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烈空の人魚姫 第2章 嵐の日のポラリス号 ②Take a chance

何かやろうとする時、すごく息が詰まるんだ

そう、例えば誰かのために頑張らないとって思う時

地球の重圧全てが体にのしかかって来るみたいにね

でも彼女に会いたいと思った時初めて

自分でも不思議なくらいに自然と息が出来たんだ




泡津湾上空の雲は世界中の闇をかき集めたような真っ黒な雲に徐々に覆われつつあった。
嵐の影響で徐々に雨足が強くなってくるようだ。
府立泡津高校の帰り道、水凪カケル(みずなぎかける)は自転車で天空海岸沿いを猛スピードで駆け抜けていくところであった。
レインコートを着て自転車に乗るのが面倒くさいため、ぱらぱら降っている段階のうちに帰宅したいというのが思惑である。
カケルの前の席の満堂君はこのあと森に行くらしい。森に住むリスと仲良しだとか。

(さっき満堂君から水中ロボットに興味を持ってもらえて、本当に嬉しかったな。)

自分の水中ロボット製作と調査に積極的に反応を示してもらえたのは初めてだったこともあり、カケルは嬉しくてたまらなかった。
しかし、今度満堂君を泡津沖調査に誘ってみたいという気持ちと、あまりいい反応をもらえなかったら嫌だなという気持ちが拮抗して言わない方向に結論は達しつつあった。
カケルは嵐の予感を知らせる荒い波を見ながら泡津湾や泡津沖にある星見海の深海のことを考えた。



マンションの7階に到着するとお母さんが既に帰っていた。

『おかえり。雨風がひどくなってきたけど大丈夫だった?今日はカケルの好きなカレー焼きそばだよ。すぐ食べる?』

「食べる」

カケルは気怠く短めに言葉を発した。
キッチンからカレーのいい匂いがする。リビングに入ると、お母さんは仕事帰りにも関わらずてきぱきと夕食を作り終えていた。
カケルのお母さんは弁護士の仕事をしていて、泡津市内の法律事務所で働いている。
カケルのお父さんがカケルが小学校の低学年の時に他界して以来、家計はお母さんが支える形になっていた。
お母さんが働き者であることは分かっているものの、勉強以外何も力になれない自分にカケルは何となく苛立ちを覚えていた。
本当はしっかり守りたいのにという思いと、そうなるには到達したいところからかけ離れた現在地にいる自分との間に苦しんでいるのだ。

そんなお母さんが、ここ最近よく口にする口癖がカケルをさらに苛立たせていた。

『そうだ、聞いた?大地君生徒会入ったそうよ。カケルもバイトするわけでもないなら部活でもやってみたら?』

大地とは、同じマンションに住むカケルの同級生であり幼なじみだ。
松蔭大地(まつかげだいち)。生徒会に入っていて、カケルの隣のクラスで学級委員もやっているらしい。
成績も学年トップだ。それも小学校から高校までずっと。なぜ知っているかと言うと、本人とマンションのエレベータで乗り合わせた時に聞いてもいないのに毎回丁寧なことに教えてくれるからだ。
カケルは大地と比べられるのが、特に母親から比べられるのが昔からひどく嫌であった。

「まあ、そのうち・・・ね」

カケルは唇をギリっと噛んで歪ませた。
お母さんからすると、カケル個人の水中ロボットでの【人魚探査プロジェクト】は人魚が本当にいるのかどうかわからないし会えるのかどうかももちろん謎という結果が不透明なよくわからない活動だったため、内容と結果がわかりやすい部活やバイト、生徒会などの活動を推して来るのだろう。カケルはお母さんの視線を避けるように早めにカレー焼きそばを食べ終えて自室に戻った。



部屋に戻ったカケルはバッグからフレイム1号を取り出すと、机の上に置かれたノートパソコンの横にゆっくりと置いた。
そして椅子に座って一息したのち、ノートパソコンを開く。
保存されているファイルからフレイム1号に内蔵されている動画撮影機能を使って撮った映像ファイルをクリックした。
小学校の時に撮った最初の頃の映像が画面上に再現される。


カンラン石に輝く髪の人魚姫、バブル。
そのルビー色の瞳が大きく見開かれ、銀河のように輝いた。
バブルがカケル、と名前を呼ぶ。
もう何度も再生しているシーンだったが、名前を呼ばれる度にカケルは胸あたりがくすぐったく、熱く燃え上がるような感覚になった。
背景は薄暗く何があるのかよく見えないが、もくもくと煙みたいなものが吹き出しているように見える。
図鑑で見たことがある。多分熱水噴出孔だ。
地球内部のエネルギーを纏った熱水を海中に送り出す海底のくぼみ。

(ただ白でも黒でもなく七色の熱水って、写真でも映像でも見たことがないんだよな)

それに群がる無数の白いユノハナカニ。あとジョニーと名乗るメンダコ・・・。
超深海にいそうな生き物がこぞって集結している。
カケルは辛い時はこの映像を見て励まされていた。
自分に会いたいと思ってくれている人達(人魚や深海生物だけど)がいるんだと思うとカケルは頑張りたいという気持ちになった。

でも、とカケルはため息をついた。


あれから、深海の街リベルクロスに行くと約束してから既に数年という月日が経っていた。
ずっと、泡津湾や泡津沖の比較的深い水深250mの星見海の深海の海底を調べて、リベルクロスに行く手がかりがないかを目を光らせて探したけれど、何か手がかりやヒントになるような何かは見つからなかった。
ヒトデやアカモク、カレイ、ヒラメなど海の生き物はこの泡津の海にはたくさん生息しているのだが、映像で見たような光景は見当たらない。
あの日ダイオウイカ先生はどこからやってきたのだろう。
ダイオウイカ先生が泳いだルートが分かれば、リベルクロスへ行く手がかりになるかもしれないのに、あの日以来ダイオウイカ先生がやって来ることはなかった。

「手がかりを掴めるような何かいいチャンスがあればいいのに」

カケルはそう呟くとノートパソコンの横に置かれたフレイム1号に視線を移した。フレイム1号のスラスタと呼ばれるプロペラが付いている部分のネジが緩くなっていることに気づいたカケルは六角レンチで締め直そうと工具箱を取り出した。
ネジを締め直したもののそれでもスラスタはゆるゆると抜け落ちやすくなっていた。
多分、この間から頻繁に泡津沖まで潜航させてみたせいだろう。
カケルは工具箱からビニールテープを取り出してスラスタ部分をぐるぐると巻いた。
ビニールテープ巻きしたスラスタを機体フレームにはめ込んで、コントローラのスティックで深く潜る、浮上する、前に進む、後ろに進むの動作が一通りできるかどうかを試してみる。
きゅるきゅると音を立ててフレイム1号のスラスタは音を立ててプロペラがしっかりと稼動したのを見てカケルは自然と笑みが溢れた。

「今度はバブルを見つけられるよ、フレイム1号」

カケルはフレイム1号の機体をいたわるようにそっと撫でた。
昔ダイオウイカ先生に海に引き摺り込まれた時以降、フレイム1号は一度も何か言葉を発したりはしなかった。
あの時、カケルを助けに来た時に喋っていたのは内蔵されているアプリの誤作動だったのかもしれない。
ふとスマートフォンからLINE通知が来ていることに気づいた。

満堂君だ。

〝カケル君。今、港にポラリス号が来てるよ〟

カケルはガタッと椅子から立ち上がった。

チャンスがやってきたのだ。

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