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烈空の人魚姫 第1章 フレイム1号の帰還 ③真夜中の人魚姫

カケルの住む天空橋付近のマンションは天空海岸からそう遠くない距離に位置している。
とぼとぼと部屋の中に入っていくカケルをお母さんは心配そうに見た。
水中ロボットをダイオウイカに取られてびしょ濡れになって戻ってきたからだ。


カケルの好きなオムライスが夕飯には用意されていたけれど、カケル自体は食べる元気がなかった。
いつもなら机の上にいるはずのフレイム1号がいないことがカケルの心を深く海の底まで沈み込むくらいに落ち込ませていた。
ノートパソコンを開けて机に置きっぱなしにしたまま、カケルは横になっていつの間にか寝てしまった。


その夜。


カケルはトイレに行こうとむくっと布団から出るとのそのそと部屋を出た。
そして再び仄暗い部屋に戻ると、またベッドに潜る。


・・・・・ん・・・?


うっすらと青白い光が部屋の中を照らしていることに気付いて布団から思わず顔を出した。
寝ぼけ眼で目を凝らした。


机に置いていたパソコンのモニター画面がついたままになっているようだった。

「なんだ、びっくりした。電源が付いてただけか」

カケルは起き上がるとパソコンの電源を切ろうと机に向かった。



ごぽ・・・


海中から湧き上がる泡の音がする。
青白いモニターからだ。
カケルは首を傾げながら画面を見つめた。


『あなたは、だれ・・・?』


ふいに声がした。
カケルはびくっと体が固まる。
この部屋には自分しかいない。今の声は一体・・・。


青白い画面からカンラン石のような鮮やかな緑色の波が横切る。
続いていきなり画面いっぱいに広がる真っ赤なルビーと思われる宝石・・・

『まるで、沸騰した銀河みたいな情熱的な目だわ・・・』

また声が響く。

だれ・・・??

カケルは声にならない声をあげる。


『もしかしてこの子の持ち主・・・カケル?』

カケルの声に反応するように声の主が尋ねた。

次の瞬間、緑色の波だと思ったものは髪で、宝石だと思ったのは目だということに気付いた。
緑色の髪の下から現れた画面と同じ青白い肌の・・・女の子?


『ボク、フレイム1号。カケルノトモダチ』

画面から機械の音声がたどたどしく聞こえてくる。
この声は・・・・水中で助けにきたフレイム1号の声・・・?

「フレイム1号!そこにいるのか」

カケルは画面に向かって叫んだ。
フレイム1号が生きてる!

『安心してください。カケル殿。フレイム1号殿は無事ですぞ。リベルクロス研究開発部門の力にてすっかり元どおり』

赤い生き物がパソコンの画面内に顔を出した。
海の図鑑で見たことのある生き物。ひらひらした放射状の足ににょっきり耳みたいなヒレが2つ付いている。

「メンダコが・・・喋ってる・・・?」

メンダコが喋るなんてありえないけど、ルックスからしてメンダコだろう。
ということは、この映像は・・・深海の海底・・・?
まさか、これはフレイム1号に搭載していたカメラの映像なのか?
カケルはありえないという風に首を振った。
まだ寝ぼけているのかもしれないと思ったのだ。

『ちょっと、ジョニーどいて。』

ジョニーと呼ばれたメンダコを払い除けて女の子が画面いっぱいにカケルを覗き込んだ。
同じ年・・・小学生くらいの年に見えるその女の子のルビー色の両眼が眩く輝いて、カケルは思わず心臓が止まったかのように固まってしまった。

「・・・ダイオウイカ先生が連れ去ったんだ・・・今そこにいるの?」

喋る言葉が出て来ない。
カケルは夢の中で喋っているかのように思いついたまま言った。
多分、これは夢の中なんだろう。
ダイオウイカも喋っていたし、メンダコも喋る。
もしかして、フレイム1号がさらわれたあたりから夢を見ているのかもしれない。

『安心して、カケル。ダイオウイカ先生はちょっとめちゃめちゃなところあるけど、悪いダイオウイカじゃないの。多分泳いでる最中にこのフレイム1号がダイオウイカ先生のすきを見て逃げ出したんだと思う。そしてここリベルクロスにたどり着いた・・・』

