見出し画像

駅前旅館 (井伏 鱒二) 

(注:本稿は、2022年に初投稿したものの再録です。)

 たまたまいつも行っている図書館の書棚で目につきました。

 久しぶりに、誰でも知っているようなちょっと昔の有名作家の作品を読んでみようと思った次第です。
 とはいえ、そういったジャンルの本はほとんど手に取ったことがなく、井伏鱒二さんといっても、はるか昔の教科書からの知識で、「山椒魚」が代表作だというぐらいしか分かっていません。

 さてこの作品、昭和31年から1年間ほど「新潮」に連載されたものとのことですが、戦後、ちょっと落ち着いたころの都会の世情を「駅前旅館」の番頭の独白といった形で面白く描き出しています。

 ともかく、登場人物のプロットが出色です。
 当時の「番頭」という職業はなかなかに “粋” な人種だったようです。本作の中にも、こんな描写がありました。

(p23より引用) いったい私どもの同業者は、よそに出かけるときでも普通の人と変った身なりをする習慣だ。湯村温泉へ行くときにも、高沢なんてやつは、弁慶格子のニッカーボッカに玉虫色の背広を着ておりました。まるで羽織を裏返しに着たような風情だね。春木屋の番頭は、筒袖に仕立てた紺無地の結城に、縮のしぼりの兵児帯をしめ、フランネルの裏をつけた富士の股引をはき、みょうが屋の白足袋に、はせ川の駒下駄をはいていた。こいつは、足袋のこはぜが象牙だと自慢していたが、甲高十二文半だから、みょうが屋の職人も型を取るのにずいぶん苦心したことでございましょう。杉田屋の番頭は、半ズボンに短靴をはきジャンパーを着て、折鞄を持ち、一見、請負師の ような恰好をしておりました。

 今でいえば、高級ブランドで全身を固めたといった出で立ちでしょうか。どうにも堅気の人には見えない一行ですね。こういった妙に気取った種族?が闊歩する時代でもあったのです。

 この小説で描かれたその世界の人々は、昔からのしきたりや仲間内で大切にしている決まり事のなかで、微妙なバランス感覚を保ちつつ独特の人間関係を築いていたようです。そのあたりの “時代感” がとても興味深かったですね。

 さて、この作品ですが、昭和33年には森繁久彌さん、伴淳三郎さん出演で映画化もされたとのこと、どんなふうに仕立てているのか、ちょっと面白そうですね。



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?