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第4回 停滞と再成長のシステム・ダイナミクス

スタートアップに訪れる「停滞」

創業から何の滞りもなく「強化型フィードバックループ」を回転させて指数関数的な成長を遂げるスタートアップは珍しく、多かれ少なかれ、どこかで打ち手を間違えることで停滞に直面し、それをうまく克服して成長していく企業が大多数なのではないでしょうか。

第4回では、停滞を生み出してしまうメカニズムと、それを予防・克服する手段はあるのかについて考えて行きたいと思います。

グロースを阻むメカニズム(5パターン)

① 環境容量

一般的には「成功の限界」と呼ばれるパターンですが、ここでは「環境容量」という言葉で整理させてください。「環境容量」の問題とは、成長が一定の「容量」や「限界」に達したときに現れる停滞を指します。スタートアップが市場やリソースの限界に達すると、成長の速度が減少し、停滞が始まります。

環境容量は、具体的には(a)デマンドサイドと(b)サプライサイドの二つの観点に区別できます。(a)デマンドサイドは、市場の飽和=市場規模の限界の観点です。ある特定の市場セグメントでの製品やサービスの需要が最大限に達し、新しい顧客を獲得する余地が少なくなります。他方で、(b)サプライサイドは、リソース調達の限界の観点です。 人材、資金、物的リソースなど、成長を支えるためのリソースが限界に達します。特に日本のスタートアップエコシステムでは、人材もさることながら、未上場企業への資金供給に一定の環境容量的な限界が存在したように(しているように)思えます。

スタートアップは、その成長スピードが早いからこそ、 環境容量がもたらすバランス型フィードバックループを察知し、それに適応するのが遅れてしまう可能性があります。また、魅力的な新興市場が存在することが認知されると、競合他社とのシェア争いやリソース獲得争いが激化し、成長余地が縮小する可能性もあります。その結果、新興企業の事業は、一般的にS字型の成長カーブを描きます。

『イノベーション能力成熟度モデル (Innovation Capability Maturity Model (ICMM))入門編』

次の成長に向けた手を打つまえにS字型の成長カーブの停滞に直面してしまう理由として考えられるのは、「環境容量」の存在を認識・自覚していないこと、および、 環境容量がもたらすバランス型フィードバックループが発動していることに気づくのが遅れることです。

まずは、環境容量を自覚することからはじめなければなりません。資金調達のためにTAMを大きく見せることは一定必要ですし、前回の記事で紹介したとおり、市場機会を大きく捉えることが自己予言効果にもつながるケースがあります。一方で、市場がどのあたりで飽和しそうなのかについて、経営陣自身として、冷徹・保守的な見立てを事前にもっておくことも、停滞を防ぐうえで非常に重要になります。そもそも、アーリーステージの環境容量は、TAMではなく、その時点でPMFが達成されている最小単位の顧客セグメント/ユースケースです。顧客セグメントごとにS字カーブを描きながら、次々とセグメントを拡張していく必要があります。セグメントの解像度が低いと、S字型の成長カーブの停滞に直面してしまいます。

また、成長指標をしっかりモニタリングしておくことで、事業が環境容量に近づいているか否かも察知しやすくなります。KGIにとどまらず、KPIや先行指標までモニタリングするのは、経営管理や目標達成のための意識づけの意味合いも強いですが、バランス型フィードバックループの発動を察知するためにも重要なのです。

環境容量に近づいていることが察知できたのであれば、打ち手は比較的シンプルです。デマンドサイドあるいはサプライサイドにおいて、異なる環境=新しいプールにリーチします。

デマンドサイドの打ち手としては、製品やサービスの多様化、顧客セグメントの拡大などがあります。 こういったエクスパンションの方法論については参考になるフレームワークや文献が無数にあるのでここでは取り扱いません。これは、言うは易く行うは難しで、環境容量に達しつつある事業の組織を縮小して、リスクの高いエクスパンションにリソースを寄せるという実行に難しさがあります。

