烈空の人魚姫 第2章 嵐の日のポラリス号 ③泡津海洋センターの博士たちのささやき
泡津港は夜の闇と無数の雨粒が混ざり合って船の明かりもおぼろげに見えた。
黄色のレインコートを被ったカケルは自転車から降りると巨大船に近づいた。
白と赤の鮮やかな船体。
近くで見るとポラリス号は視界の悪い雨天の中でもこれでもかというほど存在感を示していた。
青色のレインコートを着た満堂君がのんびりと手を振った。
『やっぱり来たね。ポラリス号とか珍しいもんね』
満堂君は笑った。
カケルは頷く。
(水中ロボットに興味があるから船にも興味あるだろうと思って誘ってくれたんだ)
カケルは嬉しくなった。
『カケル君、見て。船のデッキのところに瞑想してる人がいるよ』
満堂君がそう言って指を差した。
「こんな荒天の中デッキに出て瞑想って・・・」
カケルはそう言いながら満堂君が指差した方を見た。
確かに、いた。
大雨の中ずぶ濡れになりながら、白衣の人物が両手を広げて精神統一らしきことをしている。
肩くらいまでの長めの髪は雨で濡れ、両眼は瞑ったまま雨に打たれるがままの状態を受け入れていた。
『藍澤、何やってるんだ。手伝ってくれ』
別の船の乗員が声をかけた。
カケルははっと白衣の人物を凝視した。
今、藍澤って言った?藍澤ってまさか。
藍澤と呼ばれた白衣の人物は慌てて船内に戻っていった。
「・・・満堂君。藍澤博士がいるみたい」
カケルは胸が高なった。
あれは間違いない。水中ロボット動画の藍澤博士だ。まさかポラリス号に乗ってるなんて。
『藍澤博士って?』
満堂君が不思議そうに言った。
藍澤博士は光須賀市海洋開発センターの博士で最先端の水中ロボット研究をしている研究者だ。
カケルのフレイム1号の【水中ロボットキット】やカケルがよく見ている動画の【水中ロボット講座】も手掛けている。
カケルはずっと藍澤博士に憧れていた。
藍澤博士のようにいつか自分もすごい水中ロボットが作りたいと思った。
熱を帯びた饒舌な口調で藍澤博士の説明をするカケル。
自分がこんなにおしゃべりだなんてカケルは不思議だった。
それに深海の街リベルクロスやダイオウイカ先生、深海の人魚姫バブルのこと。一気に満堂君に話しているカケルがいた。
満堂君はカケルの話をうんうんと頷きながら聞いてくれる。カケルはこの嵐の中でもいくらでも話していられそうだった。
『じゃあさ、その藍澤博士にリベルクロスに行く手がかりを聞くってのはどう?今チャンスじゃん』
満堂君はのんびりと言った。
藍澤博士はきっと最先端の研究をしに来ているに違いない。しかもこの嵐の状況・・・おいそれと話しかけていいのだろうか?
カケルは不安がよぎった。
しかしカケルが躊躇している間にもポラリス号から降りた研究者たちの一団はぞろぞろと港に出迎えに来ていた数台の送迎車に乗り込んでいく。
『どこにいくんだろ。この嵐だから今日はホテルにでも泊まるのかな』
満堂君はあくびをしながら呟いた。
(研究用の機材も運んでいる・・・?)
