クズは払込用紙をコンビニに持っていくことすらできない
クズ。それはしばしば倫理観の欠けた人間に向けて投げかけられる罵倒である。かくいう私も「クズだね」と罵ったこともある。もちろん、どんな時でも私は「クズ」を言う側であり、言われる側ではないことは言を俟たない。
そう思っていたのだが、つい最近全然クズらしいことをしていないのにもかかわらず、友人に「クズが」と言われた。
まだ、(納得はしないけれど)クズは許せる。しかし、「が」は本気でそう思っていそうだからやめて欲しい。「クズめ」とかならちょっと可愛らしいから、是非とも「め」にして頂きたい。「が」はいけない。
ところで私は税金を滞納していたわけだが、久しぶりに開けたポストの中に紫の封筒が入っていた。品行方正な生活をしている方々は絶対に見たことの無いその紫は、正に毒の池の色で、禍々しい。封を開けると、支払用紙と一枚の紙が出てきた。
「これは最終告知です。至急お支払いください。支払いが確認できない場合、差し押さえを行います。」
紙には、そう書かれていた。納付金は四千二百円だったので、電子レンジでも差し押さえて貰えば十分かと思っていたが、隣にいた友人に「なんでそんなものが届くまで放っておいたの」と、医者のようなことを言われた。何故と問われれば私の怠惰ゆえと答えるしかないのに、そんなことを聞くなんて馬鹿だなあと思った。
まあ後で払うから。そうあしらうと、友人は鞄から財布を取り出し、私に一万円を差し出した。「いいから、払ってきなさい」
コンビニで払える用紙だったが、時間も深夜一時を回っていたし、今更急いだところで何も変わらない。
彼女の行為は正直有難迷惑だ。確かに私の財布には今、百八十円しか入っていなかったので助かると言えば助かる。しかし、借りると返さなきゃいけないし、返す際になんだか損した気分になるので極力借りたくなかった。
それでも彼女は強情で、払いに行けの一点張り。怒りがヒートアップしてきたので、私はしぶしぶ金を受け取り、一人コンビニに向かった。
折れてあげるなんて、我ながら大人になったものだと、精神の成長を実感しながら歩く。するとすぐにコンビニに着いた。
私はレジに直行し、払込票を出した。店員は「この時間は払込票を出す人間が多いな」みたいな顔をしながら、慣れた手つきでバーコードを読み取った。私をそんじょそこらの未納人間と一緒にしないでほしい。どうせ他の人間はガスや電気の振込用紙だろう? 私は税金だ。滞納の格が違う。
そう思っていると、レジが「ビー!」と大きな音を立て、黄色のエクスクラメーションマークを表示した。面を食らっている私に、店員が「ああ、これ振込期限が昨日までっすね」と言った。
「あの、じゃあこれ払えないってことですか?」
「うちでは無理っすね。銀行なら、たぶんいけます」
私は愕然としながら、彼から払込用紙を受け取り、店内を歩くことにした。
お菓子やカップ麺を吟味しているふりをして、少し考える。ううむ、最終告知を無視してしまった。これは所謂、やっちまったというやつだ。怖い黒服の人が、私の大切な電子レンジを持って行ってしまうかもしれない。今生の別れが現実味を帯びてきて、少し寂しくなった。
まあでも、ここで考えても何も変わらない。また明日以降銀行に行ってみよう。私はタバコをカートンで買って、家に帰った。
タバコは五千八百円。残りは税金の額と同じ、四千二百円。奇跡的に丁度一万円だ。だから別に、タバコを買っても怒られないと思う。だって、彼女は税金の額を知ったうえで一万円を渡しているわけで、そうなると、五千八百円の可処分所得を私に与えていることになる。ならば、そのお金をどう使おうと私の自由になるわけだ。
まさか、彼女が今日税金のおつりを返してもらうつもりなわけでもあるまい。五千円札一枚と、五百円玉一枚と、百円玉を三枚受け取り、さらに後日、「この前はありがとう」という言葉と共に、税金代である千円札四枚と、百円玉二枚を受け取るなんて正気の沙汰では無い。いくら私といえど、良心は持っている。小銭じゃらじゃらお札ふぁさふぁさを、恩人に味わわせるわけにはいかない。一万円札を貸してもらったならば、一万円札で返さねば。ハンムラビ法典にもそう載っていた気がする。
ああ、私はなんて心配りができる人間なんだ。これで顔が良ければ、ホストで伝説を残せたんじゃないだろうか。
扉を開けて靴を脱いでいると、奥から「ちゃんと払えたのー?」と声が聞こえた。私は「払えんかったー!」と大きな声で返し、リビングに向かった。
友人の顔は嫌そうな顔をしていたし、私の小脇に挟んでいるものを見ると、もっと嫌そうな顔をした。
「何買ってんの?」
「たばこ」
「それ買ったから払えなかったってこと?」
「いや、関係ない」
私はコンビニでの経緯を説明した。
「でも、私のお金でそれ買うの違くない?」
「貸してもらったお金がまだあるから、明日払ってくるよ」
「信じらんない。クズが」
こんなところで使うお金があるなら美味しいコーヒーでも飲んでくださいね