時代に影響を与えてきたM-1復活期以降の王者たち。大会に新機軸を打ち出す、今回の優勝候補は誰だ

 今回で19回目の開催となるM-1グランプリ。これまでの大会の歴史をあえて2つに分けるとするならば、第1回大会が行われた2001年から2010年までの10大会と、復活した2015年から現在(2023年)までの9大会に大きく区分することができる。最初の10年をあえてその草創期(前期)とするならば、現在は復活期(後期)とでも言おうか。この先、大会がどれくらい続くのかはわからないが、現時点では草創期(10大会)と復活期(9大会)でほぼ半々の関係にある。

 M-1草創期と復活期。どちらもほぼ同じくらいの歴史を積み重ねてきたいま、その違いはとても比較しやすい状況にある。この2つの時代を境に変わったことは数多いが、最も顕著というか、わかりやすいのは大会のレベルだろう。筆者がM-1を初めて目にしたのは2005年大会からになるが、そんな草創期の決勝と近年の決勝をそれぞれ見比べれば、その違いはまさに一目瞭然になる。

 かつての決勝より、いまの決勝のほうが断然面白い。もう少し詳しく言えば、草創期にはファイナリストでもそれほど面白くないネタをするコンビが結構いた。本当に面白いネタはせいぜい優勝を争った3組(プラス1組)くらいで、ファイナリストの半分はパッとしないというか、見せ場もなく静かに終わってしまう感じだった。

 だが、ここ最近のM-1にそうした心配はもはや全くない。というより、ほぼ全組が面白い。ハマらないコンビは毎年1組いるかどうか。それも順番とか場のムードといった運不運によるものが大抵の場合で、明らかな力不足というものはほぼ見かけなくなっている。
 近年決勝で最下位になったコンビで言えば、ニューヨーク(2019年)、ランジャタイ(2021年)などが良い例だ。こう言ってはなんだが、両者とも草創期で下位に沈んだコンビの何倍も面白かったとは率直な感想になる。

 かつてに比べ圧倒的に面白くなったM-1。そしてもうひとつ、草創期との違いを挙げるとするならば、その王者の顔ぶれになる。

 中川家(2001年)、ますだおかだ(2002年)、フットボールアワー(2003年)、アンタッチャブル(2004年)、ブラックマヨネーズ(2005年)、チュートリアル(2006年)、サンドウィッチマン(2007年)、NON STYLE(2008年)、パンクブーブー(2009年)、笑い飯(2010年)。

 上記はいわゆる草創期時代の優勝コンビになるが、この内、初代王者の中川家から2006年王者のチュートリアルまでの6組をあえてひと言でいうならば、「有力候補だったコンビ」となる。いずれもM-1で優勝する前からすでに数々の賞を受賞していたり、あるいはテレビでそれなりに活躍していたりと、その優勝が以前から期待されていた、いわゆる本命のコンビばかりだった。「優勝しても不思議じゃない」。下馬評通りというか、その結果(優勝)にそこまでの驚きはないコンビ。あえて言えばそんな感じになる。

 もちろん優勝コンビ以外にも活躍したコンビ、M-1をきっかけにブレイクをはたしたコンビはたくさんいる。なかでも草創期のファイナリストで真っ先にその名前を挙げたくなるのは、初出場の2004年に準優勝をはたした南海キャンディーズだ。それまであまりお目に掛かれなかった独自性溢れるスタイルを武器に、ファイナリストになること計3回。ここ10数年の間に急増した男女コンビの走り、いわゆる先駆者的な存在だ。

 だが、優勝したコンビのなかで草創期に最もインパクトを与えたのは、2007年王者のサンドウィッチマンをおいて他にいない。早い話が、M-1の歴史を大きく変えたコンビになる。
 中川家(2001年)からチュートリアル(2006年)が王者となった最初の6大会までをいわゆる「順当勝ち」とするならば、サンドウィッチマンは競馬でいうところの大穴。それも大会史上初の敗者復活枠からの優勝という、劇的なストーリーのおまけ付きだった。

