだよ無理に隠そうとしなくたって」
「で......でも、こんなことしたら先生、嫌じゃない......ですか」
「別に。それに僕は死んでるものにしか興味ないからねえ。君が望むなら……いつでも触らせてあげるよ」

病葉がにっこりと笑いかけると摩耶の顔が少し明るくなった。

「まあ……そういう僕もおかしな癖はあるけどなかなか他人に頼めるものではないしねえ。もし、摩耶に仮に今ここで死んでくれって言ってもそれはさすがに無理だろう?」
「そ……そんなこと、ないです。先生がそうしてほしいなら私、死んだっていい……!」

摩耶がそこまで言い切って顔を上げると、すぐ目と鼻の先に病葉の顔があった。かすかに濡れた土と服や肌にこびりついた血の匂いがする。抉れた左目周辺の皮膚はすでにふさがり火傷のように赤い痕を残している。

日本人特有の茶色い左目と緑と赤が上下で層に分かれてオーロラのような不思議な色をした右の瞳が摩耶の目をじいっと見つめ念をおすように「本当にいいの」と尋ねてくる。その手にはいつの間にか油絵の具を削り取ったりするための先が平べったいナイフが握られていた。

「ほ、ほんとです」
「死んだら楽しみにしてる合宿、行けないよ?」
「別にいいです」
「いつも一緒にいる倉田くんは?悲しむんじゃないかな」
「そうですね。でもいいです……わかってくれるはずだから」
「ご両親は?」
「両親は…………いません。私が小学校に入ってすぐの頃に亡くなったので」

摩耶がそう答えると病葉は嘆息をもらした。

「それは……初耳だね。じゃあ学園が休みの時はどうしてるの?」
「前は休み中に親戚のおじさんとおばさんの家に帰ってましたけど、最近はまったく。だから休み中はずっと寮にいます」
「そうか。すまないが摩耶、僕には……君を殺せない。あまりにも……君が可哀想だ」

病葉が摩耶の喉元に突きつけ、振りかぶろうとしていたナイフを床に落とす。

「…………え?」

摩耶は病葉の悲しげな顔をわけが分からず、ただ見つめた。今まで誰にも同情などされたことがなかったのだ。何も言わず病葉が摩耶を強く抱きしめた。

「せ、先生ちょっと……な、何するんですか⁈」
「摩耶、8月になったら美術部の皆でどこか景色のいいところに合宿に行こう。君に何か……楽しい思い出をつくってあげたい」

病葉が摩耶の背中ごしに優しく微笑む。

「……あ……れ」
「先生?」

病葉がかすれたような奇妙な声を出し、どさりと床に倒れた。顔が苦しげに歪んでいる。

「先生、どうしたんですか……!」

摩耶が駆けより病葉の体に触れようすると片手で静止される。その手のふさがったはずの傷口が次々と開き、糸を引くように皮膚がずるりと床に落ちる。その下からのぞいた筋肉と骨が禍々しい黒に変色してゆく。

「ま……摩耶。か、甘崎先生を……はやく」
「わっ……わかりました。待っててください‼︎」

摩耶は病葉の着ているローブのポケットから美術室の鍵を取り出すとドアの施錠を外し、廊下に飛び出す。1階に下りる階段をつまづきそうになりながら下り、保健室まで疾走する。

入り口ドアを勢いよく開き「甘崎先生!」とほとんど悲鳴に近い声で呼んだ。カーテンで仕切られたベッドのそばの机で書き物をしていた白衣のふくよかな老女が驚いた様子で振り返る。

「な、何事です⁈あなた今、何時だと思ってるんです。早く寮にお戻りなさい」
「た、大変なんです。わ、病葉先生が……美術室で急に倒れたんです。は、早く来てください」

顔を青くした摩耶の様子からただならない気配を感じたのか、養護教諭の甘崎鞠音かんざきまりねは頷くと木製の救急箱を持って戸口までやって来る。

「わかったわ。とにかく行きましょう」
「はい」

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