りべるくろすってなんだろう。

『深海の街。私とジョニーや館長たちと一緒に作ったの。』

そういうと深海の女の子は照れたように緑に輝く髪の毛を触る。

『よかったら遊びに来て。フレイム1号はちゃんとあなたの元に送り届けるから。今度はこの子と一緒に。私の泡の力は深海の水圧を無効化できるの。フレイム1号にこの泡の魔法を閉じ込めておいたから。これでどんな圧力がかかっても大丈夫。』

そういうと女の子の背中から勢いよく無数の泡が吹き出した。
泡は画面全体に広がって、ちょうど羽のような形になった。

「君は一体・・・」

画面の中でカンラン石色のウェーブ髪がふわりと揺れると、シェルピンク色の魚のヒレが見えた。

カケルは目を見開いた。

いやこれでもう間違いなく夢の中なのだと悟った。


画面に映っているのは、無数の泡で出来た羽を纏った・・・人魚だった。

『私、バブル。リベルクロスの人魚・・・』

どうやって深海に自分も行けるのか見当もつかなかったが、これはもう夢。
なんだっていいさ。
これは夢なんだと思うといつもなら絶対言わないであろうセリフも言って見たくなってくる。
カケルは怖がりな自分を脱ぎ捨てて、まるでヒーローにでもなったような気分になってきた。


「行くよ。行ってみたい。君にも・・・バブル、にも会ってお礼を言いたいし、リベルクロスがどんな感じなのか見てみたい」

カケルは言った後耳が真っ赤になるのを感じた。
熱の感触がなんとなくリアル。
夢とは言え普段は女の子の名前は苗字でしか呼んだことがないからなんだか恥ずかしい。

『楽しみ。絶対、約束だよ。リベルクロスで待ってるから』

バブルは目を輝かせた。

(うん、絶対ーーー)

カケルは恥ずかしくてこれ以上言えなかった。

『あっ、来なかったら私がこの泡の羽で飛んで行っちゃうかもしれないよ。』

バブルは画面から覗き込むようにカケルを見つめた。

『人間になる薬を売ってくれる魔女を探しにいくのもいいかもしれませんな』

メンダコのジョニーも画面いっぱいに詰め寄る。

『ちょっと、ジョニー。あれ最近は良くないから買っちゃいけないって注意喚起されてるのよ、人魚界隈じゃ』





ーーー記憶はここまでだった。

カケルが目を覚ますとカーテンの隙間から白い日差しが差し込んでいた。
小鳥のさえずりも聞こえる。
どうやら机にうつ伏せになって寝ていたようであった。

パソコンの画面は電源が切れたのか真っ暗になっていた。
カケルはパソコンを充電器に繋げた。
パソコンを立ち上げても、画面は海底の映像ではなく海洋研究所の無人探査機のデスクトップのスクリーンが現れた。


夜中に見た夢の内容を奇妙なくらいリアルに覚えている。
大概夢の内容はおぼろげにしか覚えていないのに、映像から話していた内容まで鮮明にはっきりと思い出せた。

カケルは思い立ったように椅子から立ち上がると、Tシャツとジーンズに着替えた。

部屋から出るとお母さんがキッチンから顔を出した。真剣な顔をしている。
『カケル、おはよう。実はママ昨日ダイオウイカ先生宛に抗議文を書いたの。これを瓶に入れて深海に送ってみるのはどうかしら』
「ありがと。でも多分大丈夫かもしれない」
不思議そうなお母さんの顔に見送られながらカケルは天空海岸に向かった。


天空海岸に立ち込める霧をくぐるように前に進む。
朝の霧がかった天空海岸は本当にどこか未知の世界に繋がっていそうだった。


胸の鼓動が速くなる。

砂浜の波打ち際が見えてきた。
カケルは自転車で全速力で走ってきたからくたくただったが、目の前の光景に一気に疲れは吹き飛んだ。

「おかえり・・・!フレイム1号!」
目の前の視界が歪む。夢じゃ、なかったんだ。

波に運ばれるかのように、フレイム1号は砂浜に打ち上げられていた。
ちかちかと左右の照明ランプが赤く点滅して、カケルを呼んでいるように見えた。
カケルは駆け寄るとフレイム1号を抱きしめた。
両腕のマニュピレータがウィィンと作動しカケルを抱きしめ返す仕草をした。

〝カケル、タダイマ。ボウケン、カンリョウ〟

という声が聞こえたような気がした。

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