 大袈裟に言えば、M-1はこの2007年大会をきっかけにエンターテインメントとしてのレベルを大きく上げた。少なくとも僕はそう思っている。

 業界人やそれなりのお笑い好きは(M-1で優勝する)以前からサンドウィッチマンの存在及びその実力をすでに知っていたわけだが、少なくともその時は謎のコンビではないが、彼らはほぼ無名に近い芸人だった。吉本興業はおろか、松竹芸能や人力舎でもない。ほぼ個人事務所に近いような、誰も知らない事務所に所属する雑草系コンビの優勝にファンは酔いしれた。その光景は、当時まだ学生だった筆者の脳裏にも鮮明に刻まれている。

 翌年、2008年大会で活躍したオードリーも前年のサンドウィッチマンの流れを継ぐように、敗者復活戦から大会を掻き回すことに成功。優勝こそNON STYLEに譲ったが、準優勝という結果を引っ提げその後のお笑い界を見事駆け上がってみせた。

 NON STYLE(2008年)、パンクブーブー(2009年)、笑い飯(2010年)。サンドウィッチマンの優勝に比べると、この辺りの結果はどちらかと言えば順当勝ちというか、いま振り返ると常識的なものに見える。NON STYLE、パンクブーブーともに、決勝に進出する前からそれなりに優勝が期待されていたコンビだったと記憶する(ネタ番組で目にする機会も多かった)。笑い飯の場合は、9年連続9回目の決勝進出という、その偉業に対するご褒美的な優勝という感じだった。

 とまあ、ここまで草創期時代の王者たちについて長々と述べてきたが、何が言いたいのかといえば、全体的に下馬評通りというか、世間がアッと驚くような番狂わせが少ないということだ。その唯一の例外はサンドウィッチマン。「売れてなくても優勝できる」をM-1で最初に証明したコンビ。その後の大会の影響を考えると、現在の彼らの活躍に思わず納得する。

 では、復活期以降の王者はどうなのか。何を隠そう、今回の本題はここになる。草創期時代と比べてどう違うのか。大会が復活した2015年から昨年までの優勝コンビは以下の通りだ。

 トレンディエンジェル(2015年)、銀シャリ(2016年)、とろサーモン(2017年)、霜降り明星(2018年)、ミルクボーイ(2019年)、マヂカルラブリー(2020年)、錦鯉(2021年)、ウエストランド(2022年)。

 この復活期のM-1をあえて時代分けするならば、とろサーモンが優勝した2017年までと、霜降り明星が優勝した2018年以降。筆者ならこのように分類する。ひと言でいうならば、大会並びにお笑い界に及ぼした影響力の大きさの違いになる。

 トレンディエンジェル、銀シャリ、とろサーモン。M-1が復活してから最初3年の王者は、あえてざっくりと言うならば、実力者がそのまま優勝したパターンだった。
 トレンディエンジェルは敗者復活枠からの優勝だったが、前年に行われたTHE MANZAI 2014では準優勝をはたすなど、そのキャラクターも含め、すでに知名度の高い人気コンビだった。2人ともが薄毛という、そのビジュアルはたしかに他のコンビにはない強力な武器ではあったが、なにか時代を大きく変えたという感じはあまりしなかった。愛されキャラが人気を活かして観客を味方につけたという感じだった。
 銀シャリの場合はいわゆる本命が下馬評通り普通に優勝したという印象だ。ネタのスタイルも王道中の王道。前年の準優勝コンビがその翌年に優勝を果たすという、大方の予想通りというか、絵に描いたようなありきたりな展開だった。
 とろサーモンは決勝戦こそ初出場だったが、それまでに準決勝へ進出すること9回、加えて関西では多くの賞を受賞するなど、すでにその実績及び実力は一級品の超有名コンビだった。ブレイクし切れなかった実力派の苦労人がここでようやく報われた。ひと言でいえばそんな感じの優勝になる。

 上記の3組の優勝は、いま振り返ってみるとどれも常識的というか「普通」に見える。その理由はわかりやすい。それ以降に誕生した王者が、あまりにも非常識的だったからだ。草創期の頃には想像もつかなかったコンビの優勝が最近では続いている。そうした近年の王者たちがM-1はもちろん、お笑い界全体に大きな影響を与えていることは言わずもがな、だ。

