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烈空の人魚姫 第3章 海底ワープゾーン ①深海ミステリー研究部

放課後の教室の賑わいが引き始めた頃。
6限目の授業が終わっても、カケルはまだ帰る準備をしないまま机に頬杖をついてぼんやり考えて込んでいた。

(暗い海の底、深海の街を破壊したバブルの夢。あれは何だったんだろう。ひとまず藍澤博士からもらったアプリを発動して、満堂君と協力して泡津湾でフレイム1号で同期シンクロテストしてみようか・・・)

『何一人で考え込んでるんですか?』

おわっと思わず叫びそうになった。目の前に同じクラスの日高さんがいて、首を傾げてカケルの顔を覗き込んでいる。
誰もいないと思っていた教室に人がいた驚きで、カケルは思わず椅子ごと後退りをしていた。

「なんでも・・・」

カケルは一言呟いて伏し目がちの表情を取る。日高さんは手に何か持っている。ポスターだろうか。

『水凪さん、面白いことしてるそうじゃないですか。深海に水中ロボットを入れて探査してるって』

日高さんは目を輝かせた。カケルはギョッとする。何でそんな情報を知ってるんだろう。

『何で知ってるのか、ですよね。大地さんです。同じ生徒会に入ってるもんで、情報が入ってくるんです。大地さんは大地さんのお母さん経由で水凪さんのお母さんから聞いたそうで』

大地!あいつか。カケルは心の中で舌打ちした。というかお母さんが喋ってるのか・・・

(日高さんも生徒会に入ってて大地と関わりがあったなんて今初めて知った・・・というか、日高さんって大人しくてクールなイメージだったけど、こんなに饒舌だったっけ。何気に大地のことだけ大地さんって名前呼びなんだな。)

カケルは大地が自分よりも先に進んでいるように思えてうんざりした気持ちになった。

『水凪さん、これを見て下さい!これを見たら水凪さんも入りたくなります!』

日高さんは眼鏡をきらりと光らせると、手元に持っていたポスターを両手で広げた。

《深海ミステリー研究部  未知の深海の謎を一緒に調べよう!まずは手始めに地元の海から⭐︎

くっきりと綺麗に印刷された文字がでかでかとカケルの目の前に広がる。

「もしかして、僕に入れと・・・?」

『はい、是非に!!!今部員を募集しているんです。規定の人数が揃い次第学校側にも正式に申請するつもりなんですが・・・』

「えーと、日高さんって深海好きだったんだね・・・」

何と答えればいいか分からず適当にカケルは答えた。

『身近にある海の謎に興味がありまして。身近にあるものほど謎に包まれているものはないと思うんです。この泡津湾にはもしかしたらとんでもない不思議が隠されているかもしれない・・・』

日高さんは目を細めて口元に手を持っていくと探偵みたいな仕草をした。
カケルはぎくっとする。

『よくリュウグウノツカイやダイオウイカがこの海に流れてくるじゃないですか。それを見ると、遠くに感じていた深海が身近になった気がしてわくわくします』

海底ワープゾーンのことを知ってるのかとカケルは驚いたが、そうではなかったらしい。確かに泡津湾やこの近海にはリュウグウノツカイやダイオウイカが流れ着くことがある。
この辺りは比較的浅い海域なのに、もっと深い薄光層にいる深海生物がやってくるのは確かに不思議だ。
カケルは子供の頃に出会ったダイオウイカ先生のことを思い出した。いや、ダイオウイカ先生は普通のダイオウイカじゃない。例外か。

(それでフレイム1号で海洋探査している僕をその部活に引き入れようとしているのか)

ふんわりウェーブヘアで上田時雨うえだしぐれに惚れているあの式阿弥しきあみさんと日高さんは友達のはずだが、一緒じゃないってことはどうも式阿弥さんはこの部に入る気はないらしい。

