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【創作大賞2024】夜の怪獣 1話

あらすじ

西暦1999年。未知の巨大生物が夜行町を中心に出現していた。夜間にしか現れないそれを「夜の怪獣」と呼び、狩ることに特化した集団・猟師ハンター。その一員である青年・夜河棘よるかわいばらは本部への帰宅途中に巨大な蛇のような姿の怪獣に襲われるが……。

1話「猟師〜Hunter〜」

夜の闇の中ををタクシーが疾走する。追ってくる「アレ」から少しでも遠くへ逃げたい。夜河棘は運転手に「もっとスピードは出ないのか」と急かす。

「無理ですよお客さん、これが限界です」
「そこをなんとか……追われてるんです」

棘は窓の外を見た。タクシーを追跡するように夜の闇と同じ色をした巨大な蛇に似たものがずるずると身をくねらせながら道路上を這っている。運転手にはおそらくあれが見えていない。

「追われてるって、一体何からですか?」
「かいじゅう…………夜の怪獣」
「は?」

運転手が首だけ動かして棘のほうを向く。その途端、車体が衝撃で大きく揺れた。棘は車内の持ち手にしっかり掴まり、姿勢を低くする。

「なっ……なんですか今の⁈」
「とにかく……このまま走り続けてください、あと少しで目的地に着きますから!」

棘が叫ぶとドライバーはひきつった声を出し、ブレーキを踏みこむ。これ以上は無理だと言っていたがまだ加速できそうだ。メーターの速度がどんどん右に上がっていく。そこに再び縦に突き上げるような衝撃が襲う。

車体が大きくバウンドし、派手に横転した。棘はシートベルトごと投げ出され、路面に背中を強打する。受け身の体勢をとったので体の内側は大丈夫だろう。起き上がって周囲を見回すと、横転したタクシーから運転手の腕が見えていた。棘は急いで駆け寄る。

「だっ……大丈夫ですか⁉︎」

棘は運転手に声をかけてはっとした。窓から出ている腕を除き、体が車体との間に挟まれて完全に押し潰されていた。これではもう……助からない。

棘は猟師本部から支給された黒いロングコート風の制服から救急車を呼ぼうと取り出した二つ折りの携帯電話をそっとしまう。いつの間にか棘の乗ったタクシーを追跡していた巨大な蛇のようなものは姿を消しており、町は何ごともなかったかのように静まりかえっている。

〈はやくしないとあいつがまたくるよ、いこうイバラ〉
「うん…………わかった」

棘は両目の涙をごしごしと制服の袖で拭い、片方の手首にはめた喋る黒いブレスレット・ふくろうの助言に首を縦にふってから目的地である本部へ向かうため長く続く道路を歩き出した。



『ああ……おかえりなさい棘くん。帰り道で夜の怪獣と遭遇するなんてとんだ災難でしたねえ』

とあるビル。猟師ハンター本部のある地下階に棘がドアを開けて入っていくと、どこか間延びした声が出迎えた。

薄暗い蛍光灯に照らされた室内には棘と同じような黒の制服に身を包んだ背の高い細身の男が一人、パソコンの画面をじっと見ている。棘に気づいたのか、ワーキングチェアをくるりと回してゆったりと長い足を組む。

「ただいま、朝倉さん」
『おやおや……朝倉だなんて……たまには私のこと本名で呼んでくださいよ。ねえ?』

朝倉と呼ばれた男はにやりと笑い、棘のほうへ猫のようにすりよせ顔を近づけてくる。雨に濡れた犬のような匂いがした。

灰色に近い黒い肌と肩下まで伸ばした黒髪、大きく尖った耳と顔の下半分に広がる獣のように裂けた口……を見た者はきっと怖がるに違いない。いろいろと隠せばそれなりに格好いいとは思うのだが、本人は自分の外見に関心がないのかそのままにしている。

「じゃあ……夜の蝙蝠ムルシエラゴさん。これでいいですか?俺をさっき襲ってきた蛇みたいな怪獣のこと、何か分かりますか」
『いいや、残念だけどまだ登録されてない怪獣らしい。データベースを何度も検索してるんだがまったくヒットしなくてね』

棘が観念して呼ぶと、ムルシエラゴと呼ばれた男は一瞬嬉しそうな表情になり、棘に先ほどまで見ていたパソコン画面を黒い手袋をはめた手で指し示す。そこには「検索結果を表示できません」というメッセージが出ていた。

「犠牲者が出てるんです。すぐに討伐に向かわないと、また……誰か襲われます」
『ああ、タクシーの運転手の彼は残念だったね。君の気持ちはわかるけれど……まずは情報を集めよう。何か分かったら呼びに行くから、とりあえず今夜は少し休むといい。疲れているだろう』

