第3回 グロースのシステム・ダイナミクス②
「強化型フィードバックループ」10選(後編)
以下では、スタートアップに指数関数的成長をもたらし、最初の小さな差を増幅させる「強化型フィードバックループ」ご紹介します。本稿は前回の続きの後編として、残りの5個をご紹介します。
6) ソリューション開発への再投資
スタートアップが初期の収益をソリューションや製品の開発に再投資することで、製品の品質や機能を向上させることができます。具体的には、「製品の特性、機能性、デザイン、品質、信頼性や、顧客の隠れたニーズへの適合性を強化する」といった点への再投資が考えられます。
そして、製品の品質や機能が向上することで、その製品にプレミアム価格を設定することが可能となります。これにより、スタートアップは高いマージンを享受することができます。高いマージンを享受することで、さらに多くの収益を得ることができ、この収益を再びソリューションや製品の開発に再投資することで、製品の品質や機能をさらに向上させることができ、これが、「ソリューション開発への再投資」という強化型フィードバックループです。
上記のように、必ずしもプロダクトそのものの開発への再投資である必要はなく、特に顧客がエンタープライズである場合、プロフェッショナルサービスやカスタマーサポートの強化に投資することも強化型フィードバックループにつながります。すぐにKPIに反映されないようなアイテムにしっかりと腰を据えて再投資を行うことを意識してもいいかもしれません。
7) 新ソリューション開発・事業複層化
流行りの言葉でいえば、「コンパウンド・スタートアップ」です。顧客向けの新ソリューション開発・事業複層化が新たな需要を生み出して、開発の財源をさらに増やすというループです。すでに顧客との深い接点をもっており、現場解像度が極めて高いからこそ実現できるループです。
重要なのは、新ソリューション開発・事業複層化により、高いマージンを確保して、その収益を再びソリューションや製品の開発に再投資することです。高いマージンは、他社がまだ開発していないような新ソリューションをプレミアム価格で販売したり、範囲の経済を生かしてコストを下げることによって実現します。
このループにおいては、以下のとおり、PdM機能がポイントになります。成長する企業には優秀なPdMがいたり、あるいはCEOが直接顧客の声を聞き続けるという習慣があるように思えますが、それは新ソリューション開発・事業複層化ループが効果的に回るからでしょう。
国内の事例でいうと、ビズリーチやSmartHRなどはこのループを上手に回しているように見受けられます。
8) 人材採用・組織開発
これも無意識に行なっている施策だと思いますが、重要なループですので紹介させていただきます。いわゆる、「人材ブラックホール」と呼ばれる企業が体現しているループです。
企業の収益性が高まることで、賃金と福利厚生の質、インセンティブプランの魅力度を高めることができるようになり、質の高いメンバーが入社し、活躍の場も拡大していくことから、定着してくれるようになります。それがさらにソリューションの魅力を高め、市場シェアの拡大につながり、企業の収益性がさらに高まるというフィードバックループです。また、質の高いメンバーが定着していること自体が、魅力的で優秀な人材をさらに惹きつけます。
他方で、人材採用・組織開発のループについてはとりわけ、以下のような逆回転に留意が必要です。
ストックオプションなどのインセンティブも当然重要ですが、景気の変動にも大きく影響させるものですので、依存するのは避けるべきです。収益性を確保し、しっかりとサラリーを払い、優秀なメンバーがいる活気ある環境を構築することのほうが先決だといえます。
9) M&A
一定の市場シェアを確保できると、買収のための財源や、株式交換のための高い時価総額を手にすることができます。それを原資として企業や事業を買収していくことで、規模の経済や市場支配力をさらに高めて、コスト優位性を強化し、それがさらなる市場シェアにつながっていくというループです。
例えば、FacebookはInstagramやWhatsAppのような競合するスタートアップを買収し、自社のプラットフォームに統合することで、ユーザーベースと市場支配力を強化・拡大しました。ほぼ同義ですが、この買収は競合の排除にもつながりました。これにより、Facebookの広告媒体としての魅力が増し、さらなる収益を上げることに成功し、この収益を再投資して、さらなるスタートアップを買収するというループを上手に回したように見受けられます。
