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せんせーの特別になりたい!

「っ…うっ……ひっく…」




涙が止まらない。



真っ暗な中、小さな電灯の光しかないホームでひとり、しゃがみこんでいた。



なんでこんなに涙が溢れてくるのか、なんで泣いてるのか、もうわからなかった。




けど確かに心にあるのは、あなたの温もりと、優しさだった。



あなたがくれた、たくさんの温かいものがありすぎて、苦しい。



もう、戻れないのに。あの頃には、戻れないのに…



諦めた、はずなのに……



どうしてこんなにあなたを求めているんだろう。



足の肌に当たる、冷たい風が痛い。


もうすっかり冷え切っていて、心まで凍りそうだった。




人が一人もいない。あるのは、ホームの電子版の明かりと、自販機の明かりくらいだった。



地面に次々と涙が落ち、その跡が広がっていく。



あたしは、手に持っていたちょっぴりしわくちゃになった、桜色のお守りを握りしめた。



「…先生…」




本当は、素直になりたかった。


先生の元にいたかった。


例え、叶わなかったとしても、先生の近くにいたかった。



どうして、あたしは……



こんなに不器用なんだろう。こんなに、弱いんだろう。



自分が嫌いになっていく。


そんな自分もいやだ。

私はどこで…道を間違えたんだろ…










「今日は、三角関数についてやっていきます。
最初は覚えること多いから、今日はノート多く書くよー」




”えーー”っていうブーイング。


あたしはその中で、ノートに日付も単元タイトルも書き終わって、準備ばっちりだった。




1年生の1月。

冬休み明け最初の登校日だったのこの日は、ほとんどの人が面倒くさそうに授業を受けてた。



口を開けば、”早く帰りたいー”とか”授業受けたくないー”とか言ってる。




「…美波ー、なんであんたはそんなに元気なのよ」

溜息をつきながら隣の席の蓮加が言う。



「だって明日彩ちゃんが遊びにくるんだもん」

「彩ちゃんって、美波のいとこの子だっけ?」

「うん!ちょーぜつ可愛いの♡明日が待ち遠しい」

「いいなぁ〜蓮加も会いたい!」

「ダメですぅ〜」


「ねぇ!わたしの代わりにノートとってよ!」



「嫌だよ!ちゃんと自分でとってくださいー」



すると先生が話始め、教室内は静かになった。


ふっふっふ……ようやく冬休みが明けたよ…ようやく授業だよ…


しかも、今年の最初の授業は数学!

やばい!いい年になりそう!!



周りからしてみれば、頭おかしいんじゃないの?って思うことを考えてる奴がひとり。


まぁ、別に数学って教科が特別好きってわけじゃないんだよ…



じゃなくて……



〇〇先生。数学担当で、うちのクラスの副担任でもある。


先生に会えるから!話せるから!


