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私たちが感じている〝生きづらさ〟〝息苦しさ〟の正体──水無田気流『「居場所」のない男、「時間」がない女 』

「人品卑しからぬ、どちらかというと「いい会社勤め」の夫を持つ奥様という風情の方たちである」こんな会話からこの本は始まります。

「「あそこの旦那さん、定年直後に亡くなったんですって!」(略)「んまあ! うらやましい!」」
かつて「亭主元気で留守がいい」というCMが流行りましたが、その行き着くところがこの会話なのでしょうか。
なぜこんなことになっているのでしょうか。水無田さんはそこに「日本男性の「関係貧困」」というものを見ています。

日本社会の「高度成長期に確立した「男は仕事、女は家事・育児」の性別分業型のライフスタイルは、既婚女性が育児や介護などのケアのほか、実は地域のソーシャルキャピタル(良好な人間関係)も一手に担うことで安定的に機能してきた」のです。つまりは男性(サラリーマン)は就業がもたらす人間関係しか持つことができなかったのです。
確かに仕事第一という意識、志向が日本の戦後の成長を作ってきました。そこには長時間労働に代表される〝会社全面依存〟の人間関係しか持つことはできませんでした。

仕事には(サラリーマン)には終わり(=定年)というゴールが必ずやってきます。その時に残った人間関係が豊かであり、そのまま続くという保証はありません。去る者日々に疎し、というように次第に希薄になっていく人のほうが多いのではないでしょうか。
そこに生まれてきたのが水無田さんのいう「「居場所」のない男」です。
人間関係は確かに生活圏から生まれるものだとは思いますが生活圏=就業圏となっているのは日本社会独特のありようです。それはまた、日本型の周りに気遣う〝空気の支配〟(山本七平さん)もあいまって独特な濃密感を漂わせる人間関係にもなっています。
極端にいえば日本の男性(サラリーマン)は定年と同時に社会性を失い、残った人間関係は妻だけになってしまうのです。〝濡れ落ち葉族〟の誕生です。
妻に先立たれた男性の平均余命が短いというのもこの「関係貧困」がもたらすものなのです。

水無田さんは彼ら(私たち)に警鐘を鳴らしています。「職業生活は必ず終わりが来る。そのとき、貴兄は居住地域に居場所はあるだろうか。仕事関係を抜きにした、純粋な趣味友だちはいるだろうか」と。「男性の「就労」には積極的だが、男性の「幸福」には無頓着なように見える」日本社会の中にいることを自覚して「関係の貧困」から抜け出すことを考えるべきだと。定年後の〝公園デビュー〟というようなことが起きつつあるのかもしれません。

そしてさらに困難な事態に直面されさられてるのが日本の女性です。
女性の社会的進出、少子化対策、どちらの言葉も言葉だけは美しい、立派だと思います。けれど現実的に考えて見ればそれを実現できるのはどのような女性でしょうか。水無田さんはこう言い切ります、「超人である」と。

女性は二つの異なった次元の面を同時に生きることを奨励されている、いやむしろ強制されているのではないでしょうか。
絶対的な時間が必要とされる出産と育児、そこには〝適齢〟という制限すら見え隠れしています。男性の「関係貧困」に対する女性の「時間貧困」が現れているのです。妊娠中と出産後の育児中の女性に対する視線が大きく異なっていることが、この貧困を象徴しています。保護の視線から嫉妬まじりの軽視へと変わって行くことを実感されている女性は多いのではないでしょうか。

一方、所得格差から不可避的に就業しなければならない女性が増えてきています。そして彼女たちがつかなければならない〝就業の世界〟は、先の「関係貧困」を就業者にもたらすものにほかなりません。なにしろその〝就業の世界〟が変化する兆しはないのですから。
成長路線といっているうちは変わるはずがありません。
「今、日本の政府はウーマノミクスを重視し、「すべての女性が輝く社会作り」を掲げているが、社会環境を整備せずに女性の個人的努力だけでキャリアも結婚も出産も……と促せば、「成功」できるのはきらきら輝くというよりは、1960年代東映任侠映画並みにぎらついた女性ばかりだろう」
任侠道はないかもしれませんが、確かにある種の「超人化」であることは間違いないと思います。
そして「関係貧困」の男性が「幸福」とは無縁なように、「時間貧困」「超人化女性」にはどのような「幸福」が待っているのでしょうか。〝就業至上主義〟と〝出産第一主義〟の両立……。
水無田さんは「個人の事情や身体的な理由ではなく、教育や社会の構造などによって、女性たちが『産みたいけど、産めない』状況に置かれていること」を「社会的不妊」と呼んでいる香川則子さんの論に続けて「社会が女性に厳しい規範を課している一方で、産み育てる責任もコストも、すべて女性が全面的に負担すべきとされている(略)社会規範そのものの不合理」を指摘しています。

水無田さんは私たちが感じている〝生きづらさ〟〝息苦しさ〟の正体の核心の一つを豊富なデータに基づき解析しています。
では、なにを私たちはすべきなのか、「ワークライフ・アンバランス」からの解放という視点で「現在必要とされているのは、男性も含めた労働と家庭生活のあり方のさいへんである」と。「貧困」は経済的な次元にだけあるのではありません。「時空の貧困」も私たちの未来を脅かすものであることを痛感させてくれた一冊でした。

書誌:
書 名 「居場所」のない男、「時間」がない女
著 者 水無田気流
出版社 日本経済新聞出版社
初 版 2015年6月1日
レビュアー近況:サッカーACL、4強に進出したガンバ大阪、劇的な試合に野中も興奮しました。指揮を執っていた長谷川健太監督はもっと興奮され、思わずピッチ内を走り回ってしまい、次節、ベンチに入れないそうです。非難の声もありますが、野中はちょっと好きになりました。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.09.17
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4113

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