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21世紀の国富論 (原 丈人)

時価会計の弊害

 ベンチャーキャピタリストの原丈人氏による「これからの日本への提言」です。

 その前段で、原氏は、まずはアメリカ流のコーポレート・ガバナンスの基本である「企業は株主のもの」との考え方を否定します。
 株主のための株価に基づく企業価値の評価が「ネットバブル」のひとつの要因であったと言います。

(p20より引用) 技術が未完成であるのに、バラ色の未来を吹聴するのは詐欺に等しいでしょう。それなのに、なぜネットバブルは現実に起きてしまったのでしょうか?私には、それまでアメリカ企業の強さの源泉でもあった「何をやれば一番株主の持ち分価値を上げることができるか」という発想が、この間に本来の役割を超え目的化していったことが背景にあるように思えます。

 よく言われる近視眼的な「時価会計の弊害」です。

(p42より引用) 現在のIT産業に続く21世紀の基幹産業が世界のどこからも生れてこない。
 それは、新しい技術創造の担い手であるベンチャー企業に、中長期的なレンジで資金が供給されなくなっているからです。過剰な時価会計の浸透は短期的な利益のみを要求し、技術開発は真に革新的な技術の芽を育てられず、小さな成功ばかりを志向するようになってしまっているのです。

 原氏によると、こういった風潮は、ビジネススクール出身者による経営陣が助長したと言います。

(p49より引用) ビジネススクールの失敗は、あらゆるものをすべて数字に置き換えたことにあります。人の動機づけ、幸せといった本来は定性的なものまで、何もかも定量的な数字で分析しようとしたために、手段と目的が反対になる現象が起きるのです。

 株価という企業価値の最大化のためにROEの向上を求める、ROEの向上自体は、資本の効率的活用を目指すものですから悪いことではありません。しかし、ROE向上のために将来への投資である研究開発費を大幅に削減したり、目先のリストラに走ったりすると、それこそ本末転倒になります。

 現在の市場の状況を見るに、「会社は株主のもの」との主張の下、時価会計制度やROE重視の経営によって「実態を反映していない高い株価となった虚業」が、「堅実な実態はあるが株価の安い実業」を呑み込んでいます。

 著者は、まさに「悪貨は良貨を駆逐する」がごとくの今日の姿に警鐘を鳴らしています。中長期的・継続的発展を図る視点から、製造業に代表される「基幹産業としての実業の再生」を強く求めているのです。

国富の方法

 著者の原氏は、技術主導の将来を予測します。技術主導といっても「機械の方が人間に合わせる」時代をイメージしています。

 そこで重要になるのは「コミュニケーション機能」です。
 原氏は、現在、生活の中で必要不可欠なものになりつつあるパソコンの限界を予言します。

(p102より引用) やや大袈裟に未来を予測するなら、これから十数年のあいだにパソコンは終焉の時代を迎えるでしょう。・・・情報通信の分野で人間とのインターフェースを果たしてきたパソコンの役割は、終わろうとしているのです。

 確かにパソコンは、従来の計算機としての役割から、BlogやE-mailに代表されるコミュニケーションツールとしての位置づけに変化してきています。
 そういった用途から見ると、現在のパソコンは不十分な機能しか具備していません。たとえば、起動するにも時間がかかりますし、どこでもストレスなく使える環境も未整備です。(本書の初版が発行されたのが2007年ですが、まさにその年の初めにiphone(第1世代)が世の中に登場しました)

 そこで、原氏は、新たなコンセプトとして「PCU」なるものを提唱します。

(p102より引用) コミュニケーションに基づいた次世代のアーキテクチャ。私はこれを、PCU(パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ)と呼んでいます。つまり、使っていることを感じさせず(パーベイシブ)、どこにでも偏在し(ユビキタス)利用できるコミュニケーション機能です。

 もうひとつ、原氏の提示する興味深いコンセプトをご紹介します。
 「ローカル・プロファイリング」という考え方です。

 これは、ワン・トゥ・ワン・マーケティングと個人情報保護の営みとを両立させる方法で、企業側から流れてくる種々の情報を、エンド・ユーザ側で保持した個人情報に基づきフィルタリングするという仕掛けです。
 企業(発信)側で流通情報を制御するのではなく、個人(受信)側で選別しようという考え方で、発想の転換という点では、一つの気づきとなりました。

 こういった技術主導の新しい事業を作り出すベーシックな仕組みとして、原氏は、「リスクキャピタル」の創設を提唱しています。

(p172より引用) リスクキャピタルという仕組みは、事業会社の投資と積極的な関与によってベンチャー企業における新技術の製品化を促すというものです。

 大きなテクノロジーリスクが存在する初期段階にある技術に対して投資を行い、投資元の事業会社と連携しつつ、新たな事業として育てあげていくというスキームです。

 新たな事業は必ずしも大企業で産み出されるとは限りません。むしろ、チャレンジングな中小企業の方が期待できます。
 「知的工業製品」を生み出すためには、個人の能力を最大限に発揮させる組織構造が求められます。具体的には、目的意識を共有したフラットな組織をイメージしているのですが、それを大企業において実現するのは困難です。

(p159より引用) 個々の構成員が所属部門だけの成功報酬といった損得勘定を乗り越え、会社全体の目的意識を共有することが重要です。ポイントは、助け合いの意識を自らの仕事に対する誇りや責任感とうまく結びつけることです。

 まさにチャレンジングな中小企業に相応しい姿です。
 ただ、これは、会社の規模の大小に関わりなく、普遍的に重要な組織の基本姿勢でもあります。


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