見出し画像

百人一首復習ノート:現代語訳、英訳、解釈とその感想(八一、八二)

普段、現代語で短歌を詠んでいるのであって、文語に親しみたいわけでも、文語で短歌を詠みたいわけでもない。けど、永く日本人の体に染みついたリズムで、教養ある人が一度は親しんだ(無理やり覚えさせられた)歌に接することには、意味があることかもしれない。

教養としてではなく、自分の作歌の養分と作歌のテクニックという実利を期待して、いまさらながら百人一首を復習してみようと思う。情報は、手元にあった百人一首の本三冊から(『百人一首がよくわかる(橋本治)』『英語で読む百人一首(ピーター・J・マクミラン)』『百人一首 (平凡社カラー新書)(馬場 あき子)』)。

だいたい週一回、まとめている。一つのnoteには、2首ずつ取り上げる。2首ずつ取り上げる理由は、百人一首が、二人ずつのペアが50組あるという作りだから。どうせなら意味のあるペアの形でインプットしたい。歌をまとめて取り上げる作業は、連作を作るアイデアにもなるかもしれない。

八一.後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)

ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば
ただ有明の 月ぞのこれる

(ほととぎす なきつるかたを ながむれば
 ただありあけの つきぞのこれる)

現代語訳

ほととぎす 鳴いてた方を 眺めれば
ただ有明の 月があるだけ

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

I look out to where
the little cuckoo called,
but all that is left to see
is the pale moon
in the sky of dawn.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

cuck・oo / kúːkuː(米国英語), ˈkʌˌku:(英国英語)/カッコウ、カッコウの鳴き声、クックー、まぬけ、ばか者
pale / péɪl(米国英語), peɪl(英国英語)/青白い、青ざめた、(色が)薄い、薄い色の、弱い、薄暗い、活気のない

解釈

思いがけずほととぎすを聞いた明け方の思いが、その明けゆく空の水浅黄の空間に、やわらかに、どこまでも広がってゆくような余韻がある。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 夏の初めの頃、ほととぎすの声が聞こえます。夜中をすぎて、もう夜明けも間近です。声のしたほうに目を向けて、ほととぎすの影を探します。なにも見えません。声もしません。その代わり、明け方の空にぼんやりと輝く、細い有明の月があります。いつの間にか気配は消えて、沈黙だけが輝いているという、そんな寂しい心象風景でもあります。

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

あるべきものがそこにない。でも、そこに思いがけないものを見る。というシチュエーションは、転用できそう。

八二.道因法師(どういんほうし)

思ひわび さても命は あるものを
憂きにたへぬは 涙なりけり

(おもいわび さてもいのちは あるものを
 うきにたえぬは なみだなりけり)

現代語訳

苦悩して それでも生きては いるけれど
つらさで出るのは 涙なんだな

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

英訳

I somehow live on,
enduring this harsh love,
yet my tears--
unable to bear their pain--
cannot help but flow.

『英語で読む百人一首』©2017 ピーター・J・マクミラン /文藝春秋

some・how / sˈʌmhὰʊ(米国英語)/何とかして、どうにかして、何とかかんとか、ともかくも、どういうわけか、なぜか、どうも
live on / 生き続ける
en・dúr・ing /‐d(j)ˈʊ(ə)rɪŋ(米国英語), eˈndjʊrɪŋ(英国英語)/永続する、永久的な
harsh / hάɚʃ(米国英語), hάːʃ(英国英語)/耳障りな、不快な、どぎつい、ざらざらした、荒い、厳しい、苛酷(かこく)な、残酷な、無情な、とげとげしい

解釈

 道因の歌への執心は異常なものがあった。住吉社への徒歩詣を八十歳の老齢に及ぶまでつづけていたともいわれる。この歌は、死ぬべき恋にからくも堪えている肉体と、堪えている肉体と、堪えきれぬ涙を対比させつつ、情のかなしみにその心をみせている。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』©1978 馬場あき子/平凡社

 この歌は、本当は「恋の歌」です。和歌の中で「思ふ」が出て来たら、それはたいてい「恋人のことを思う」です。だから、この歌の「思ひわび」は、「つれない恋人のことを思って嘆き泣く」です。道因法師は藤原氏の傍流に生まれて、そんなに出世出来ないまま出家しました。坊主であって歌人で、歌人であることに一生懸命だったから、坊さんのくせに恋の歌を詠んだんでしょう。嘆いて泣いても恋はうまくいかない――それも立場上しかたのないことです。出来ないことを思って泣く――それで生きてはいるけれど、やはり涙はつらい。そういう歌ですが、「恋の歌」なんかにしないで、はっきり「生きるつらさの歌」にしてもいいと思うんですけどね。 

『百人一首がよくわかる』©2016 橋本治/講談社

感想

「恋」というテーマも大きいけれど、「人生」はそれよりもっと大きい。あるテーマをもっと大きいテーマのように見る、というのはおもしろい。SNSでバズる主語を大きくする、ということをもっと上品にやる感じだろうか。

※引用図書の紹介

『百人一首がよくわかる』

国語の教科書にあるような、文法的に正しい訳ではなく、短歌の長さ程度の軽妙な日本語訳と、短い解説書。

『英語で読む百人一首』

百人一首の英訳。古語や現代語訳より、歌の情景が浮かぶものも多い。

『百人一首 (平凡社カラー新書)』

馬場あき子先生の著作。ただし、教養としての解説であって、歌の解釈は短め。

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。