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ゆっくりと

夕方に買い物にゆく
荷物を肩にかけて坂を登る
いつもの道をゆっくりと

ふと前を見ると
杖をついた老婦がひとり
わたしよりもっとゆっくりと歩いている

母のことを思い出す

母は杖を使わずに背を伸ばし
歩いていた
元気な姿を思い出す

なんでさっさと行ってしまったの
こころの中で問いかける

ボケもせず
しゃんとしていた
心持ちだけで生きていた

家もキチンと片付けて
きっちりと生きていた

ゆっくり、ゆっくり歩く老婦の後ろ姿を見つめつつ
その人の年を思う
母よりも年上か年下か

赤毛のお母さん
いくつに見えたのだろう
わたしは年を知っているから
黙っていたの
お年は秘密

この坂道は母を乗せ車で登った道
買い物帰り
重たい荷物をいっぱい乗せて

馬力のないわたしの車
アクセルを踏み込む

バックミラーに映る
ちょっと不機嫌そうな母の顔
晩年は祖母に似てきた
確か祖父に似ていたはずなのに

歩いている坂の途中で
老婦を追い越す
その瞬間
なみだがあふれる
胸の中に母が表れてきて
いっぱいに広がっている

誰もいない暗い道を泣きながら歩き続ける

嘘でしょう…
自分の思いについて行けない
この間までは大丈夫だったはずなのに

少しあたたかくなった
日ののびた春の夕暮れ

また誰もいない家に帰る

晩ご飯に買った惣菜を温めて
父と母の遺影に供えてる

「お腹空いたね、お先にどうぞ」

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