サプライサイドの打ち手としては、例えば資金や人材などの調達先を国外に求めるというアプローチがありえます。現に、海外のグロース投資家から資金調達したり、社内公用語を英語で統一して獲得できる人材の母集団を広げるといった取り組みを行うスタートアップも少なくありません。デマンドサイドにおいては「次の市場を獲得するための仕込み」を意識することは一般的ですが、サプライサイドにおいても「次のリソース源」を意識して早期からタップしておくことも重要です。

なお、環境容量は外的な要素だけでなく、システムの内的な要素(=自分自身)の影響によっても変化するという点にも留意が必要です。自社がユニコーンとなることで、スタートアップの資金調達環境も盛り上がり、システムの環境容量が増加する(そしてさらに自社として資金調達が可能になる)という現象などがこれに該当するでしょう。自社として、どうすればエコシステムの増強をもたらすことができるかという高い視点も持ち合わせておきたいものです

どんな企業や組織も、市場、社会、さらには成長の限界を引き起こす物理的な環境の文脈のなかで成長している。自然の個体数の場合と同様、こうした限界は増えることもあれば減ることもある。この増減は外的な要因による場合もあるが、より重要なのは、組織がその顧客や競合他社、仕入先、規制当局など、システム内のさまざまな構成主体と相互に影響を及ぼし合うことによる内因性の増減だ。対象が生物種であれ組織であれ、環境容量をともに決定するさまざまな資源は、システムに内在する要素としてモデル化しなければならない。

ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」

② 問題のすりかえ

「問題のすりかえ」とは、一時的・対症療法的な解決策に頼ってしまい、本来の根本的な問題が解決されないまま、新たな問題に対処するためのリソースや注意が奪われ、長期的に問題が悪化するというパターンを指します。

「問題のすり替え」システム原型では、問題から生まれた症状を、対症療法的な解決策と根本的な解決策のどちらかの適用によって解決しようとする。このシステム原型では、多くの場合、問題の根本的な解決策よりも、問題の症状を容易に軽減することができる対症療法的な解決策が適用される。ひとたび対症療法的な解決策がとられると、問題の症状が多少なりとも解決され、より根本的な解決策を実施しようというニーズが低下する。対症療法的な解決策はさらに、根本的な解決策や必要な能力を向上させる力を徐々に低下させるという副作用をもたらす

バージニア・アンダーソン/ローレン・ジョンソン「システム・シンキング」

例えば、ソフトウェアに対してエンドユーザーからのクレームやそれに伴うチャーンが増加した際に、取り急ぎ、カスタマーサクセスという名のもとにクレーム対応や表面的かつアドホックな対応を行うことが「問題のすりかえ」です。短期的にはCSチームが頑張ってクレームに対処することでチャーンは減少するかもしれませんが、根本的なソフトウェアの問題を解決するところに注意やリソースが振り向けられない限り、時間が経つと、未解決の不具合が新たな問題を引き起こし、さらにクレーム対応に追われることになります。

上記は、わかりやすさのために極端なケースを掲載していますが、多かれ少なかれ、似たような事象はさまざまなスタートアップで起きているはずです。問題の根本には、「短期的な収益/結果の追求」をしてしまうことあります。特に資金調達を直近で控えているときなどは、「とりあえずチャーンレートを低く見せておきたい」といった具合に、短期的にKPIを改善したい欲求に駆られます。ある程度の短期志向も完全に否定するわけにはいきませんが、長期的な視点での健全な成長を考慮すると、注意深く取り組む必要があります。

③ 応急処置の失敗

「応急処置の失敗」は、一時的な問題の解決策が新たな問題を生むことで、本来の問題が解決されないまま、新たな問題に対処するためのリソースや注意が奪われるというパターンを指します。

「応急処置の失敗」と「問題のすり替え」は、両方とも短期的な対応が根本的な問題の解決を妨げるという点で似ていますが、「応急処置の失敗」は、短期的な対応が問題を悪化させるか、新たな問題を引き起こすことに焦点を当てています。一方で、「問題のすり替え」は、短期的な対応が表面的な問題を解消するものの、根本的な問題は解決されずに残ることに焦点を当てています。

