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烈空の人魚姫 第3章 海底ワープゾーン ⑥海底メトロリュウグウライン

『よかったあ!上田君!聞こえる?』

式阿弥しきあみさんが安堵の声を上げる。
息を吹き返した上田が救急車の中に運ばれていく。式阿弥さんが救急車に同乗するのを見届けた後、カケルは再びシンクロシステム用のヘッドホンを装着した。

同期シンクロテストは上手くいったね。でも次が本番だとして、人魚姫バブルちゃんのいる深海の街リベルクロスがどこにあるのかはわからないし、研究者たちが言ってた海底ワープゾーンが本当にこの泡津湾にあるのかもわからないし、なんだか調査は時間がかかりそうだねえ』

満堂まんどう君は日差しを避けるように手を頭上にかざした。
確かに結構時間はかかりそうだ。カケルは地上では寝ている状態になっているとして、満堂君や日高さんはここで待機して海中を潜航中のモニター画面を見ているだけと言うのも大変だろうな。
カケルは自分だけ冒険に出かけているようで急に申し訳ない気分になってくる。

『パラソルとかあった方が良さそうですよね。後、水分も。ちょっと私準備してくるので先に進めててください』

日高さんはそう言うと自転車に乗って出かけて行った。


「満堂君、さっきのダイオウイカ先生だけど、さっき海に潜った時にフレイム1号が海底に重力波を感知したみたいで・・・ダイオウイカ先生はその重力波の方向に逃げていったんだ」

カケルの言葉に満堂君の目がさっと輝いた。

『重力波が本当にこの海の中に発生してるとしたら、やばいね。その重力波の方向にもしかして例の海底ワープゾーンがあるとか?やっぱり泡津湾には何かありそう・・・リス子ちゃんにも伝えなきゃなあ』

満堂君はここ最近はフレイム1号同期シンクロ実験に付き合っていたせいか、リス子ちゃんのいる森には行けていないようだ。
リス子ちゃんもこの泡津湾の秘密に感づいていたのだろうか。単なる森のりすに会いにいっていると思っていたカケルは急にリス子ちゃんに興味が湧き始めたーーと同時に、ダイオウイカ先生をはじめ、バブルの映像に写っていたジョニーとか言うメンダコ、それにリス子ちゃんーー言語を話せる生き物がこんなにたくさんいることをカケルは心底不思議に思った。


そうだ、ダイオウイカ先生が例のアトランティス大学から海底ワープゾーンを通じてこの泡津湾に来ている可能性はある。
アトランティス大学がどの海の海底にあるのかはわからないが、きっと深海だろう。
バブルのいるリベルクロスと近い距離にあるのかはわからないが、ダイオウイカ先生の後を追ってアトランティス大学に行けば、リベルクロスに行く手がかりも掴めるかもしれない。


二度目の同期シンクロもスムーズに実行できたみたいだった。
再び海の中に潜ると、さっきは緊急事態でじっくり見れていなかった泡津湾の海底の様子が色鮮やかに広がっているのが見えた。
泡津湾の海底は海の色が映し出されたエメラルド色と茶色で彩られた岩が点在している。
先ほどの海底に向かって突き進んでいた魚の群れは見えず、海底周辺を泳いでいる魚はどこかのんびりしているように見えた。

薄暗くもやがかかった闇の奥へ進んでいくと、海底が徐々に深くなっていっているのに気づく。
カケルが遠方を見ると、海面にまで伸びる琥珀色に輝く海藻、アカモクが大量に海底の奥から湧き上がっているのが見えた 。
さっきダイオウイカ先生が潜っていったアカモクの森に間違いない。
間近で見ると養殖されているアカモクとは何かが違う。海藻の1本1本が鉱石のような光を放っている。あまりにも密集した海藻のせいで海底の様子は見えなくなっているがーー


『カケル、コノサキニキョダイナセイタイハンノウアリ。ススンジャウ?』


フレイム1号が唐突に言った。
この先の生体反応って、なんだろう。このジャングルのようなアカモクの森の中にダイオウイカ先生が潜んでいるんだろうか。
ふと何気にフレイム1号の言葉が喋るごとに親しみが増しているのはフレイムシステムの仕様なのかもしれないとカケルは思った。

『気をつけて下さい。水凪さん。泡津湾にはそんなに大きな生物はいないはずです』

パラソルを取りに戻っていた日高さんの声がフレイム1号から聞こえてくる。

「わかった。ありがとう、日高さん」

やっぱりダイオウイカ先生の可能性大か。さっきのフラッシュ攻撃を恨んでいるかもしれないし気を引き締めなきゃな。

カケルは吸い込まれるようにアカモクの森の中をフレイム1号とともに下降していく。
この光輝くアカモクが自生している海底はまだ見えてこない。
どんどん深くなっていく海底。時間がかなり過ぎたような気がしたが、依然として金色のアカモクを掻き分けて下降する状況が続いている。


