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フンザのお酒事情

 ムスリムの国パキスタンにあって、フンザでは珍しく、地元の人とお酒を飲むことができる。といっても、居酒屋があったり、お店でおおっぴらにお酒が売っているわけではない。こっそり、どぶろくを作っている人がいて、その人から水やコーラなどのペットボトルに入ったそれを、買ったり分けてもらったりする。そして、夜な夜な、家や畑や森の中、崖の上なんかで酒盛りをするのだ。
どぶろくは、「フンザウォーター」「フンザパニ」「スピリチュアルウォーター」「フンザワイン」などと呼ばれているが、原材料や作り方に決まりがあるわけではない。僕が飲んだことのあるのは、桑の実の蒸留酒、マンゴーの蒸留酒、ハチミツとベリーの醸造酒(ミード)、ぶどうのワインなど。蒸留酒は40度くらいはある強い酒で、ネパールで飲んだロキシーに似ていた。アルコールが強くて、味はあまりしない。だから、地元の人はジュースで割って飲んでいる。日本の焼酎はアルコール度数が強い上に、しっかりと甘味や風味があるからすごいな、と思う。一方、醸造酒はミードもワインもおいしかった。僕が飲んだワインは、薄い琥珀色で黒い澱が浮いていて、イマイチな見た目とは裏腹にしっかりとした渋みと、ワインの風味があった。 
パキスタンのほかの地域では、高い階級の軍人やお金持ち、一部のキリスト教徒を別として、普通のイスラム教徒の一般人がお酒を飲むことはほぼない。しかし、フンザでは、老人も若者も、男性はみんなお酒が大好きだ(女性はほとんど飲まない)。カフェの前の通りでも夜中、酔いつぶれて眠っている人がいたりする。
フンザの人たちがお酒を飲む理由の説明として、彼らが、イスラムの中でもイスマイール派という戒律のゆるい宗教に属しているから、と聞いたことがあるけど、どうなんだろう?たしかに、彼らは断食もしないから、他の宗派と比べて戒律がゆるく見えるけど、逆に、「断食もせずお酒も飲むから彼らは戒律が緩い」、と思われているんじゃないかという気もする。
どぶろくを作っている人がいる、と上に書いたけど、このどぶろく作りは、結構なリスクが伴う。あまり大っぴらにやると、当局から摘発され、刑務所送りになるそうだ。だから、どぶろくを作っていても、ふつうは決して人には言わない。本当に信頼できる親戚や友達にしか売らないのだ。ただし、アルチット村には一人、刑務所送りも厭わないどぶろく職人がいて、彼は突然訪ねてきた一見さんにもお酒を売ってくれるらしい。その代わり、彼は毎年摘発され、ギルギットの刑務所に数週間、「お務め」をしにいっているそうだ。
日本みたいにすごく簡単にお酒が買えるわけではないので、ぼくも自分で酒造りを始めた。とりあえず、最も簡単といわれる、ハチミツ酒を仕込んでみた。ハチミツはとてもおいしいものが手に入るので、それを1に対して3の水を混ぜておくだけ。現在、仕込んでから3週間ほどたったが、少しずつアルコールが感じられるようになった。たぶん3,4%くらいだけど。僕は外国人なので、時々、知らない人から、「お酒を持っていないか?」と聞かれることがある。そういう時は、上のハチミツ酒の作り方を教えてあげるようにしている。
イスラマバードに住んでいた時は、パキスタン人とお酒を飲むことなんてそうそうなかったから、フンザに来て、地元の人とお酒が飲めるっていうのは、楽しいなとしみじみ感じている。将来、この地域でお酒が全面解禁され、のどかカフェを居酒屋にできたらいいな、と毎回お酒を飲むたびに思う。

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