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烈空の人魚姫 第3章 海底ワープゾーン ④フラッシュバック

船に乗り上げてくる巨大サメのように、海の生き物がこちらの世界に食い込んでくる光景なんて映画の中だけで十分だ、とカケルは思った。

腕の力を使って上肢を防波堤に乗り上げた形になっているダイオウイカ先生はまるでパニック映画の中に出てくる巨大サメのように狂気を発している。
明らかにおかしな状況にも関わらず、上田たちはダイオウイカ先生の異常にダイナミックな動きにただ単純に感嘆しきりだった。

間違いなく、陸にいてはいけない生き物が目の前にいる。
・・・いや、海の中だって、ダイオウイカ先生のような生き物はいないだろう。
ダイオウイカがいかに獰猛な生き物だったとして、ここまでエネルギー値の高いダイオウイカなんているのだろうか。(そもそも言語も喋れるし博士帽もかぶってるけど・・・)
今しがた古代の超海洋パンサラッサを泳いできたかのような強靭な体・・・本当にダイオウイカ先生は何者なんだろう。


ダイオウイカ先生から助手のオファーを受けた上田は『本当本当』と適当に答える。
珍しいこの光景を全世界に配信すべく動画撮影に忙しいせいで、目の前のダイオウイカ先生の黒曜石よりも黒く光る眼が上田を確実に捉えていることに気付かないらしかった。


刹那。

『では今から深海にレッツゴーなのである!!!』

ダイオウイカ先生はカケルの時と同様上田を捕まえると一気に海の中に引き摺り込んだ。

『きゃああああ!!!どうしよう!!私の上田君が!!!!』

式阿弥さんは絶叫した。いつから上田は式阿弥さんの彼氏になったのだろう?と暢気に考えている暇はない。式阿弥さんの絶叫と共に日高さんと満堂君は走って防波堤から海の中を見た。

『いけない。このままじゃ上田さんが溺れてしまう。救助隊を呼びます』

日高さんは海上保安庁に連絡するべくスマートフォンを取り出した。
今は救助隊に任せるしかないだろう、カケルはフレイム1号を抱えたままその場に佇んでいた。


不意に防波堤を覗き込んでいた式阿弥さんと目が合う。
式阿弥さんは思いついたように目を大きく見開いて、カケルに駆け寄ってきた。

『水凪君、それ。海の中で操作するんでしょ』

式阿弥さんはフレイム1号を指差して言う。表情は凍りついているものの、強い眼光をカケルに向ける。

「だ・・・だったら何???」

カケルはなんでこんな時にフレイム1号が関係あるのかがわからなかった。
式阿弥さんはカケルがぴんと来ないからなのか苛立ちを抑えるように言った。

そのロボットで助けて欲しいの、上田君を

「えっ・・・どうやって・・・」

カケルは困惑した。フレイム1号は海の中を調べる用の水中ロボットだし、救助するための物じゃない。なんの力にもなれないだろう。

(役立たずだと思われているんだろうな)

カケルは式阿弥さんの視線から避けるように俯く。
式阿弥さんのことをカケルは少し苦手に感じていた。
ちょっと強気で、カケルの母親に似ているところがある。
大きな期待をして、ダメだった時にすごくがっかりするのだ。


ふと小学校の頃の記憶がフラッシュバックするーーーー

集会の時に舞台上で読んだ作文の発表・・・途中で気分が悪くなって読めなくなって・・・
保健室に迎えにきたお母さんの顔は・・・すごく・・・残念そうな顔をしていた・・・


          僕なんかに期待するのやめて欲しい・・・


カケルは誰も聞き取れないような小声で呟く。

「お願い、水凪君」

式阿弥さんはさらにカケルに詰め寄った。
息苦しい・・・カケルは持っていたフレイム1号を防御するように両手で抱え込む。


その時だった。
防波堤にぶつかった波飛沫がカケルの頭上にスローモーションのようにふわっと舞う。
無数の泡は虹色にきらめくと、カケルの顔に当たって弾ける。

「バブル・・・」

カケルはそう言うと呼吸が突然楽になるのを感じた。
驚いたことに、今までの緊張感や式阿弥さんから向けられたプレッシャーは無効化されたかのように消えて無くなっていた。


『ほーい、カケルくーん、準備できたよ』

突然の満堂君の素っ頓狂な声でカケルは冷静さを取り戻した。
どうやら満堂君はカケルと式阿弥さんがやりとりしている間、開いたパソコン画面に藍澤博士からインストールしてもらった【シンクロシステム】のアプリを作動させていたらしい。
フレイム1号とカケルの精神を同期シンクロさせる動作実験。
それを今やるってことか。

(満堂君は僕よりも実はずっと冷静なのかもしれないな)

ちょっと悔しいような気もするけど、カケルは心が落ち着いていくのを感じた。
フレイム1号と同期シンクロした精神体の僕でダイオウイカ先生を追いかけても、多分ダイオウイカ先生には敵わないだろう。
しかしカケルの脳内にはとある妙案が浮かんでいた。

式阿弥さんに向き直ると、ゆっくり視線を合わせる。

「出来ないかもだけど、僕のできることでちょっとやってみるよ」

カケルの言葉に式阿弥さんは大きな瞳を輝かせた。

視線をすぐに逸らすと、カケルはリュックの中から持ってきたヘッドフォンを装着してパソコンに繋げる。
フレイム1号をパソコンで繋いで同期シンクロ準備が完了すると、カケルの心臓の鼓動が跳ね上がるように早くなる。


『じゃあ、カケル君。俺が『シンクロ開始』って言ったらこのエンターキーを押して、本当に同期シンクロテスト開始だからね』

満堂君が念を押すように言った。
カケルは頷く。
そして海にダイブするように、呼吸を深く吸い込んだ。

『それじゃあ・・・『シンクロ開始』!!!』


カチッ、という軽いエンターキーを押す音が聞こえたと同時に、カケルは眠りにつくように目を瞑ると意識を深い闇の中に解放した。


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