「ちょっと待って。今水深何メートル?」

カケルはふと動きを停止する。
泡津湾の海底って深くても50mじゃなかったっけ。どう考えてもそれ以上深く潜っている気がする。


日高さんは息を飲むようにカケルの声に応える。

『・・・水凪さん、ありえないです。今水深何メートルか言いましょうか・・・』

日高さんが言う前にフレイム1号が反応した。

『スイシン1000m』

1000m??
立派に深海に達しているじゃないか。あり得ない数字にカケルは言葉を失う。
そう言えばアカモクの森そのものの光で気づかなかったが、アカモクの隙間から見える海中の様子は深海さながらに真っ暗になっている。

『信じられません・・・泡津湾の海底は最深でも50mだったはずなのに・・・泡津湾の海底の一部が深くなっているんでしょうか。それにしても1000mなんて・・・この辺りの海域で・・・やっぱりあり得ないです』

日高さんの動揺がフレイム1号越しに伝わってくる。


『マモナクカイテイニニトウタツ』

フレイム1号がまたアナウンスする。


海底に近づくと、このアカモクの森は海底の一部を避けるように分裂して生えていることが分かった。
フレイム1号の淡い照明で照らされた暗闇の向こうに、アカモクに囲まれるようにして海底の空間が広がる。
そして・・・竜宮城、みたいな外観の建物・・・の横に先ほどの巨大な生体反応・・・の正体であろう銀色の巨大魚が建物にくっつくような形で鎮座している。

「どう言う状況なんだろう、これ・・・」

とりあえずダイオウイカ先生じゃなかったことに安心したカケルはフレイム1号とともにおそるおそる近寄ってみる。


そばに行ってみると、明らかに海底に本来存在しないであろう人間にも見慣れた光景が意外にも広がっていた。
券売機や改札口らしきもの。
小さな竜宮城みたいな建物はどうやら駅のようだ。
よく見ると、改札口のちょうど上に【天空のアカモク】と駅の名前が表札されている。
駅員風の帽子を被った細長い体躯の魚がーーこの駅にぴったりくっついている巨大魚を小さくした風体の銀色の魚が改札横の窓口から顔を出すと、首から下げた笛をピピーっと鳴らしながらアナウンスした。


『海底メトロリュウグウライン、次の発車は12:00ちょうど!乗り遅れないようお急ぎください。また海底メトロサンシャインラインは2番乗り場から発車します。お間違いないように!』


『リュウグウノツカイダヨ、カケル』

フレイム1号はカケルの思考を読んでいるかのように言った。
図鑑で見た深海生物・・・カケルはこんなに間近で見るのは初めてだった。
と言うことは巨大魚の方も巨大リュウグウノツカイと言うところだろうか。
カケルはあたりを見渡すと、小さな貝殻で固められた線路がきらきら光って遠方まで続いているのが見えた。
もう一つの線路はちょうど海底のくぼみの中に消えるような形になっている。
電車がまだ見当たらないのは、これからこの駅に到着するのだろうか。


先ほどまで散らばっていた魚たちが海底メトロに集まり始めた。
どの魚もICカードと思わしきカードを取り出すと改札をスムーズに抜けていく。
改札の先にいる巨大リュウグウノツカイが突如目を覚ました。
巨大リュウグウノツカイの目が真っ赤に光り大きく口を開けると、魚たちはその巨大な口の中を目掛けて吸い込まれていく。
食べられたようにしか見えないシュールな光景だったが、魚の群れは不思議なくらいあっさりと恐れることもなく普通に入っていく。
どうやらこの巨大リュウグウノツカイが電車の役割を果たしているらしい。
この海底を地下鉄のようにこの巨大リュウグウノツカイが電車のように走っているだなんて、あまりに非日常過ぎたが、深海魚たちにとっては日常の光景なのだろう。

カケルはぴんと直感が働いた。
そうだ、もしかしてリベルクロスまでの地下鉄が出ていたらラッキーではないか。
カケルは券売機に急いで寄ってみた。

路線図は天空のアカモク駅以外の名称は残念ながら見知らぬものばかりだ。
【ティーポットコーブ】【キングシャークス】【魔女の涙】・・・・
カケルは路線図を見ながら【アトランティス大学前】の文字を見つける。
値段はわからないが、5000ビーンズとある。ううーん、いくらなんだろう。
リベルクロス駅というのはないものかと探してみたものの、残念ながら路線図には載っていなかった。

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