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烈空の人魚姫 第2章 嵐の日のポラリス号 ①満堂君の秘密基地

数年後。
府立泡津高校の1年3組の6限目の授業が終了する頃。


満堂洋夢(まんどうひろむ)は高校の授業が終わると同時に目が覚めた。
すっかり居眠っていたようで6限目の授業内容は全く覚えていない。
先生は起こしてくれなかったのだろうか?あるいはもう起こすことは早くも諦めているのか。
長い間寝ていたせいか、前髪に出来た寝癖が顔を上げたと同時にぴょこっと跳ねるのを洋夢は感じた。
ただでさえ寝癖がひどい洋夢のぼさぼさナチュラルヘアはより一層自由奔放に暴れていた。
洋夢はふあああとあくびをして思いっきり伸びをする。
その拍子に後ろの席の荷物に手がこつっと当たる。

うわ、ごめん。

そう言って振り返ると机に不思議な機械が置かれていた。

「これって、ロボット?」

洋夢は後ろの席の水凪カケル(みずなぎかける)に尋ねた。
水中ロボットだとカケルは答える。海の中を潜るのだそう。

「会いたい人がいるんだ」

カケルは言った。
さらっとした長い前髪で目の辺りが影になっているせいか、カケルの表情はわかりにくい印象だったが、よく見ると伏し目がちに笑みを浮かべているようだった。
カケルはどうもシャイな性格らしい、と洋夢は思った。

ミステリアスな男、というイメージが洋夢のカケルに対しての印象だ。
高校生活が始まってまだ数ヶ月。後ろの席の人間がどんなやつなのか、洋夢はしっかり把握していない。
それどころか休み時間になれば様々なクラスの人間が教室内に入ってくることもあり、周りにいる人物がクラスメイトかどうかすらわからない有様であった。
どこに居ても河川敷で雲を眺めながら過ごすかの如くのんびり時間が流れてしまうマイペースさが洋夢のいいところなような悪いところのような・・・。

カケルはぎゅっと大きなバッグにその水中ロボットを詰め込むと、帰る支度をしていた。

「俺もその水中ロボット気になるかも」

ふと洋夢は言った。
水中ロボットというよりもカケルのやっていることが気になるというのが正解だとは思う。
カケルは一瞬驚いたように目を見開くと、小さい声で「うん、いいよ」と独り言のように呟いた。
また微かに笑っているようで、洋夢はなんとなく安心した。


6限後のクラスは部活に出かける生徒と帰宅部の生徒らががやがやと教室から出ていく音に包まれていた。
今のところクラスの中心的人物、上田時雨(うえだしぐれ)は仲間と共に部活に出かけていくところだった。
カケルはなぜか上田時雨の方を見て睨んでいるように見えた。
サッカー部の人気者は嫌いなのかもしれない。

ねえねえ上田君に話しかけてもいいと思う??さっき目が合ったから脈ありかもしれないわ

上田が出ていくと、クラスの女子の一人、式阿弥(しきあみ)さんが隣の女子の日高さんに興奮した声で話しかけた。
彼女がぴょんぴょんと飛び跳ねるたびに緩やかなウェーブがかった髪が肩にかからないあたりで揺れる。
日高さんはうーんと首を傾げている。
興奮気味の式阿弥さんに肩を揺らされたせいで、日高さんの肩にかかった黒髪が左右に激しく揺れた。ずれた眼鏡の位置を直しつつ日高さんは言った。
『2組の北川さんとさっき仲良さそうに喋ってたよ』
嘘!式阿弥さんは「がーん」と聞こえてきそうな表情をしてその場にうずくまった。
カケルは上田らの一団が教室を出て行ったのを見計らってノート類が入ったリュックを背負うと、式阿弥さんと日高さんのやりとりを興味なさそうに素通りしながら、教室を出て行った。

