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一生に一度きりの大切な出会い

以前、厚木市に住んでいた。
当時、厚木市に本社を置く神奈中ハイヤーというタクシー会社があった。
先日の雪の日、神奈中ハイヤーの運転手の方のことを思い出した。

1994年2月のことだから、本当にちょうど30年前のことになる。
私と長女(3歳半)はその日、伊勢原の総合病院から当時住んでいた厚木市の自宅までタクシーを利用した。
彼女はその前年末に退院し、最初の診察だった。
その時はもうすでにちらちらと雪が舞っていたか。
車の中での運転手の方との具体的な会話は覚えていないが、病院帰りということで明るい話題だったのだろう。
車酔いしやすい長女も私も気分よく、また温かい気持ちになって帰宅した。
午前の診察だったので、昼前には戻っていた。
14時ごろだろうか。
家でくつろぎながら、窓から見える強まる雪を見て、「まだあまり降っていないうちに帰ってこられてよかったね」なんて話していた。
庭にはもう少しずつ雪が積もり始めていた。
そのあとまた数時間経って、夕食の支度をしようとしたときのことだ。
ピンポーンとインターフォンがなる。
出てみると、先ほどの神奈中ハイヤーの方で「車内に忘れ物があったので届
けにきました」とおっしゃるのだ。
慌ててドアを開けると、運転手の方が雪まみれで立っていらっしゃった。
いつの間にか雪がかなり降り積もっていて、車は入れない状況だった。
家の前の急坂は、雪でいつもにもまして歩きづらかったと思うが、「大切なものでしょうから」と渡してくださった笑顔と声は今も覚えている。
忘れ物は処方された、毎日朝晩2か月飲み続けなくてはならない本当に大切な薬だった。
診察で異常なしだったと喜んでいて、大事な薬のことを忘れてしまっていたのだ。
娘と何度その話をし、感謝したことだろう。
その時から東京に引っ越すまでずっと神奈中ハイヤーを利用させていただいていた。
その方の名前もわからない今、しかも、30年も経ってしまった今、お礼の言いようもない。
お礼の言いようもないのだが、何か言葉にしなくてはなんだか気が済まず、この場に書いているのである。

私が一期一会という言葉を知ったのは中学生の時に教科書で見た川端康成「朝の光の中で」の一節だった。
あれから何十年と経って、さまざまな出来事を思い返すにつけても、そんな一生に一度きりの大切な出会いの積み重なりの上に私は生かされているのだと、実感するのだ。

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