国内でも、KAMINASHIの事例のように未上場のスタートアップがM&Aを仕掛けることも徐々に増えてきており、今後は一般的な打ち手になるのではないでしょうか。
10) ルールメイキング(ロビイング)
スタートアップとして規模が大きくなると、その組織は、事業活動を行う制度的・政治的背景に影響を与えることができるようになります。例えば、業界団体を設立して、それを通じて政策提言を行ったり、ロビー活動を行うことで、自社に有利な政策や規制を形成することができます。組織が制度的・政治的背景に影響を与えることができるようになると、自分たちに有利なようにゲームのルールを変えることができます。これにより、組織はさらなる成功を収めることができ、その結果、さらなる力を持つことができるようになります。
これはM&Aと同様、一定規模化したスタートアップだと活用しやすいループですが、もちろん、規模化する前からであっても、ルールメイキングに関わることで自社の事業を拡大しやすいように働きかけることは可能です。
本稿執筆時点においては、例えば、OpenAIなどのLLMのビッグプレイヤーがロビイングの強化型フィードバックループに取り組んでいるように見受けられます。
競合との戦い
相手の成長ループを阻害する
いくらホワイトスペースやフロンティアを開拓するとはいえ、競合が一切いないという状況は基本的に想定しにくいでしょう。インターネット・ソフトウェアを活用した事業であれば、技術的な参入障壁は低いので競合がゼロということは考えにくいですし、また、ディープテック系の事業では、顧客ニーズや需要が強烈で明確なことが多いので、同じ課題を解きたいと考えているプレイヤーは少なくないでしょう。
そして、どのプレイヤーも、意識的にせよ無意識的にせよ、強化型フィードバックループを回すことで、自らの地位を加速度的に強化しようとしています。したがって、競合と戦うにあたっては、「Moat」的な防御的発想に加えて、競合他社が同じループを利用する能力を弱めることができるか、という観点も重要になります。例えばインテルは、以下のような対競合戦略をとっていたとされます。
SaaSのプレイヤーでも「もっと課金できてもおかしくないのに、あえてギリギリの低単価で売る」という戦略をとることがありますが、それは競合他社が値下げ攻勢をかけてリプレイスのための営業コストを投下しても、最終的に採算が合わずに撤退・自滅するように仕組んでいる場合も多いと聞きます。
また、VCを囲い込んでしまって他社が資金調達するのを難しくするのも、競合他社が強化型フィードバックループを回せないようにするための打ち手の一つです。
先行参入は競合優位性につながるのか?
先行して市場に参入することは、最初にループを回し始めることができる時間的余裕があるという限りにおいて、優位性があります。裏を返せば、先行者利益だけが持続的な競争優位を保証するわけではありません。
ここまでの議論で明らかなとおり、先行参入が優位なポジションを確保できるわけではなく、先行して強化型フィードバックループを回し始めたプレイヤーが先行者利益を享受できるのです。
例えば、Facebook対MySpaceの事例でいくと、MySpaceは一般的なオーディエンスをターゲットとしていたため、ネットワーク効果をはじめとした強化型フィードバックループを始動させることに出遅れた可能性があります。一方で、Facebookは特定の大学の学生に限定してサービスを提供することでアトミックネットワークを構築し、ネットワーク効果をはじめとした強化型フィードバックループを回すことに素早く成功したため、後発ながらSNS市場の覇権を取れたのではないでしょうか。
次回予告
さて、第2回と第3回では、事業を指数関数的に成長させるメカニズムである「強化型フィードバックループ」について整理しました。他方で、創業から滞りなく加速度的に成長できるスタートアップも限られています。次回は、スタートアップに停滞をもたらすメカニズムと、それへの対処法(再成長に向けた打ち手)について整理したいと思います。
【参考文献】
- ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」
- 西村行功「システム・シンキング入門」
- バージニア・アンダーソンほか「システム・シンキング」
- 湊宣明「実践 システム・シンキング」
- アンドリュー・チェン「ネットワーク・エフェクト」
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