棘はムルシエラゴの言葉にうなずくと、部屋の奥にあるドアに向かう。部屋に入るとそこは仮眠室で灰色のシーツが敷かれた大きなベッドが用意されていた。

棘は制服を脱ぐとベッドに横になり、同じく灰色のカバーの枕を抱きかかえる。中の綿がふかふかとして心地よく、棘はあっという間に眠りへと落ちていった……。

『……棘くん、棘くん。起きてください』

棘は強く体を揺り起こされて目を覚ます。別室にいたムルシエラゴがいつの間にかベッドのそばに影のように立っていた。

「ど……どうしたんですか?」
『棘くん、君が帰還時に遭遇した怪獣が再び出現しました。至急、上から討伐するよう命令が出ています』

棘がまだ眠気の残る頭で尋ねると、ムルシエラゴは感情を表に出すことなく事務的な口調で告げた。

『坂巻小夜子さんは体調不良のため、今夜出動できないと先ほど連絡がありました。なので……この場にいる君と私で討伐に向かいます。すぐに準備を』
「うん。わ……わかった。急ぐよ」

ムルシエラゴの言葉に棘の眠気が一気に吹き飛ぶ。棘はベッドの上に置いていた制服を着直すと立ち上がり、別室に向かう。

「ムルシエラゴさん、怪獣の足止め用の特殊閃光弾ってまだあるかな?」
『ええ、そこの棚にあります。ですが……残りわずかなので大切に使ってくださいよ。作るのは私なんですから』
「ありがとう」

棘はムルシエラゴに教えられた棚を開けて、銀色の楕円形をした特殊閃光弾をいくつか慎重に取り出すと自分の着ているコートの裏側にあるベルトにセットする。

『他に要るものはありますか』
「ううん、大丈夫。俺、戦闘は全然ダメだから逃げることに徹するよ」
『……分かりました。では、そろそろ行きましょうか』



棘の両足のはるか真下に夜行町の夜景が広がっている。175cmの人間態から元の姿……怪獣形態に戻ったため身長60m、翼を開くと170m、体重20tの巨体になったムルシエラゴの本物の蝙蝠に近くなった片足にしがみつくようにして移動するのは毎回ではないが落ちてしまわないか不安になる。冷たい風が体に吹きつけて棘はくしゃみを連発した。

『……大丈夫ですか棘くん。もう少しで着きますから我慢してくださいねえ』
「あ、はい。すみません寒くて」

ムルシエラゴは短く笑うと徐々に高度を下げてゆく。

『棘くんあそこ、見てください』
「え?」
『……下のビルに巻きついているの、君が出くわした例の怪獣じゃないですか』

ムルシエラゴに促され、棘は恐る恐る下を見る。黒い蛇のようなものが巨体をくねらせ、ビルの外壁に巻きついている。すぐに同じものだとわかった棘の眉間に皺ができる。

(お前さえ暴れなければ……あの人は死ななくて済んだのに)

『棘くん、あのビルの屋上に降ろしても構いませんか』
「あ、は……はい。お願いします」

ムルシエラゴに聞かれ、棘は頷く。高度がさらに少しづつ下げられてゆき、ビルの外壁にギリギリ接触しそうなところで片足を上げ棘を屋上へ降ろす。棘が着地したのを見届けると、ムルシエラゴは一旦屋上周辺を旋回してから自分も降り立つ。

『棘くん、ここから奴に特殊閃光弾を投下してください。まだ夜明けまで30分ほどあるので、このビルから一度下に落とします』
「了解です。その後は?」

棘がムルシエラゴのほうを向く。人間態に戻った彼は不適な笑みを浮かべた。

『怪獣の後始末は私がやりますので、棘くんはここで待っていてください』
「そんな!お……俺も行きます」
『いけません。君、こういう作業は苦手でしょう?無理はしないほうがいいですよ』
「で、でも……!」
『君のその憤りはよく分かります。しかし、今は討伐が最優先事項……いいですね?』

ムルシエラゴに諭され、棘は押し黙った。返す言葉が見つからない。

「……わかり、ました」
『良い返事です。では、後は頼みましたよ』

ムルシエラゴは棘の返事に大きく頷き、再び怪獣形態になると瞬きもしないうちに棘をひとり残してビルから飛び立っていってしまった。棘はため息をつき、作戦を遂行するべく屋上の落下防止用柵から下を覗きこむ。棘から数メートルほどのところに怪獣の頭部がぐねぐねと蠢いている。

棘は制服の裏側に隠した特殊閃光弾を一つ引き抜くと、起動ボタンを押す。なるべく遠くへ飛ぶように大きく振りかぶってから……放り投げた。

一拍遅れて目がくらみそうな眩い光がとっさに床に伏せた棘にも届く。それとほぼ同時にビル全体が震動し、何かがゆっくりとはがれ落ちてゆく気配がした。

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