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烈空の人魚姫 第3章 海底ワープゾーン③ダイオウイカ先生の再来

結局その日は演劇部の練習を見守るだけで時間は過ぎていき、カケルは週末に動作試験をする方向で帰宅した。

そして、土曜日がやってきた。
カケルは松の木が並ぶ海岸沿いの道路を自転車で走らせる。
深海ミステリー研究部の待ち合わせ場所が泡津港なのだが、その前に港付近の魚市場に寄りたいと思っていた。
カケルは市場での買い物を急ぎ足で済ますと、待ち合わせ場所まで急いだ。

泡津港に到着すると、港に停泊する漁船のすぐそばで私服姿の男女がカケルを見て手を振っていた。
満堂まんどう君と日高さんだ。

『こんなに魚たくさん買っちゃってどうするの?』

パーカー姿の満堂君が不思議そうに言った。

「この魚を使ってダイオウイカ先生をおびき寄せることができないかなって」

過去遭遇したダイオウイカ先生をおびき出せたとしたら、リベルクロスの場所を聞き出せるかもしれない。
実際のダイオウイカがどこまで潜れるのかカケルは知らなかったものの、ダイオウイカ先生は人語ですら喋れる特殊なダイオウイカ・・・これだけ縦横無尽に泳いでいるわけだし、きっと最深部に存在しているだろうリベルクロスにも潜っているのではないか・・・とカケルは想像した。


早朝7時の泡津港の釣りスポットは休日釣りをしに来た人々が集まり始めていた。
釣りのために横付けされた車の横で、カケルはその場に座りこみリュックの中からフレイム1号を取り出した。
もう一つ、リュックの中から取り出した金属製のトレイをフレイム1号の底面に装着する。
そして素早くフレイム1号の底面にはめ込んだトレイ内に先ほどの魚市場で購入したメバルやマダイなどの魚をいくつかねじ込んだ。

『ダイオウイカ先生?何ですか、その素敵な存在は・・・』

深海好きの日高さんは目を輝かせた。
カケルは自分の過去の経験を話してもおそらく信じてもらえないだろうと開き直っていた。
カケルのお母さんはカケルが小学生の頃ダイオウイカ先生の話をよく聞いてくれたものの、その表情から本当の意味では信じていないことをカケルは知っていた。
まあ当たり前だろう、と高校生となった今では誰にも話さずにきたけど・・・もしかしたら日高さんなら話しても信じてくれるかもしれない。
カケルは徐々に周囲の人間に心を開きつつある自分に気づき始めていた。

「深海の大学の先生なんだよ。信じてもらえるかわからないけど・・・」

『是非お会いしてみたいです。いいですね、そんな出会いがあるなんて・・・』

日高さんはファンタジー小説を読んでいる時のような高揚感溢れる表情をした。
本気で信じてくれているかわからないが信じてくれていることを願おう。



その時だった。
防波堤の方から悲鳴が聞こえた。
誰か走ってくる。
栗色のウェーブヘアの女子・・・がカケルたちに勢いよく突進して来た。

『えっ、式阿弥しきあみちゃん?バイト行ってたんじゃ』

日高さんは言った。

『実は今日はバイト休み。上田君に声をかけるタイミングを狙ってたのよ。ってそれどころじゃないの。上田君が変な巨大イカに絡まれてるの!彼襲われちゃう!!こっちきて!!』

初夏らしい爽やかな七分袖の水色のワンピースを着たまま全速力で走ってきた式阿弥しきあみさんは蒼白な顔をしながら叫んだ。
絡んでくる巨大イカって・・・カケルは嫌な直感が働いた。



急いで赤灯台のある防波堤の付近に駆けつけると、確かにいた。

防波堤を挟んだきらめく波飛沫の舞う海に真っ赤な体躯の巨大イカがぷかりと浮かんでいる。
相変わらず博士帽を被っている・・・あれは間違いない。ダイオウイカ先生だ。


『ワガハイはアトランティス大学の教授、ダイオウイカ先生である。今ワガハイの研究室では困ったことに准教授も助手も学生も全てが不足しているのである。もし深海に興味があれば、ワガハイの助手を頼みたいのである!』

ダイオウイカ先生は防波堤越しにいる上田たちサッカー部の3人組に嘆願している。
上田たちは休日の朝練のついでにこの港に寄ったのだろう。半袖のサッカーウェアを着てこれから部活に出かける風の姿だ。
カケルたちは上田やダイオウイカ先生に気づかれないように、一定の距離を保って状況を見守る。日高さんは目を丸くしてダイオウイカ先生を見つめている。よく見たら目は爛々と強い熱量を放っていた。

(それにしても、助手も准教授も学生までも・・・何で未だに不足してるんだろう)

カケルはふと疑問に思ったものの、深海での仕事も大変なんだろうとカケルはとりあえず結論付ける。

『喋るダイオウイカとか大発見じゃね?』

上田の横にいる同じクラスの黒沢が言った。
さらりとした短髪の黒沢はクラスでも上田を凌ぐ人気がある。女子からのアプローチを面倒臭そうにかわす冷徹な性格で上田に次いでカケルは気に食わないと感じていた。
ダイオウイカ先生も上田に助手になってほしいなんて、もはや来てもらえるなら誰でもいいってことなのか。ダイオウイカ先生にとっては残念かもしれないが、上田は行くわけないだろう。
深海のしの字も見当たらないサッカー少年なのだから。

『上田君たちは全国大会に行けることになったのよ。変なイカに構ってる暇ないんだから!』

式阿弥さんは小声でダイオウイカ先生に聞こえないように突っ込む。

『いいぜ、面白そう。なってやるよ。その大学って深海にあるわけ?』

予想に反して上田は上機嫌だ。よく見ると上田はスマートフォンを取り出している。どうやら動画を回す準備をしているらしい。

『上田時雨。意外ですね。深海に興味あるなんて。って、いやいや話を長引かせて動画を撮影しようって考えか・・・ダイオウイカ先生、あいつより私の方が行きたいですよ!ぶつぶつ・・・』

日高さんが冷静に独り言を呟く。やっぱり日高さんは行きたいと思うよな、とカケルは心の中で一人頷く。


すると、突然ダイオウイカ先生は波打ち際から上田たちのいる防波堤の岸壁に身を乗り出した。
カケルたちの思考は一瞬、停止する。

『本当であるか?』


上田の目の鼻の先まで岸壁に乗り上げたダイオウイカ先生の目はまるで獲物でも捕らえたかのように黒く光っている。
カケルは防波堤に乗り上げてくるパワーに驚愕した。やっぱりダイオウイカ先生はただのダイオウイカじゃない。

心の中の警報が鳴り響いた。

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