それにしても、一体誰に会いたいんだろうな。
洋夢はぼんやりそんなことを思った。
教室を出ると廊下の窓ががたがた音を立てていた。

嵐が来る。
洋夢は直感した。


帰り道、海岸沿いを自転車で走りながら、洋夢は急いである場所に向かった。
泡津港近くの森へ。

森のある場所は少し高台になっている。
この場所から泡津港や泡津湾も見渡せるようになっていた。
授業が終わったらこの場所に行くのが洋夢の日課。しかしこんな嵐の日まで行く必要はなかったのだが。
・・・実はある子と約束をしていたためだった。

森の中に入るとあたり一面の木々の隙間から緩やかな坂道がのぞいている。
木の枝葉がアーチの形になっていてトンネルみたいに見えた。
身長はクラスでは高い方だが猫背気味の洋夢はさらに体を丸めながら木の太い幹のアーチを潜っていく。
木のトンネルを抜けた向こうには一本の巨大な木があった。
多くの木はその巨大樹を遠巻きに取り囲むように生えていて、神聖な空気感が漂っている。
しかし洋夢はその木の上にこっそり隠れ家を作っていた。
ロープと板で固定して座るスペースと屋根を作り、そこにちょこんと机がわりに裏返しにされたダンボール箱がセッティングされているだけのものだったが、洋夢にとっては秘密基地みたいなものだった。


『満堂さん、今日もお疲れ様です』
秘密基地に置かれたダンボール箱の机の横からひょっこりと小さな黄金色の毛並みのりすが顔を出した。
尻尾はふわふわ。

りすのリス子ちゃんは満堂君の秘密基地内で美味しいきのみ茶を用意して待っていた。

『リス子ちゃん、ただいま』

洋夢はほぼ授業は寝ていただけだったが、何だか戦いを終えた勇者みたいな気分で秘密基地に入っていく。
洋夢はリス子ちゃんとはこの秘密基地を作った時に出会ったのだ。それ以来洋夢がここへ来ると必ずリス子ちゃんもやってくる。
何の約束もしていないが、何となく学校帰りにふらっと立ち寄って会えるこの時間が洋夢は大好きだった。


ここは泡津湾が見渡せる絶好のビューポイントだ。
泡津港にはいつも何隻かの漁船が停泊していて、魚市場も見えている。
のどかで牧歌的な空気感でのんびり出来るいい場所なのだが、今日は嵐のせいか真っ黒な雲が上空を渦巻いて、泡津湾の波は強風で勢いを増していた。

そこへ沖の方から何か黒い影がやってくるのが見えた。
リス子ちゃんは細い枝の先まで急いで走っていくと遠くまで見えるように最大限身を乗り出した。

『見てください、満堂さん。港に大きな船がやってきてますよ』

なるほど、確かに。
洋夢の視力でもはっきりと見えるくらいに港に近づいてきたのは見たこともないくらい大きな巨大船だった。
この泡津港にやってくる船は漁船や貨物船、遊漁船が多い。泡津海洋センターの調査船も停泊するが、こんなにも大きな船がやってくるのは本当に珍しい。

洋夢は子供の頃に見た深海図鑑を思い出した。
その中に載っていた船に似ているように思えた。

もしかして深海調査の研究船かな

クレーンのようなものがいくつか乗っている。重たい調査用のマシンを移動できるようにするためのものかもしれない。
船首には星のような装飾が施されているようだ。

『本当に大きいですね・・・研究船だとしたらこの海の・・・深海に何かあるんでしょうか』

リス子ちゃんはまるで名探偵のように、小さな手を口元に持って考えるポーズを取った。洋夢もつられて同じポーズを取ってしまう。
正直、この泡津湾や泡津沖の深海底のことはさっぱり分からなかった。

洋夢は一瞬、後ろの席のカケルのことが頭に浮かんだ。
カケルなら知ってるだろうか?海に潜る水中ロボットで誰かに会いたいとか行ってたし。
放課後に浜辺に出かけて持っていたあの水中ロボットを海に投入して何かを調べているカケルの姿を洋夢は何度か目撃している。
それにしてもカケルといいこの研究船といい、海の何を調べているのか洋夢は不思議に思った。
洋夢にとって海はただぼんやり眺めるために存在していたから余計に疑問だったのである。

『この海に一体何があるっていうんだろう』

ゆっくりと海の世界に興味が湧いている自分に洋夢は気づき始めていた。

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