文化が生まれる瞬間を、見た。
これって、いま新しい文化が生まれた、ということなんじゃないか。
私は、そのラジオ番組を聴きながら、わずかに興奮した。
「穴掘り」、番組の投稿テーマとなる
東京FMで月曜日から木曜日の17:00~19:52にオンエアされている番組に「Skyrocket Company」がある。
“ラジオの中の会社”をコンセプトに、お笑いコンビ「カリカ」を解散して
ピン芸人・俳優となり、現在は演出家・脚本家として活躍する
マンボウやしろさんを“本部長”に、“秘書”役として浜崎美保さんが
フォローしつつ、軽妙なやりとりをする進行には、
かなり磨きがかかっている。また私は、マンボウさんがリスナーの悩みや
苦しみの声に対し、常にポジティブに力強く励ます、その
言葉のファンだった。
この番組では、例えば「最悪の出会い」や「心に残る一言」、
「忘れられないあの瞬間」「復活しちゃいました」など、
毎日「会議テーマ」を設定して投稿を募り、ゆるやかに働く者の視点で
“本部長”と“秘書”がトークを展開する。
中間管理職以下の層をメインターゲットに放送しているが、
この時間帯のリスナーには主婦層も多く、もちろん家庭ネタも多い。
さて、その新たな文化は、4月3日、小学校入学前の<そういちろう>君の
ママからの投稿で始まった。それは
「息子が番組のファンで、議題はよくわかってないが、
得意の“穴掘り”なら書けそう」
という内容だった。あまりない小学生の登場に乗り気になった
マンボウさんが、「“穴掘り案件”やりましょう」と受け、
約1か月後の5月6日に実現したのが
「穴掘り案件“僕の私の穴掘りエピソード”」。
番組スタッフは、通常とはかけ離れた案件テーマに、投稿が減る=聴取率が落ちると予想し「黄金のスコップとシャベルのプレゼント」まで用意して
善後策を立て、半ば賭けのような感覚で番組を開始した。
毎日行うインターネットアンケートの質問も「穴を掘って何が出た?」。
結果は、男性の82% 女性の91%、全体でも86%が「何も出ない」という
結果。番組の進行に、ますます不安が広がった。
「穴掘り」、なめてはいけなかった
しかし、「穴を掘る」という行為は、予想を超えて人間社会に
浸透していたのである。その例を、この番組のそもそもの
メインストリームである“ビジネス”関連から列挙する。
●自衛隊で「大型のトラックを、スコップを使って埋めろ」という
命令があり、
三日三晩掘り続けた。
これも、れっきとしたビジネスエピソードの一つである。
マンボウさんも「すげぇえなぁ」と言うしかなかった。
●電柱を立てるときに、穴を掘る。
●20mの鉄塔の基礎を造る際に、穴を掘る。
なるほど。さらに、
●売買仲介で土地の境界標を探すとき、埋まっている場合はスーツで穴掘り。1m近く掘ることもあり、夏は汗だく。
●山奥の建築現場でのアルバイトで、5mの竪穴を掘っていたらホースのようなものがあって、握ったらいままでにない感触だったが、よく見ると冬眠中のヘビ!急いで穴をかけ上った。
●ゴルフのグリーンのカップの穴をあけるのは「カップ切り」と呼ぶけど、下手に掘ると旗が曲がる。
●ストレス解消に、背丈くらいの穴を掘って埋める行為を繰り返す。
このエピソードが真実なら、仕事のストレスの大きさはかなりのものだが。
そして、
●仕事中に穴に落ちた。
よく考えれば、「穴」に関わる仕事は多いのだ。もちろん「穴」は普通の日常にも何気なく登場する。
●「もし、いつか私が好きになった人が結婚の挨拶で来たら何と言う?」ある日、娘である私が父に訊ねたこの問いに、父は「穴を掘らせる。へこたれたら突っ返す。穴の深さがお前への愛の深さだ」と回答。変な父親と思ったが、実際に彼が結婚の申し込みに来たとき、父は普通に対応し無事、結婚できた。
このホームドラマのような展開。
きっと彼は、穴の件を聞いていただろう。
●砂浜に毎年、娘を埋めるのが恒例、いつまでできるか。
これ、かわいい。
●犬が穴を掘るのが好きで、飼い主である私が埋めて、また掘る、
の繰り返しが止まらない。
子供のころは私も砂場で、家の庭で、何かを思いながら穴を掘ったが、そんな子供時代のエピソードも多かった。
●矢じりが出た。
から、
●砂場の底を見たくて掘ってるうちに、ライダースジャケットと
ヘルメットが見つかった。
なんて、ちょっと不気味なエピソード、
●弟が「地下室をつくる」と言ってあけた二人くらい入れる穴に入った姉の私が、土で造った天井を破ってしまった。
●「穴を掘り続けると地球の裏側に行ける」と言われて穴を掘り
続けていたら、「本当にやると思わなかった」と母に呆れられた。
なんて兄弟・家族の一場面まで、さまざまなエピソードについて語るうちに
マンボウさんも
「オレ、(穴掘りについて)結構しゃべれるな」
と言い出し、やがていつの間にか、バズり始める(マンボウやしろ談)。
「穴掘りでいろんな時間の使い方がある」「穴掘りに物語がある」などと
マンボウさんが自らの気づきを披露するうち、
「穴掘り」という行為の(業務別・年代別・シチュエーション別)形式、
人間社会での位置付け、そこに込められた感情、などが
浮かび上がってきて、「まだまだこんな切り口がある」と
リスナーの皆さんも、どんどん燃えてきてしまったのだ。
肝心の<そういちろう>君の投稿は「穴を掘ったら水道管が出てきた」という内容だったが、この<そういちろう>君とママの投稿は番組はもちろん、
私の知識欲まで動かした。
「穴掘り」に興味を抱きながら、それぞれの年代で、仕事で、
人間関係のなかで生まれていく「穴掘り」を語る時点で、
いつしかそれは、文化になっていった。
「穴掘り」、文化となる
文化とは何かについては、文化社会学でも鉄板の定義がないが
「人間によって築かれ、共有され、伝達されてきた
有形・無形の何らかの様式」
とでも要約されようか。これを見ても分かる通り、いわば何でもありで、
きっと人がそれを認識した時点で、多くの人間によって気づかずに
伝えられてきた
何らかの様式(一定の型・方法・スタイル)は、
「文化」になり得るのだ。
1996年に、長谷川理恵さんとの不倫をスクープされた際、石田純一さんが
「文化や芸術 といったものが不倫という恋愛から生まれることもある」
と言って芸能マスコミから総攻撃を受けたが、あの言葉は、
不倫を正当化しようとする文脈で使ったから批判されただけで、
“不倫は文化”は、正しい。
不倫をオープンにする男女はいないし、隠れて逢瀬を重ねるだけで一定の
様式をもつ。しかも、不倫をしているリスナーの投稿がラジオで普通に
紹介されるほど常態化した現在、不倫が、結婚の対局にある男女関係の
一様式として一般人の生活に浸透していることは疑う余地がない。
芸能人の不倫が多いと思う前に、普通の男女が普通に不倫をしてる、
それが現代社会なのだ。
「穴掘り」みたいに、日ごろ気にしないし、決して話題には上らないが、
誰でも一度は経験したことがあるような行為はまだまだある。
それを探してみるだけで、確実にワイングラス1/2杯程度は、
会話の隙間を埋めることができる。
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