応急処置が結果的に失敗へとつながるのは、応急処置策の中期的な影響が考慮されていないからです。こうした失敗が表面化したときに、再度同じような応急処置策で対処すると、さらに悪い結果を生むという悪循環が生まれてくることがあります。問題への対策と取った後、状況が一時的に良くなるものの、その後、好転と悪化を繰り返しつつ、悪い方向に向かっている場合には、こうした「応急処置の失敗」構造が隠れていないか疑ってみる必要があります。

西村行功「システム・シンキング入門」

キャンペーンを通じた価格の割引なども「応急処置の失敗」につながることがあります。新規顧客の獲得が鈍化してきた際に、製品やサービスの価格を大幅に割り引くキャンペーンを実施したとします。このとき、短期的には売上が増加するかもしれませんが、ブランド価値が低下し、また、割引を前提とする顧客層が増えるという新たな問題を引き起こす可能性があります。その結果、元来の正規価格で取引を希望する顧客が減少してしまい、グロースが鈍化し、さらにキャンペーンを打たないといけない状況に追い込まれる可能性があります。キャンペーンに次ぐキャンペーンに追われると、顧客セグメントの見直しや、製品やサービスの磨き込みといった本質的な活動にリソースを寄せることができなくなってしまいます。

その他にも、急速な成長を追求する中で、適切なスキルやカルチャーフィットを確認せずに「取り急ぎ大量の人材を採用」したりすることがあります。これにより、組織内のコミュニケーションや文化が乱れるという新たな問題を引き起こすケースがあります。また、一時的な資金繰りの問題を解決するために、長期的な契約や取引を不利な条件で結ぶことで、将来の利払いが重くなり一向にキャッシュフローがポジティブにならないという新たな問題が発生するケースなど、「応急処置の失敗」の事例は無数にあります。

「応急処置の失敗」に陥らないようにするには、問題を正しく定義することは大前提であるうえで、当該打ち手が時間差でもたらす影響(副作用)を想定し、先回りして対応策を打っておくことが重要です。

④ 漂流する目標

「漂流する目標」とは、目標が達成されるにつれてその目標が緩和または変更され、結果として組織のパフォーマンスや方向性がブレる現象を指します。

簡単にいうと、目標の下方修正が癖になってしまっている状態です。KPIやKGIの目標の修正にとどまらず、製品のリリーススケジュールなど、時間軸的な下方修正(=遅延)も、「漂流する目標」に含まれます。

「漂流する目標」システム原型では、目標と現状との間のギャップは2種類の方法で解決される。その2つの方法とは目標達成のための行動をとるか、目標を下げるかである。このシステム原型では、目標と現状との間のギャップがあるときには、多くの場合、そのギャップを縮めるために目標が引き下げられると考える。そのため時間が経つにつれ、目標が低下し、状況はしだいに悪化していく。

バージニア・アンダーソン/ローレン・ジョンソン「システム・シンキング」

もともと強気すぎた事業計画を、現実的な計画に修正することもあるかと思います。それ以外の原因としては、投資家やステークホルダーからの「形式的な目標達成」に対するプレッシャーにより、目標を変更することがありえます。最初から目標が明確でない場合、それを達成する過程で目標がブレやすくなる傾向もあります。

高い目標を掲げると、当然現状とのギャップが大きくなります。このギャップを埋めるのが経営・事業活動になるわけですが、成果が出るまでには時間的な遅れがあります。この時間的な遅れを考慮せず、「頑張っても意味がない」「目標自体が高すぎた」として、目標自体を引き下げてしまう点に「漂流する目標」の根本的な原因があります。対策としては、成果が出るまでの時間的な遅れを考慮するという点が重要になります。

⑤ 成長と投資不足

「成長と投資不足」は、スタートアップの成長に伴うリソース増強へのニーズや要求が増加していく一方で、必要なリソースや投資がそれに追いつかずに不足していると、成長が妨げられることを示しています。