カケルはふと研究者たちの荷物の多さを見て、今日の嵐はポラリス号の航海にとってイレギュラーだったに違いないと直感した。
本当だったら船の中で過ごしていたはずだが、急にやってきた嵐で念のために付近で宿を取ることにしたのだろう。
そして重要な機材や荷物は先に最寄りの海洋センターに先に置くつもりじゃないだろうか。
カケルは頭の中でぐるぐる推理した。
バブルに会うためにはフレイム1号の動作性を向上させないといけないだろう。
闇雲に泡津の海を潜ってみたところでいつまで経ってもバブルの待つリベルクロスにはたどり着けないような気がした。
藍澤博士の力がなんとしても必要だ。
「満堂君、先回りして泡津海洋センターに行こう。彼らは一度センターに行って荷物を置いて来るつもりだと思う」
カケルは覚悟を決めたように言った。
『泡津海洋センター潜入調査かあ。藍澤博士と話せるといいねえ』
満堂君は口を猫みたいな形にしてのほほんと笑った。
ぐにゃりと囲うようなリアス式海岸になっている泡津湾の北側に泡津海洋センターは位置している。
カケルたちは最短コースで自転車を漕いで泡津海洋センターまでたどり着いていた。時間は18:30 過ぎ。
高校生がうろうろしているのもおかしいだろう。さて、どうしようか。
『カケル君、これからどうするの?』
「満堂君、ちょっとセンターの受付に行ってみよう」
カケルは言った。
泡津海洋センターの館内の1階は広々としたエントランスが出入口から見えている。
エントランスの左手前にある受付、それから右奥には各部屋に繋がる廊下がエントランスの明かりが届かない暗がりの中にひっそり覗いていた。
『もう18時半だし、中には入れてもらえないんじゃないかな』
そう言って満堂君は残念そうに腕時計を見た。
カケルはにやりと笑う。絶対にこのチャンスは逃せない。
カケルは泡津海洋センターの入り口へ歩いて行く。
泡津海洋センターの受付の女性は高校生2人がとぼとぼとやってきて不思議そうな顔をした。
『どうされたんですか』
受付の女性は心配そうに言った。
「すみません、トイレを借りたくて。ダメでしょうか」
カケルは言う。満堂君は俯いた。女性はなんだそう言うことかと安堵の表情になった。
『お手洗いでしたら真っ直ぐ歩いて突き当たりを右に行ったところですよ』
ありがとうございます、とカケルも安堵する。
俯いたままの満堂君を連れてカケルはひとまずエントランス右奥を曲がり、廊下にあるトイレまで移動した。
「ひとまず、第一段階はクリアだね」
カケルはどきどきしながら言った。
『うわあ、緊張した。絶対止められると思ったのに、本当に潜入しちゃったよ。後から怒られそう・・・。ああ、透明人間だったらよかったのになあ』
今更ながら怖気付き始めた満堂君は白目になって透明人間のふりをしようとしていた。
「満堂君、いきなり驚いて叫んだりしないでね」
『しないよ。多分・・・ってカケル君!!前!!』
センターのエントランスから右奥の廊下を曲がろうとする複数の影が近づいて来る。カケルは満堂君が大きな声を出すので口を抑えそうになった。
静かだった館内とは打って変わってざわめき始めている。
どうやらそうこうしているうちにポラリス号の研究者たちも到着していたようだ。このままでは鉢合わせてしまう!
カケルは慌てて辺りを見渡すと、トイレ前の部屋に視線が行く。
必死にその部屋のドアノブを回した。
真っ暗な部屋の中に入ったカケルと満堂君は、ドア越しに耳をピタリとつけて聞き耳を立てた。
(やばい、心臓の音がばくばくする・・・)
足音が聞こえて来る。
『いやー、それにしてもこの嵐はまいったね。明日は調査できるかな』
ポラリス号の光須賀市海洋研究開発センターの研究員たちがカケルの推察通り重要機材を置きにきたようだ。
『しかし、本当にこの泡津湾にあるんですかね。【海底ワープゾーン】ってやつ』
別の研究員がささやき声で言った。
(海底ワープゾーン・・・??)
カケルは首を傾げた。
『もし本当にあったら・・・大発見ですね。海底と海底同士を地球の内部で繋ぐワームホール。海底から最短距離で距離が離れた別の海底に出ることができるなんてね』
研究者たちはそれぞれ囁き合いながら奥の会議室の方向に消えていった。
カケルはほっと胸を撫で下ろした。
『カケル君、聞いた?海底ワープゾーンって・・・』
カケルは頷いた。
海底ワープゾーン。研究者たちはそれをこの泡津湾に探しにきたのだ。
そんなものがこの泡津湾にあるなんて、カケルは信じられなかった。
その時だった。
『すみません、ちょっとこの部屋に置かせてもらいます。重要な装置なんで』
藍澤博士の声だ。
どきりと緊張が再び高まる。
どうやらこの部屋に入ってこようとしているようだ。
『カケル君、やばいよ。入って来るんじゃない?』
満堂君がうろたえた。
カケルは部屋の暗がりを隅々まで目を凝らした。
がちゃり、とドアノブが回った。
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あらすじと登場人物
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