だから、毎週数学の授業のある日はうきうきしてる。


先生が黒板に書いたことはもちろん、言ったこともちゃんとメモするし。


…まあ、単に勉強を頑張りたいからってのもあるけどね。


あたしは塾なんて行ってないし、だから質問とかは学校でするから、自然と放課後に先生と話せるんだ。


あたし、もともと数学あんまり好きじゃないから、特に質問が多い教科。だから、先生とたくさん話せてラッキーなんだよね。



なんだかんだで授業が終わり、あたしは先生に近づいた。



「先生ー、年越しは1人だった?」


ふざけてる雰囲気で先生に話しかけた。



先生は腕組をして、あたしの方を向いた。



「友達といたよ。別に1人でも良かったんだけどね。」


「一人ぼっちで年越し?だから、早くお嫁さん見つけた方がいいのにー」


「うるさい。余計なお世話だ。べつに1人でもいいんだよ。」



そう言いながら笑ってる。

あたしも自然と笑顔だった。

先生と話してる時、すごく楽しい。


こういう何気ない会話が楽しくて…。


「美波!先生がどうしたのー?」


後ろから来た蓮加がにやにやしながら言う。


「先生、一人ぼっちの年越しだってー」


「嘘!ほんと?うわー、寂しすぎる…」



「お前ら俺を勝手に1人にするな!」



そう言って、3人でわいわい話してた。


そんな休み時間が過ぎて、放課後になった頃には、もうみんか疲れ果てていた。


冬休み明け初っ端から6時間授業はそうとうきたらしい。



「ねぇねぇ!この後遊び行かない?カラオケとか!」


終礼が終わった直後、蓮加が飛んできた。



うーん、遊び…行きたいけど…


すると、蓮加はあたしの手元をじっと見た。


そして、目を丸くして、


「え…マジ!あんた、新学期初日から居残り勉強するの…!?」




あたしの手元には、数学のノートと教科書。



い、居残り勉強って…言い方…


あたしは首を振った。


「違うって、ちょっと質問したいのよ。明日も2時間数学あるから…」



蓮加は頭を抱えて首を振った。


「あーやめてやめて!せっかく今日授業終わったのに…

真面目かよ!!…って、あんたはマジの真面目だったわ。」




…ちょっと、その人をあわれむような目、やめて…



「とにかく、今日のわかんないことは今日のうちに解決しとかないと、明日置いてかれるからさ。
あたし、バカだし…」



蓮加が腕を組んでほっぺを膨らます。


「美波がバカだって言ったら、わたしはどうなるのよ…

わかった。じゃあ今度の土曜遊びに行くよ!」



「ふふ、了解!」


蓮加と別れ、カバンを持って職員室前に言った。




自習室に入ると、カバンから数学のノートと問題集を取り出し、職員室に向かった。



先生、いるかなぁ……


職員室前でドアのガラスから中を覗いてると、後ろからパコっと何かで叩かれた。



「いっ…たぁ…。
え、あ、先生?」


そこに居たのは、くるっと丸めたカレンダーを片手に持つ〇〇先生だった。



「なにやってんの?不審者みたいに。」




あたしの心臓がキュッとはりつめた。



「だ、誰が不審者ですか!
先生を探してたんです!」


先生はわざとらしくため息をつく。



「なーんだよ、遊びに行かねーの?」


そう言うと、帰り際の蓮加たちの方を見た。



え…?

あたしが首を傾げる。


「あいつに誘われてたじゃん。」



な、なんで知ってるの!


「…今日は勉強の日なんです。
先生、ストーカーだったんですか。」




「こっちのセリフだ。
もう、毎日毎日呼び出しやがってー」



どこか満更でもない先生が近くのイスを引いて面倒くさそうに座る。


あたしもそれに続いてイスに座った。



…先生の隣に。




「私はストーカーじゃありません。
ただの真面目な生徒ですから。」



そう言ってノートを開く。



「いやただのストーカーだね。真面目じゃねーだろー。
質問と呼び出しては、半分くらい余計な話してんだろ。」



笑いながら言う先生は楽しげだった。


「それは完全に先生のせいでしょ!
私はちゃんと質問してるのに、先生がどんどん話ずらしてくる…」



実は、それが目的だったりする。


先生は頭の後ろに腕を組み、ぐーっと伸びをした。





「…だったら、今日から俺、真面目に質問受けるわ。余計な話しないー。」




…え。

とっさに先生の顔を見上げると、面白そうにニヤついた大人気ない顔があった。




「…先生がそんなことできるわけないです。」



あたしが強気で言い返すと、先生はふっと笑った。



「完全にバカにしてんだろ。俺の事なんだと思ってんだ、まったく。」



そう腕組みしてあたしのノートをのぞいた。




あたしのノートは、分からなかった問題に黄色のマーカーで丸く囲ってある。



先生もそんなあたしのノートを見るのは何十回目なので、慣れたもん。



「いいのかぁー?俺が雑談しなくなるとただの教員だぞ。」



その言葉に思わず笑った。


「じゃあ普段は教員じゃないんですか?」


先生は視線をノートからあたしに写すと、ドヤ顔で言う。




「俺は教員である前に1人の人間だからな。
…ま、学校では先生モードだから変わらねぇか。」


そう1人でぶつくさ言う。




…普段の私生活の先生と、学校での先生、どう違うんだろう。


きっと、仕事とプライベートではなにか違うはず。



「先生モード?」



あたしが呟くと、先生は頷く。


「教員ってのは仕事だし…。
仕事と私生活はわけてんの。」



あっさりそう答える先生に、なぜか心がキュッと縮んだ。


「へぇ。」



あたしはペンを回しながら、解こうともしない問題を見つめる。



「じゃあ、生徒と話すことも、相談に乗ることも、雑談することも仕事?」



限りなく無意識に近い言葉だった。


こんなことを言い放ったあたし自身がびっくりしてるわけで。




先生は首を傾げると、足を組んだ。



「まぁ、教員である時間にやってることは全部仕事かなぁ…

あ、仕事っても、話してる時は普通に楽しいけとどねー。」



…けど、仕事だからっていうののそれ以上でもそれ以下でもないってこと…?