「成長と投資不足」システム原型は、成長が一旦限界に近づくが、そこで投資を行えば限界を克服できるような場合にあてはまる。しかし、システムが限界を超えて目標と成果の間のギャップが広がり始めると、目標レベルを下げることによってギャップを縮めようとすることになる。それによって、成果を向上させるためには能力が必要であるとの認識が失われ、能力増強のための投資が行われなくなる。能力が増加せず需要に対応できないことから成果が悪化することとなり、時間が経つにつれ状況は悪化していく。また、投資の必要性の認識から実際の投資までの間と、実際に投資が行われてから実際に能力が増強されるまでの間には、それぞれ遅れが存在する。この遅れのために、投資の必要性の認識から実際の能力の増強までに長い時間がかかることから、それらの出来事の因果関係が認識しにくく、投資不足が正当化されるような結果も同時にもたらす。

バージニア・アンダーソン/ローレン・ジョンソン「システム・シンキング」

例えば、事業の拡大に伴い、十分な人材を採用・教育する投資が行われず、既存のスタッフに過度な負担がかかるケースなどがわかりやすいでしょう。スタートアップはレベルの高い人材を必要とするので、採用にも、育成にも、それなりの時間がかかり、スタートアップとしての能力増強には遅れが生じます。その間に、競合会社にシェアを奪われたりした場合には、自社にとっての成長余白が減っているいるという事態になりかねません。一方で、拙速に採用を進めて「応急処置の失敗」に陥らないようにする必要もあります。

(スタートアップに限らずですが)経営陣は、常に、2~3手先を想定しながら意思決定と投資を行っていくことが重要です。経営陣は常に中期目線での経営意思決定を行い、年度単位や四半期単位については現場責任者や事業部単位に任せるべきといわれるのは、このためです。

再成長に向けたマインドセット

課題/打ち手を俯瞰的・構造に把握する

スタートアップの成長の停滞や問題は、表面的な現象やKGIの変動だけからは原因がわからず、システム全体としての状況、その背後にある構造やパターンにまで遡って分析する必要があるケースも少なくありません。ここで紹介した成長阻害パターンを物差しにしながら、問題の根本原因を特定し、適切な対策を講じるべきです。

「副作用」や「時間的遅れ」を認識し、対処する

そして、多くの成長阻害パターンの元凶となっているのが、①よかれと思った打ち手により逆効果な副作用が生まれる、②打ち手の効果が(良いものも悪いものも)時間差をもって訪れる(そして我々はそれを認識しにくい)、という点です。

この作用や遅れを認識せずに短期的な対応を繰り返すと、長期的な問題や別の問題を引き起こす可能性があるわけです。副作用・時間差というキーワードを常に念頭において、打ち手の検証やKPIの設計を行う必要があります。

組織文化の構築

「副作用」や「時間的遅れ」を認識するのは経営陣だけでは足りません。それを実行する組織全体が、システム・ダイナミクスを体現する行動準則をつくる必要があります。短期的な収益追求の誘惑に対するリスクを理解し、一過性の打ち手から副作用が生じる可能性に注意を払い、それを避けるための組織文化を築くことが必要です。

ステークホルダーとの関係構築

ステークホルダーからのフィードバックやコメントも、大いに経営に影響を与えます。短期的な収益や結果ではなく、スタートアップのビジョンやミッションを共有し、長期的かつ本質的な成長にコミットしてくれる投資家・社外取締役・アドバイザーをのリレーションを強化することも重要だと思われます。

連載「スタートアップのためのシステム・ダイナミクス」
第1回:スタートアップ・システム・ダイナミクスとは
第2回:グロースのシステム・ダイナミクス①
第3回:グロースのシステム・ダイナミクス②
第4回:停滞と再成長のシステム・ダイナミクス
第5回:経営会議のシステム・ダイナミクス
第6回:PDCAのシステム・ダイナミクス

【参考文献】
- ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」
- 西村行功「システム・シンキング入門」
- バージニア・アンダーソンほか「システム・シンキング」
- 湊宣明「実践 システム・シンキング」

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