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62回目 "Midnight's Children" を読む(第14回)。常識を逸脱する作り話を英語で書かれると、その読解に私は大変な苦労を強いられます。でもここは頑張りどころでしょう。

今回の読書対象は Epsode 24 "The buddha" です。全3部で構成されたこの小説の最後の部、Book 3 の始まりです。647 頁まで続くこの小説の 481 頁にまで、なんとか読み進んできました。



1. 映画館では "Coming Soon" の表現でお馴染みの予告編、その手法がこの小説に採用されます。

語り手(書き手)のラシュディ氏は、読者の息がこの辺で途絶え勝ちになるのを見越しているようで、この物語の聞き手であって、同時に書き進める仕事を傍らで励まし続けるパートナー(兼、家政婦?)の Padma(パードマ)に向けて気を逸らさずに聞き続けてくれ(下書きに目を通してくれ?)と頼み込むシーンが現れます。

[原文 1] I exhort my mournfully squatting audience, 'I'm not finished yet! There is to be electrocution and a rainforest; a pyramid of heads on a field impregnated by leaky marrowbones; narrow escapes are coming, and a minaret that screamed! Padma, there is still plenty worth telling: my further trials, in the basket of invisibility and in the shadow of another mosque; wait for the premonitions of Resham Bibi and the pout of Parvati-the-witch! Fatherhood and treason also, and of course that unavoidable Widow, who added to my history of drainage-above the final ignominy of voiding below … in short, there are still next-attractions and coming soons galore; a chapter ends when one's parents die, but a new kind of chapter also begins.'
[和訳 1] 私は悲嘆にくれるこの物語の聞き手、傍に座り込んで聞いてくれている聞き手に注意を切らさせないよう目先に人参をぶら下げます。「まだ話は続くよ。電気ショックによる処刑の話、熱帯雨林の話があります。更には辺り一面に髄液が滴る生々しい骨が散らかる平原に、山と積み上がる首先のシーンも出てきます。絶命の危機からの脱出、そして悲鳴をあげるミナレットの話もあるのです。パードマ、他にも興味深い話がたくさんあるのですよ。更に更に、姿かたちが見えることのないバスケットの中に閉じ込められる苦しみ、モスクの影の中での苦しみ、レシャム・ビビの不吉な予感の話にも、魔女のパービティの突き出た唇にも興味が湧くこと間違いなしです。父親らしさと国賊行為の話もあるし、話さないわけには行かないあの未亡人の話もあります。この女は、私がこれまでに被った家族の多くを失うという厄災に追加して、私の下半身を無きものするという屈辱をもたらしたのですから当然です。要するにこの小説、これから先にもまだまだ興味津々の話のタネが待っているのですよ。今直ぐにつぎの話が始まりますよ。誰かの両親が無くなることで一つの章は終わるとしても、次には新しい話題の次の章が始まるというのがこの世の常なのです。

Lines between line 20 and line 32 on page 482, "Midnight's Children"
by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback


2. 陸軍兵士になったサリーム(私)は 21 才の兵士です。

カラチの街に住まいを移しタオルの生産工場を始めた両親と暮らしていた16才のサリーム。兵士になるなら自殺でもと考えていた最中にインドからの爆撃(インドとパキスタンの戦い 1965 年の頃)が自宅を襲い一瞬にして両親と母の姉(絶頂期には校長の職にあった姉)を失い、サリームは頭に瓦礫の直撃を受けもの陰に二日ほど気を失って倒れていました。発見され陸軍の病院で健康を回復しますが、これまでの記憶は失ってしまいました。そんな彼ですが「犬のように優れた嗅覚」ばかりは健全です。今はこの厄災からも5年が過ぎました。陸軍の兵士です。(兵士になるに至る事情・行きがかりもこの小説にとって決して軽視できない重要な話題ですが、私の投稿記事では触れません。)

[原文 2-1] 'Shape up!' Brigadier Iskandar is yelling at his newest recruits, Ayooba Baloch, Farooq Rashid and Shaheed Dar, 'You are a CUTIA unit now!' Slapping swagger-stick against thigh, he turns on his heels and leaves them standing on the parade-ground, simultaneously fried by mountain sun and frozen by mountain air. Chest out, shoulders back, rigid with obedience, the three three youths hear the giggling voice of the Brigadier's batman, Lala Moin: So you're the poor suckers who get the man-dog!.
[和訳 2-1] 「気を付け!」将官イスカンダルは3人の新参兵、アユーバ・バロック、ファルーク・ラシッド、そしてシャヒード・ダルに向かって「お前たち三人はこれからクティア・ユニットだ。」と怒鳴るように声を上げます。彼は指揮官棒を自分の太ももに打ち付けるしぐさをすると踵を軸にして向きを変え兵士たちが居並ぶパレード場を後にします。会場に残された兵士たちは太陽光線に焼き付けられ、同時に山から吹き下ろす冷たい風に曝され今にも凍り付かんばかりです。胸をはれ、両肩を後ろに引くのだ、命令をしっかり聞き、従うのだぞ。3人の新参兵の耳に将官付きの雑務役であるララ・モインがニヤニヤしながら発する声が聞こえてきます。「要するに、君たち3人は可哀そうなことにあの犬人間の指揮下に配属されたってことだぞー!」