「へぇ。」



あたしの答えに、先生は首を傾げる。


「…ちょ、さっきから自分から聞いてきて何その適当な返事…関係ないこと言ってないで、さっさと解きな?」


「そそのかされた」

「おまっ、勉強しに来たんだろ!早くやれって」

「えー先生、ここ教えてください」

「ここは〜三角関数の公式を2つ組み合わせたらできるだろ」

「なるほど〜」

「このくらい自分で考えろバカ」

「バカなので出来ないですぅ」

「そうだな、俺も仕事あるからまたわからなくなったら聞きに来いよー」

「ひどーい!バカなの否定してくださいよお!」

「だって、お前前回のテストで赤点だったじゃないか」

「うー否定できない」

「まぁ、努力は認めるから残りの宿題頑張れよー」


そう言って、先生は自分の机に戻っていった。



4月 2年生になった1日目

蓮加が私のところに走ってきた。

「ねぇ、〇〇先生違う学校に行ったらしいよ!!」

「えー😱ウソっ!」


私は一瞬で膝が崩れた。

「せんせー…」


始業式

校長「〇〇先生は今年から櫻高校に異動となりました。」


私は…もう。 先生と会えないのかなぁ



私はいつものクセで職員室に〇〇先生を探しに行った。

 いなかった…


私は、自習室で思う存分泣いた。


「っ…うっ……ひっく…」


涙が止まらない。





いつまで泣いていたのかは分からない。

用務員の人に

「もう時間だから帰りな」

そう言われるまでは…



私は軽く頷いて、たった1人で真っ暗の中最寄りの駅まで歩いた。






小さな電灯の光しかないホームのベンチでひとり、しゃがみこんでいた。


「っ…うっ……ひっく…」


また涙が出てきた。



なんでこんなに涙が溢れてくるのか、なんで泣いてるのか、もうわからなかった。




けど確かに心にあるのは、あなたの温もりと、優しさだった。



あなたがくれた、たくさんの温かいものがありすぎて、苦しい。



もう、戻れないのに。あの頃には、戻れないのに…



諦めた、はずなのに……



どうしてこんなにあなたを求めているんだろう。



足の肌に当たる、冷たい風が痛い。


もうすっかり冷え切っていて、心まで凍りそうだった。




人が一人もいない。あるのは、ホームの電子版の明かりと、自販機の明かりくらいだった。



地面に次々と涙が落ち、その跡が広がっていく。



あたしは、手に持っていたちょっぴりしわくちゃになった、桜色のお守りを握りしめた。



「…先生…」




本当は、素直になりたかった。


先生の元にいたかった。


例え、叶わなかったとしても、先生の近くにいたかった。



どうして、あたしは……



こんなに不器用なんだろう。こんなに、弱いんだろう。



自分が嫌いになっていく。


そんな自分もいやだ。

私はどこで…道を間違えたんだろ…


そんなことを考えていたらいつの間にか終電になっていた。

「あっ、次の電車に乗らなきゃ」


アナウンス『こちら、本日最終列車です。』


電車が来た。


プシュー

電車のドアが開く。

1人の男性の姿が見えた。



〇〇先生だった。


「先生!」


「お前この時間まで何してるの!」

怒り気味に言われた。

「…」

アナウンス『ドアが閉まりますご注意下さい』


プシュー

「梅澤!家どーするんだ?」

「帰れなくなりました」

「はぁー異動してもお前の面倒みると思わんかったよ」

「ついて来い、家泊まらせてやるから!」

「えっ」

「1人野宿するつもりか?JKが」

「だって」

「ん?今はプライベートだぞ!俺が何してもいいだろ!」
「お前みたいな可愛い子が連れさられたらどーするつもりだ!」

「…はい」

「さっさと来い!」

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