 「若くても優勝できる」(霜降り明星)、「全くの無名でも優勝できる」(ミルクボーイ)、「面白ければどんなネタでも優勝できる」(マヂカルラブリー)、「おじさんでも優勝できる」(錦鯉)、「毒舌でも優勝できる」(ウエストランド)。

 直近5大会の王者たちは、ただ単に優勝しただけではない。そのいずれもがその後の大会、さらにはお笑い界に多少なりとも影響を与えたコンビばかりになる。さらにこの5組に共通して言えるのが、決勝前の下馬評(順位予想)ではいずれも4番手以下(10組中)に挙げられていたことだ。優勝人気トップ3に挙げられていたコンビは、こちらが覚えている限り1組もいない。霜降り明星、ミルクボーイ、マヂカルラブリー、錦鯉、ウエストランド。そのいずれもが言ってみれば番狂わせ。世の中を驚かせた優勝だったわけだ。

 ここ5年くらいは少なくとも本命ではない意外な王者が立て続けに誕生している。しかも、その後の大会に影響を与えるような新機軸を携えて、だ。これこそが筆者が今回の優勝コンビを予想するには外せない、考慮したい重要なポイントになる。今回この条件に当てはまりそうなのはファイナリストはどのコンビなのか。

 1番人気 さや香
 2番人気 令和ロマン
 3番人気 真空ジェシカ
 4番人気 モグライダー
 5番人気 カベポスター
 6番人気 敗者復活
 7番人気 マユリカ
 8番人気 ヤーレンズ
 9番人気 ダンビラムーチョ
 10番人気 くらげ

 いまこの文章を書いている時点での公式サイトの人気ランキングは上記のような並びなっている。さや香、令和ロマン、真空ジェシカ。先述した筆者の条件に従えば、この人気上位の3組は今回思い切って予想から外すことにする。ではその他のファイナリストのうち、優勝する力がありそうで、なおかつまた新たな新機軸を打ち出す可能性を秘めているのはどのコンビか。

 モグライダー。ここ数年の傾向や流れを踏まえれば、少なくとも僕の予想はこうなる。パッと見た感じ、ファイナリストのなかではいま現在最も売れているコンビだと思うのだが、その割にその評価はこちらが予想したほど高くない。1,2番人気でもおかしくないとは率直な意見だが、4番人気というその立ち位置は個人的には光って見える。少なくともさや香よりやすやすいのは間違いない。
 そしてもうひとつの重要なポイントは、彼らの優勝によってもたらされそうなその新機軸だ。アドリブ漫才。ひと言でいえばこれになる。ギャンブル漫才と言い換えてもいい。常に100点のネタを披露する安定感が売りの漫才師とはまさに正反対。モグライダーのネタはやっている本人たちですらどっちに転ぶかわからない、その“未完成”を最大の武器にする。運が悪ければ80点に終わる可能性もあるが、うまくハマれば120点が出る場合もある。ともしげと芝大輔。この2人でなければできないネタだと言ってもいい。それともこの2人だからこそできるネタだと言うべきか。なにはともあれ非常識。個人的には今回最も優勝の可能性が高いコンビだと思っている。

 その他のファイナリストで気になるコンビをあえて挙げるとするならば、ヤーレンズ、ダンビラムーチョ、くらげ。世間からは下位候補だと見られているが、その分なんというか、不気味な存在に見えてくる。いずれもそう簡単に終わりそうなコンビには見えてこない(今回全ファイナリストに言えることだが)。その人気の低さが逆に優位に働きそうな匂いがする。今回のダークホース候補とはこちらの見立てだ。

 そして最後にもう1組、注目はやはり敗者復活組だろう。近年その成績は振るわないが、審査ルールが刷新された今回はその流れが大きく変わりそうな気がしてならない。久しぶりに知名度の低い無名のコンビが選ばれそうな予感が少なからずある。誰が選ばれるのか。そして優勝争いに絡むことができるのか。その顔ぶれ次第では可能性はあると考える。

 本命モグライダー。対抗ヤーレンズ、ダンビラムーチョ、くらげ。大穴敗者復活組。筆者の優勝予想は今回このようになるが、はたして結果やいかに。

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