Lines between line 9 and line 17 on page 484, "Midnight's Children"
by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback

アユーバ、ファルーク、シャヒードは 15-16 才の少年志願兵です。何万人というスケールの数の兵士群としてカラチだかラワルピンジだか、いずれにしろ西部パキスタンからセイロンを経由して、半分は水(海水か?)に浸かっているような街、ダッカに送り込まれてきました。東部パキスタンをパキスタンから分離しようとする活動家を力で抑えようとする中央政府の計画です。この一団には過去の記憶を失ったサリームが居て、この3人の少年兵を部下に抱え4人で成るCUTIAと通称される活動部隊の一つ、UNIT 22を拝命します。以下の引用は、この部署・組織への配属が命じられた翌朝のことです。場所は兵士の宿舎、ダッカの近辺であろうけれども詳細は教えられていません。

[原文 2-2] Morning. In a hut with a blackboard, Brigadier Iskandar polishes knuckles on lapels while one Sgt-Mgr Najmuddin briefs new recruits. Question-and-answer format; Najmuddin provided both queries and replies. No interruptions are to be tolerated. While above the blackboard the garlanded portraits of President Yahya and Mutasim the Martyr stare sternly down. And through the (closed) windows, the persistent barking of dogs … Najmuddin 's inquiries and responses are also barked. What are you here for? -- Training. In what field? - Pursuit-and-capture. How will you work? -- In canine units of three persons and one dog. What unusual features? -- Absence of officer personnel, necessity of taking own decisions, concomitant requirement for high Islamic sense of self-discipline and responsibility.
[和訳 2-2] 朝。兵士養成用のバラック内に設えられた黒板が架かる部屋では将官のイスカンダルが自分の握り拳を制服の襟で磨いています。准将のナジムディンが新参の兵士に向かって教鞭を振るっている最中です。質問とその模範返答を聞かせるやり方です。ナジムディンが質問と返答の双方を読み聞かせています。途中での質問は禁止。黒板の上にはヤヒヤ大統領、殉教者ムタシムの顔写真が花輪に飾られた額が並べられ、各々が威厳に満ちた表情で眼下を睨んでいます。窓は閉じられていますが、犬の鳴き声が絶えることなく伝わってきます。ナジムディンが質問を繰り出し返答を与えるその声は、話すのでなく犬と同様に吠えているのです。何のためにお前たちはここにいるのか? 訓練です。 どの分野の訓練か? 追尾と捕獲です。 どんな作業をするのか? 犬一匹と3人の人間でなる犬部隊で働きます。 他の部隊との違いは何か? 士官様が居ないこと、それ故に自分たち自身での行動の決定が必要であって、自己抑制と責任の双方に関する高レベルのイスラム主義による判断力が要求されることです。  

Lines between line 2 and line 15 on page 485, "Midnight's Children"
by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback

[原文 2-3] Purpose of units? -- To root out undesirable elements. Nature of such elements? Sneaky, well-disguised, could-be-anyone. Known intentions of same? To be abhorred: destruction of family life, murder of God, expropriation of landowners, abolition of film-censorship. To what ends? -- Annihilation of the State, anarchy, foreign domination. Accentuating causes of concern? -- Forthcoming elections; and subsequently, civilian rule. (Political prisoners have been are being freed. All types of hooligans are abroad.) Precise duties of units? -- To obey unquestioningly; to seek unflaggingly; to arrest remorselessly. Mode of procedure? -- Covert; efficient; quick. Legal basis of such detentions? -- Defence of Pakistan Rules, permitting the pick-up of undesirables, who may be held incommunicado for a period of six months. Footnote: a renewable period of six months. Any question? -- No. Good. You are CUTIA Unit 22. She-dog badges will be sewn to lapels. The acronym CUTIA, of course, means bitch. And the man-dog?
[和訳 2-3] お前たち部隊の任務とは? 望ましくない分子の摘発です。 そのような分子の特質とは何か? こそこそと逃げ隠れする、うまく姿を隠す能力を持っている、外見からは判別不能なことです。 そのような輩が掲げる特徴的主張は何か? 我々が嫌悪すべきは、家庭生活の破壊、神の冒涜、土地を所有する人々からそれを没収する行為、映画の検閲制度の廃止を叫ぶ行為、以上です。 そんな主張をする輩が良いとするのはどのような状態か? 国家の廃棄、無政府状態、外国による支配です。 我々が今にあって心配を深めている元凶は何か? 近日に迫っている国政選挙であって、その結果、市民による国の支配が達成される可能性です。 (拘束中の政治犯どもが既に、あるいは今後益々程度を増して解放されることが危惧され、外国に逃避中の様々なタイプの乱暴・無法者たちのことも心配です。) お前たち部隊の仕事を具体的に述べなさい? 疑念を挟むことなく命令に従うこと、高い意欲を維持し怯むことなく捜索を継続することです。捕獲対象を躊躇せずに逮捕することです。 行動の進め方は? 秘密裏に、効率よく、手早く事を進めることです。 逮捕・捕捉の法的な根拠は何か? パキスタン国の防衛に係る規則は、望ましくない行動をとる人間を捕捉することを認めています。捕捉後には最長6ヵ月に渡り外部との連絡を遮断し拘束することが出来ます。その他、この拘束の期間は追加部分の長さが6ヵ月以内であれば延長も可能です。 何か質問は? ありません。よろしい。お前たちはクチア部隊 22(CUTIA Unit 22) と呼ぶことにする。雌犬の図柄のバッジが制服の襟に与えられます。 雌犬は魔女を意味するのだぞ。 さて次は「犬人間」だが、これから説明をするぞ。

Lines between line 15 and line 32 on page 485, "Midnight's Children"
by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback


3. サリーム("a man-dog"と呼ばれている)は 21才。6-7 才年下の部下である3人はこんな彼に "buddha" なる愛称を発案します。

このあだ名は下級レベル兵士がチョットした悪戯で言い出したに過ぎなかったのですが、ラシュディにはストーリーの背後に潜ませ「読者に読み取らせたい主題」を一瞬にしてストーリーに絡ませようとの(軽いノリの話題から小説の重要な主題に振り向ける)計算があるのでしょう。

[原文 3] Once Ayooba, Farooq and Shaheed had become reconciled to their strange, impassive tracker (it was after the incident at the latrines), they gave him nickname of buddha, 'old man'; not just because he must have been seven years their senior, and had actually taken part in the six-years-ago war of '65, when the three boy soldiers weren't even in long pants, but because there hung around him an air of great antiquity. The buddha was old before his time.
O fortunate ambiguity of transliteration! The Urdu word 'buddha', meaning old man, is pronounced with the Ds hard and plosive. But there is also Buddha, with soft-tongued Ds, meaning he-who-achieved-enlightenment-under-the-bodhi-tree … Once upon a time, a prince, unable to bear the suffering of the world, became capable of not-living-in-the-world as well as living in it; he was present, but also absent; his body was in one place, but his spirit was elsewhere.
[和訳 3] アユーバ、ファルーク、シャヒードの三人、変人で感情を失ってしまっている追跡屋との感情的な対立が和らぐと、この追跡屋にブッダなるあだ名をつけて親密感を表現しました。(対立が和らいだのはあのトイレでの一件が発生した後のことでした。)ブッダとは「年寄り」という意味です。これは彼が7才年上であるということだけでも、少年兵の自分たちがまだ子供として半ズボンで(長ズボンをはかして貰えないで)生活していた 1965 年に戦争を経験していたからというだけでもありません。もっと大きな理由は彼の周りには常に骨董品の臭いが漂っていたからでした。このあだ名で呼ばれたブッダはその最盛期(の年齢)を迎える前にして既に年寄り然としていたのです。
  あゝ、何とあいまいなのでしょうか、二つの異なる言語をまたいで使う単語というものは。ウルドゥ語のブッダは年寄りのこと。D の音は固い破裂音なのです。一方ウルドゥ語の「仏陀」は D の音を柔らかく発音するのです。それは菩提樹の木の下で悟りを開いた男のこと。ずーっと遥かな昔のこと、世界中に広がる苦悩を見るに堪えかねて世界に存在することを止めると同時にその地に生きてもいることを可能ならしめた男なのです。彼は現実に存在していると同時に存在してはいないで居れるのでした。自分の身体をしてどこかに存在させている時にあっても、彼の精神は別の場所に存在させることができる男だったのです。

Lines between line 17 and line 32 on page 487, "Midnight's Children"
by Salman Rushdie, 40th Anniversary Edition, a Vintage Classics paperback


4. Study Notes の無償公開

エピソード 24 "The Buddha"(原書 481 ページから 501 ページ)に対応するStudy Notes(第14回)を無償公開します。前回同様に A-4 用紙に両面印刷すると A-5 サイズの冊子に仕上がるように調整されています。

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