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彼女の朗読

夢から目覚めた時、胸の奥からこみ上げる懐かしさに見舞われ、
しばらくぼんやりする事があります。

人それぞれ、過去に連れて行かれる きっかけと言うものがあると思うのですが、それは香りであったり音楽であったり雪であったりと、様々であろうかと思います。
ぼくは トタン屋根を叩く雨音や、時おり吹く風に パタン…パタン…と、音を
奏でるトタン、それから夜中に遠くで低く吠える犬の声なんかにも、突如と
して過去に連れて行かれる事があります。
あぁ、トタン絡みが多いですね。 好きなんでしょうかね、トタン♪

ほんの 一場面の夢でも、目覚めた時に その頃の懐かしい場面が次から次へと思い起こされます。
野風、どうやらまた、変なスイッチが入っていますね(笑)



何となくつきあい始めた彼女は、ふらっと訪ねて来ては、
何日も僕のおんぼろアパートで過ごす事もあった。
そんな彼女がある日、焼いたメザシをつつきながら「あなたは、考えるよりも先に行動するよね」と言った。
ぼくは「ん~ そうかなぁ~」と言いながらも「たしかに…」という自覚も
少なからずあった。
当時の僕は、その時の彼女の雰囲気から、それを どちらかと言うと褒め言葉だと受けとめていたが、年月が過ぎるとともにだんだんと首を傾げるようになり、たっぷりの時が過ぎた今では、あれは 猪突直情型の僕を諫めるための言葉だったのではないか、と思うようになってきた。

ところで今「あなたは……するよね」と書いたが、よく考えると僕は、彼女に何と呼ばれていたのか 少しも思い出せない。
記憶の袋をひっくり返し振り回してみても、ちっとも出てこない。
上の名だろうか下の名だろうか、それとも「あなた」か、はたまた「あんた」だろうか。   あぁ…… 「ねぇ」だけだったかもしれない。
まさか「おい」ではなかっただろう(笑)
いや待てよ… (゜゜)
ごみ箱の事で楽しくケンカした時「おい」と言われたような…( ̄  ̄;) 

彼女は頭が良く、しっかり者だった。
もしもあのまま一緒にいたら、僕はどんな道を歩いてきたのだろう。

彼女と会う事もなくなってからしばらくした頃、友人の結婚式場で
ぼくは 彼女を見かけた。 が…、言葉を交わす事は なかった。

その彼女が、友人として花嫁の言葉を朗読した。
それは、彼女の言葉ではないにもかかわらず、とても心を打つもので、
僕は こっそりと涙ぐんだ。
いったい今まで僕は、彼女の何を見て何を知っていたのだろう。

もう かなり前の風の便りだが、彼女は結婚して子供もいるという。
今この時も、 彼女がこの上なく幸せである事を
僕は心の底から願っている。

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