近江富士に登る

三上山、と言う山をご存知だろうか。別名は近江富士。近江南部の平野で四方をぐるりと見渡すと、ポツンと一つ、整った三角の形をした山がある事に気付く。聳え立つ、と表現をする程背の高い山ではない。だが、他の山々と比べてやや平野に突き出して立っているせいか、他の山程遠くの距離にあるとは思えず、事実としてとても目立つ。少し足を伸ばせば気軽に近付ける様な気がして、毎日眺めている内に、いつの間にかこの三上山が馴染みの山になっている近江人は多いのではなかろうか。この綺麗な三角形の山に親しみを込めて、近江富士、と呼ぶ近江人が多かったのは納得だろう。

そんな山へまた登ろうと、前田君が言い出した。去年にも酒井君を含めた三人で一緒にこの山を登ったので、また、なのだが、どうやら前田君はこの山を登るのが好きらしい。確かに、先程述べた様に標高は然程高くはなく、振り返っても登るのに要した時間は1時間半ぐらいなものなのだが、そこはやはり山であり、当然の様に登山道は平坦ではなく、終盤にはそれなりに急な斜面もあったりして、短時間で歯応えのある登山を体験出来る事から、この登山が好きになる気持ちも理解出来る。そして、今日は実際に三人で登山へ行った。

この日記を日々閲覧してくれている方ならばある程度存じていると思うが、私は歩くのが大の趣味である。その気になれば23時間をかけて86km程歩く。それ程ではなくとも、25km程であれば気軽に歩きに行く。そんな嗜好を持っている為、足はそれなりに強いと自負している。しかしこの登山と云う運動となれば、足の強さはあまり関係が無くて、寧ろ肺活量が大切になって来る。私は肺活量には自信が無いから、平地を歩くのではなく斜面を登ってゆくと云う運動は、正直堪える。息が上がる。情けない程である。終盤は何度も岩の斜面に腰を下ろし、もうこのままここに根っこでも張ってしまおうかと何度も思った。挙げ句の果てに今日は道中で水分を摂取しすぎた影響か、その息が上がっている終盤、腹痛まで抱える羽目になり、前田君と酒井君がひょいひょいと岩を登ってゆく傍らで、随分と不安に包まれた登山になった。

とは言えやはりこの様にして身体を動かすと、今まで見えなかったものが見える様になってくる。私はいくつかの問題に悩まされているが、その問題の内の一つから逃れる為の、新たな精神の置き場所が見付かった。この場所に精神を置いておけば、或いはこの問題もなんとかやり過ごせると思う様になった。思えば昨夜等は辛い時間であったが、今夜は安心をしてゲームに取り組めそうだ。基本的には自堕落な生活をしている私であるが、この秋、冬、は、積極的に身体を動かしていきたい。登山はそう簡単には出来ないが、例えば散歩の頻度を上げるとか、そう云う事をすれば面白そうだ。

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