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真夏の怪談シリーズ1 ユリゲラーのほんとの超能力。

この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:ユリゲラーの本当の凄さはスプーン曲げの超能力でも、人をだますトリックでもない。そういう次元を超えた何かなのだ、という主張。なぜ、超能力者は失敗するのか。トップ画はhttps://qr1.jp/keublE

ユリ・ゲラー50周年!

今日から始めますよぉ。真夏の怪談シリーズ。

これだけ熱いと、いつもの真面目な(笑)話など、聞きたくないですものね。

オバケや超能力、心霊、UFOと言ったテーマで、皆さんと情報共有しながら、楽しく遊びたいマインドゲームと思っています。

でも、いちおう僕のnoteのテーマである、奇天烈な考察で現代を暴き出す😁、という方向で、皆様に何か新しい気づきをお届けできれば幸いです。

さて、ユリ・ゲラー?それ誰?というZ時代のキミには、ユリ・ゲラーは史上最高の超能力者だと言っておきましょう。

https://qr1.jp/zGNYHo

1973年にイギリスBBCの当時最も有名なTVショーに出演し、数々の信じがたいパフォーマンスを披露したんです。

1.止まった時計を再び作動させた
2.封筒に厳封している手紙の中身を当てた
3.スプーンに指を当てただけで、スプーンを曲げてみせた

翌1974年、ユリ・ゲラーは来日、日本でも「スプーン曲げ」を披露、日本でも瞬く間にユリ・ゲラーは時代の寵児になったんです。

確か日本のテレビ番組では、視聴者にスプーンを用意するように呼びかけ、ゲラーが念力注入したら、そのスプーンが折れた例が続出、といった絵が放映されたと覚えています。

ユリ・ゲラーは本物か

ユリ・ゲラー真贋論争は、今も続いていますが、手品師、奇術師から「あんなのは下等なトリックだ」と散々インチキ呼ばわりされました。

有名なのはオーストラリアのマジシャン、ベン・ハリス氏(Ben Harris)との論争で、1985年にはハリスさんは「Gellerism Revealed 暴かれたユリ・ゲラーのやり口」という暴露本を出版しています。

反・ゲラー本。https://qr1.jp/oEJpCu

70年代、80年代はユリ・ゲラーの名前が世界に浸透した時代であると同時に、ゲラー・バッシングの時代だったと言えましょう。

ゲラーは本物か?

2017年にCIAがゲラーに対して、科学的に厳密な条件でその超能力を確かめる実験を行い、彼を密室に閉じ込め、遠く離れた場所に保管してある文字や絵柄を当てさせたところ、高い確率で成功が確認されたといいいます。

科学はユリ・ゲラーを支持したのか。

ここで、僕はチャチャを入れたいんです。

ユリ・ゲラー「超能力の秘密」

エドガー・ケーシー(人の前世を読み取る超能力者)は別格として、ユリ・ゲラーほど長く超能力者としての名声をほしいままにしてきた人物はいません。

https://qr1.jp/73fZes

この事実こそ、ユリ・ゲラーを世界一の超能力者と認定すべき理由だと僕は思うんです。

注目すべきは、今回ニューヨーク・タイムズWeeklyがユリ・ゲラーの論評を2023年7月23日号に載せ、A mind game that stunned the world(世界を卒倒ささせたマインドゲーム)というタイトルで、好意的な記事を寄せていることです。

記事はゲラーの本質をこう述べています。

「Charm and a large dose of chutzpah were essential to his fame(魅力と大いなる舞台度胸こそ、彼の名声の根源であった)」

前掲ニューヨーク・タイムズ

魅力というのは、ここでは触れられていませんが、ゲラー氏の自己演出能力ではないでしょうか。

それが奇術であろうが、超能力であろうが、彼のやり方は空前絶後であり、そのエンタテイメント性は、即興芸術として今も比例のないインパクトを持っています。

先の天敵とも言えるハリス氏とも、のちに和解、今は毎日電話をしている親友の間柄というのも、ゲラー氏の人間的な魅力のなせるワザではないでしょうか。

そして、舞台度胸です。

インチキだろうが、本物だろうが、イギリスや日本で、舞台のみならず、テレビの向こうにいる何千万人の前で、パフォーマンスを演じるわけです。

それも導入から、本番、フィニッシュまで洗練された「絵」を大衆に届け、驚きと感動を与えなくてはならないのです。

舞台度胸(chutzpah 大胆さ、厚かましさという訳もできる)がなければ、到底なし得ないことです。

僕に言わせれば、ユリ・ゲラーの超能力の正体とは、この舞台度胸、なのです。

なぜ、超能力が失敗するのか

ユリ・ゲラーに触発されてか、日本でも「スプーン曲げができる!」と名乗る人物が現れました。

しかし、このスプーン曲げというのは、野呂の調べでは、「いつでもできるわけではない」のです。

その日の体調とか、パフォーマンスを行う舞台の条件、気分等によって、できないこともあるようなのです。

これは人間の動作に関することですから、スポーツと同じで理解できますよね。

そしてこれに常に「衆人環視」というプレッシャーが掛かるわけです。

特にテレビでは、絶対に失敗は許されません。

日本では、失敗例がありました。

あるスプーン曲げ少年が、周りに利用されるままに、テレビに出させられスプーンを曲げていましたが、「逃げ出したくなり」、そんな気持ちではスプーンなどやはり曲がらなかった、という事件がありました。

日本を代表する昭和の超能力者・宜保愛子(ぎぼ・あいこ)さんも、そんなことを言っていました。

https://qr1.jp/OxCNkr

しかし、ここに経済というものが入ってくるのです。

超能力者がインチキ呼ばわりされ、退場を余儀なくされるのも、70年代の「超能力経済」だったのです。

「超能力経済」とは何か?

ユリ・ゲラーの続きとともに、また明日お楽しみに。

野呂 一郎
清和大学教授


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