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計画を立てることは余裕をもつこと

いよいよ来週の金曜日はワクチンの2回目接種だ。
1回目の接種よりも副反応が厳しいとあちらこちらできく。
あまり症状を書き連ねることで、ネガティブ発言となり、接種を受けない人が出てきてはいけないので、そんな発言はしない。
心配事は副反応そのものではなく、副反応によるもろもろの影響だ。

私は会社勤めをしているわけではないので、出勤の心配はないが、
一応仕事はしているので、仕事の心配はしている。
とりあえず講義予定に関しては、2回目のワクチン接種が終了してから、と先方にお伝えしたのだが、先方は介護事業会社なので、さすがによくわかっていて「副反応の影響があるかと思いますので」ということと、先方の都合の合わせて10月となった。直近の書き物に関しては、9/14を納期にしたのだが、修正の連絡がその後になると接種日とドンピシャと重なってしまう。
というわけで修正が入ってもいいように本日納品をした。
もうひとつは12日までに構成が送られてくる書き物がある。これは日にち的に非常に微妙なので、先方へ正直に伝えた。
余裕のあるスケジュールをとってくださった。担当の編集の方には感謝しかない。

こんな風にスケジュールにシビアになるなんて、大昔の私ならありえないことだった。つねに行き当たりばったりの出たとこ勝負の人間だった。
以前noteにも書いたが、小学生のころ決定的に欠けていたのは「計画的に」という言葉だった。私の辞書には「計画」なんて言葉はなかった。
しかしそんな適当な私だったが、小学4学年のときにある出来事があった。

当時とんでもなく頭の悪かった私は、学習塾の進学クラスに席を置く姉とは正反対に「補習クラス」に席を置いていた。
その学習塾は「東西南北」のクラス名で北東南西の順で成績順に分かれていた。姉は、このさらに上のなんとかというクラスだったが、私は「西」クラスだった。
要するにバカだった。さらにそのクラスは毎回小テストをやって、点数順に席が決まり、点数の高い順から後ろから座る。つまり一番前に座っているのはバカの中のバカなのだ。

ある日その塾へ行き、テストの点数を見た私は愕然とした。
一桁だったのだ。バカなクラスにいても後ろに座っていた私は自分をバカと認識をせずに毎日サロンにでも通うように楽しく塾通いをしていた。
が、ある日一番前の住人になってしまったのだ。そして運悪く一番前に座っている姿を姉に見られてしまったのだ。
しかし姉は私をバカにするどころか激しく怒った。
「ったく!アンタがバカすぎるから私まで笑われるでしょ!そのバカなんとかしてよ!」と帰り際怒鳴られた。

何とかしろと言われてもさ~と呑気に言い返そうとしたら姉は、般若のような顔をこちらに向けて言った。
「いい?次のテストでは絶対に一番後ろの席になるんだからね!!」
そう言い、翌月に控えたクラス分けテスト(実質の実力テスト)で脱西を
約束させられた。

後ろの席と脱西を約束させられた私は、勉強を始めた。
姉は本当に恐ろしいのだ。
メソメソと勉強を始めていると父が寄ってきて言った。
「あれもこれもとできることをやっていても、やった気になるだけだ。
計画を立ててやれば点数はとれるんだからな」
とりあえずテストに出そうな問題を片っ端からやろうとしている私を見た姉もまた父と同じことを言った。
そして姉がスパルタンな計画表を作った。姉の前世は、ぜったいに古代ギリシア軍事都市の人間に決まっている。そのくらい姉の計画は強烈だった。

しかしさすが特進クラスなだけあって姉の計画は確かだった。
メソメソと勉強をしているうちに勉強のコツが掴めるようになっていった。
塾での小テストでは後ろの座席の住人へと成り上がり、翌月のクラス分けテストではなんとお隣の「南」を飛び越して「東」クラスへと躍進したのだった。このとき塾長自ら「すごいね!よくやったね!」と褒められたことは今でも鮮明に覚えている。どれだけの驚きだったのだろうか、私の躍進は。

計画的に物事を考える、ということは、般若のような顔で私を叱責した姉が教えてくれたのか、父の励ましがあったからか。
いずれにせよ大きな学びだったことはいうまでもない。
そして「やればできる」を体感できたこともとても大きな自信につながった。最近読んだ本にこんな一節があった。
「人はなぜつらくても頑張ることができるのか。それは知ってしまったからだ」要するに「つらくても頑張ることができるのは頑張ったその先に何があるか知ったから。だから頑張ることができる」ということだ。
私も小学生ながらそれを学んだ。これはその後始めた部活でも役に立った。

あれから40年以上たち、どんなにIT化が進んでも、あのとき姉から父から学んだことは色褪せていない。むしろこれだけ年数を経ても、鮮やかに思い出しこうして書いていくことができる。
しかし上手くいかないこともたくさんあるのが人生。
わくわくしながら計画を立てて楽しむくらいの余裕を持ちたいものだ。
余裕を楽しむために、あえて計画を立てる。
人生はそんなものだ。

いただけるなら喜んでいただきます。