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ショートショート:ターミナル

はじまりもこの場所だった。
改札の手前で立ち止まり、電車の時刻を確かめる。
ふと息をついたらかすかに白かった。
そういえばあれは暖かい春の夜だったと、懐かしさがこみ上げてくる。

*********
あの日の夜、僕らは二人並んで歩いていた。たまに吹く風が少し肌寒いけれどそれも心地良い。他愛もない話をしながら、あんまり変に思われない程度にゆっくりと歩いた。少しでも長くこの時間が続くように。

駅の明かりが見えてくると、終電が近いのだろう、皆が足早に改札に向かっている。ちらっと横目で君を見たけど、いたっていつも通りの横顔だった。

その時僕は次の言葉をずっと探していたんだ。
(終電もうないみたい、どうしようか。)
(…いや、そんな柄じゃないだろ。ていうかまだ間に合うし。)

正解がみつからないまま駅についた。改札の手前で立ち止まり、一息ついて、じゃあまた…と言いかけたその時、

「ねえ、私、きれいな桜が見れる場所知ってるんだ」

(…桜って、え、いや、なんのこと?)
困惑する僕に君はいたずらっぽい笑顔を向けて、そのまま反対方向に歩き出した。呆然とその後姿を眺めていたら、君が振り返って言ったんだ。

「ほら、行こう」

そのあとのことは夢みたいだった。いや覚えてるんだけど、あまりにも美しくて夢を見ていたみたいなんだ。
誰もいない公園でコンビニのコーヒーを飲んだ。
街灯に照らされた桜がやけに明るかった。
君はずっと笑っていた。

空が白み始めた頃、空のカップを片手に僕らは静かな街を歩いた。街が、人が、目覚めていく息遣いを感じる。数時間ぶりに駅に戻った僕らは一緒に電車に乗り込んだ。
*********

「行こうか」
君の声で我に返った。改札を抜けてホームに着くと、終電間近で急いでいる人や名残惜しそうに話している人達で結構混んでいた。

これで終わり、だから最後くらいは言わなくちゃと思ったけど、やっと出てきた言葉はたった二言。
"元気で、ありがとね”
君はうなずき、そして微笑んだあと、電車に向かって歩いていった。

声震えてなかったかな。
君の目が光っているように見えたのは気のせいだろうか。
そんなことを考えながら、見送った背中のあとを眺めていた。

どのくらいそうしていたのだろう、到着した最終電車に僕は乗り込んだ。


-あとがき-
Ayaseさんの楽曲『夜撫でるメノウ』からアンサーソングならぬ、アンサーノベル(的なもの)を勝手に作らせていただきました。
あなたはこの曲からどんな風景が浮かびますか?

私には、男女二人の会話が聞こえてきます。
「あの時、ああだったよね」
「そんなこともあったね」
「あの時こう思ってたんだよ」
「そうなの、知らなかった」
結末はもう決まっていて、終わりがくるまでのあとほんの少し。
最後にお互い気持ちを整理する時間。
切なくも穏やかな空気を感じます。

男性はいつも控えめで想いをなかなか言葉にできない性格かな。

終電はもうないよ これからどうしようかなんて
迷い込みたいな二人で

ありがとうの言葉とごめんねと 
上手く伝えられなかったから
こんな結末を迎えたのなら「ごめんね」遅すぎたね

女性は、そんな男性の心の内を知ったうえで自然に一歩前を歩いている。

終点なんてないの
明日のことなんて ほら 今は考えないでよね

出逢わなければ なんて そんなの思っていないよ
だから笑って、笑ってよね

二人の未来を思い描いていた頃があったのに、
気付いた時にはうまくいかなくなっていたことが悲しい。
これまでの日常が明日からなくなってしまうのも現実味がない。
それでも決めた、終わりにするのは自分たちだ。

あの頃は子供だったねと割り切るには
傷付きすぎたよね
思い出の中に溺れる前に この場所でさよなら

曲が進んでいく4分間で二人の気持ちが徐々に固まっていくのがとてつもなく痛くて、歌詞は心に深く刺さる言葉ばかりです。

二人の最後の夜を想像して物語にしました。
曲とあわせて楽しんでいただけましたら幸いです。
(Ayaseさんのself coverがとても良いです)

2024年4月
nolan

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