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革すら持たせない。

筋骨隆々とした男が遠く向こうから笑顔で歩いてくる。紺色のスーツを来た通勤ラッシュの群衆の中で、とても目立っている。なぜなら明るい茶色のセーターを着ているし、真っ直ぐ前を向いて笑顔だから。私の前には白いカーディガンを着た女性がいる。黒の鞄を持っているが、それはとても軽そうで鞄というより革のアクセサリーのようだ。その彼女の軽装と、どこか遠くから聞こえるくしゃみの音が、春の訪れを知らせる。笑顔の男性は遠くから近づいてくる。その彼の笑顔がこの女性に向かっていて、彼女の身体もなんとなく男性に向かっていることから2人は知り合いなのか、おそらく恋仲だろうかと思う。そして2人は出会う。男性は女性の方にかけたバックに手を伸ばし、「持つよ」と言った態度で鞄に手をかける。そして女性はそのまま鞄を渡し、2人は並んで歩いていく。私は後ろにつけているので表情はわからない。

この一瞬のジェンダーロールの表出の違和感をうまく言葉にできない。「2人がそれでいいならいいじゃん」という魔法によって、私の渾身のアタックは無効化されることがわかっている。革一枚すら持とうとするジェスチャーが男性性に紐づけられている違和感が、言葉にならない。

嗚呼!もどかしい!なんて世界は残酷なんだ!そう叫びながら、私はポケットからメントスを取り出した。1番目と2番目のメントスの隙間に親指をグッと押し込んで1番目のメントスを打ち上げた。思いっきり空高く、ドンドンと伸びていく。少し、炎がかって火の玉のようになっていたのか、それがメントスの色だったのかはわからない、だがしかし、それは確かに紫色をしていてとんでもない速度で空をかけていく。そして最後は、ロサンゼルス-羽田間の飛行機のエンジン部分に吸い込まれて、「パリッ」と音を鳴らしてチリとなった。その機体に乗車するスティーブは、久しぶりの東京出張でウキウキとしながら、ハーゲンダッツを食べている。それは、抹茶味で、食べながら彼は、”matcha”と呟く。まるで、茶葉でも噛み締めるように。

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