『式阿弥ちゃんはバイトがあるから入ってくれなくて。水凪さんが入ってくれると大変ありがたいんです。』

とほほ、という表情をしながら日高さんは言った。でも深海ミステリー研究部って何なんだろう。何か成果を発表するとかならめんどくさいかもしれない。
海底ワープゾーンのことを日高さんに話したらさらに目を輝かせそうだな、と思ったものの、あいにくカケルはあの暗闇にいたバブルのことが気がかりで、日高さんの提案をまともに聞いていられる心境にはなかった。日高さんの考えている泡津湾海底調査に協力して成果を発表している時間もない。
心の中でごめんよ日高さん、と呟く。

「ちょっとその話後にしてくれる?」

カケルは一言呟くので精一杯だった。明日は土曜だし今日は同期シンクロテストして明日本番に挑む。早く浜に行ってフレイム1号を海に投入して・・・
カケルはフレイム1号が入った大きめのリュックを机の上に置いて帰る準備をし始めた。
日高さんはカケルの神妙な表情を真剣に検討するという意味に受け取ったらしい。

『考えておいてくれるわけですね。オーケーです。満堂さんにも声をかけようと思ってるんですが、満堂さんってもう帰ったんでしょうか?』


満堂君!そうだ、満堂君を連れて行かなきゃ。
カケルは今ようやく不可欠な存在を思い出した。このフレイム1号同期シンクロテストにはパソコンのモニター画面で案内ナビゲートする存在が必要だ。

しかし満堂君は教室のどこを見渡しても見当たらなかった。
カケルはしまったと肩を落とした。満堂君はふらふら神出鬼没なところが前からある。今日はもう森にいるリス子ちゃんに会いに行ってしまったのかもしれない。
日高さんは探しに行きますというと先に教室を出てしまった。
今から森に行って満堂君を探しに行ったとしても、今日はもう時間切れか・・・



夕日が差し込む廊下を歩いていると、先に満堂君を探しに行ったはずの日高さんが戻ってきた。

『あっ、カケルさん。満堂さんらしき人物を発見しました。こっちです』

らしき人物って何だよ・・・未確認生命体を発見したような言い草で日高さんはカケルを手招きした。



職員室の前の廊下に確かにいた。

夕焼けに染まった大きな木の着ぐるみ・・・を着た満堂君が。

「・・・何してるの、満堂君・・・」

というか誰にそれを着用させられているんだろう。
満堂君はぽってりした緑色の葉っぱをたくさん茂らせた太い幹を持つ一本の木に扮している。どう考えても自らの意志ではないだろう。
満堂君はバツが悪そうな顔をしながら茶色い木の着ぐるみの枝をパタパタさせ手を振って見せた。

『あー、ちょっと、演劇部の人に頼まれちゃって。これから木になりに行かないといけなくなっちゃったんだ』

何だ、それ・・・カケルは日高さんと顔を見合わせた。
ポニーテールをたなびかせて、演劇部の部長、3年の磯貝いそがい先輩が職員室から勢いよく出てきた。

『悪いが、満堂は貸してもらうよ。我らが演劇部には満堂のような逸材が必要なんだ。ただ立っているだけで自然と同化できるような存在がね!』

磯貝先輩はどうやら演劇部の宣伝用のポスターの印刷をしていたらしい。
木の着ぐるみはこの先輩が着せたに違いないだろう。勝ち誇ったように木の着ぐるみ満堂君をがちっと引き寄せる。
どこでうろついているところを確保したのかは不明だが、磯貝先輩は残念ながら捕まえた満堂君を離す気はないように見える。
磯貝先輩の勢いに気圧されてしまったカケルは満堂君を取り返すタイミングを完全に見失っていた。

『いえ!満堂君は我らが深海ミステリー研究部の部員になるんです。離してください、先輩』

日高さんはきりっと生徒会の役員らしい表情で高らかに主張する。
まだ僕も満堂君も入るって決めたわけじゃないような・・・我らって僕はもう入っている方向か。

『深海ミステリー研究部なんて聞いたことないがな・・・今から申請するならまだこの満堂はまだどの部にも所属していないわけだし、こっちの予約が優先だね。じゃなっ』

そう言うと磯貝先輩は木の着ぐるみの満堂君の枝部分を引っ張りながら演劇部員の待つ部室に連れて行ってしまった。

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