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侠客鬼瓦興業70話「西条と追島さん」

川崎でも有名な高級ソープランド、ハメリカンナイト、そのピンクの建物の入口で僕はめぐみちゃんの手を握ったまま固まっていた。
「やっぱりそうだわ、あなたたちよね」
ハメリカンナイトの入口から再び僕たちに向けて大きな声が響いてきた。
「・・・うぐ!」
(声の主は・・・、まさか、マ、マライアさん?はたまた昨日出会ったソープ嬢のお姉さん達?まずい昨夜のことが、めぐみちゃんに・・・)
最大のピンチを肌で感じた僕は、その声に振り返ることができなかった。

「まー、何で知らん振りしてるの、ひどいわー!」
声の主は僕の気も知らず、ずかずかと音を立てて背後に近付いてきた。そしていきなり僕の体をすさまじい怪力で抱きしめて来た。
グサッ!
「ぐわ!?」
僕の背中に、なにやら鋭利な物体が突き刺さった。
「痛たたー!な、なんだこのとがった物体はー!?」
「もーう!私がせっかく愛の抱擁をしてるのに痛いだなんて、ひどいじゃないのー、ヨッチーちゃんったらーん!」
「え?ヨッチーちゃん!?」
僕は目をまん丸にしながら振り返った。
そこには紫の角ガリヘアーにホームベースのような顔で笑っている女衒の栄二さんが・・・、そして僕に突き刺さったとがった物体、それは栄ちゃんの巨大なえらだったのだ。

「あー!栄二さんだったんですか!はあ~、よかったー」
僕は声の主がマライアさんでなかった喜びから、思わずそんな言葉を口にしてしまった。

「よかった?」
「え?」
「ねえヨッチーちゃん、今よかったって言ったわよね」
「あっ!?」
「うーれーしーーー!もうヨッチーちゃんったら、そんなに私に会いたかったんだー」
女衒の栄ちゃんは、得意のオロチのような舌をべろべろさせながら、僕の顔にごつごつしたえらをすりつけてきた。
「い、痛い、痛いです、栄二さん」
「もう、ちょっとぐらい我慢しなさいってば、久しぶりの再会なんだからーん」
「久しぶりって、さっきあったばかりじゃないですか、いたたた」
「私にとって愛するヨッチーちゃんとの別れは、一時間でも10年くらいに感じるのよー」
「ぐえー、く、くるしいー」
栄ちゃんは容赦なく僕の体にその筋骨隆々の身体を巻きつけてきた。

「ちょっと栄ちゃん、そんなアナコンダみたいに締め付けたら吉宗くんが窒息しちゃうじゃない、放れなさいよ!」
「アナコンダ?まあ、ひどいこという子ね!あら、誰かと思ったら、めぐっぺじゃない、なーによ、あんたも一緒だったわけ」
「一緒で悪かったわね」
「せっかくヨッチーちゃんと幸せの再会だったのに、とんだお邪魔虫がはっついててがっかりだわ」
栄ちゃんは不機嫌そうにめぐみちゃんを睨むと、しぶしぶ僕にまきつけた体をゆるめた。
「はっついてって失礼ね、そういう栄ちゃんこそ、ここで何してるのよ?」
「何してるって、この町は私の仕事場でしょ」
「仕事場?」
めぐみちゃんはそう言うと、不思議そうに栄ちゃんが出てきたピンクの建物の中をのぞいた。
(うわ、めぐみちゃん!そんなまじまじと中を見たら・・・)

「さっきから気になってたんだけど、ねえ栄ちゃん、ここって何屋さん?」
「まあ、めぐっぺったら、かまととー、ここは殿方の楽園ソープランドに決まってるでしょ」 
「ソ、ソープランドー!?」 
めぐみちゃんは思わず叫んだ後、真っ赤な顔で僕を見た。
「ねえ吉宗くん、ここ、ソープランドだったんだって」
「えっ!?」
「どうりですごい色の建物だと思ったー、ねー、吉宗くん」
「そ、そうだね、ははは」
「そうだねなんて言って、吉宗くん実は入りたいんじゃないの?」
「どえー!そ、そんなこと・・・、な、何言ってるんだよ、めぐみちゃん」
まさか昨夜入ってしまったなんて口が裂けても言えない僕は、脂汗をぐっしょりかきながら苦笑いをうかべた。

「でも、なんで栄ちゃんがこんな所から出てきたわけ?」 
「なんでって、ここのオーナーとは古いなかでさ、ちょくちょく女の子も紹介してるんだわさ」
栄ちゃんはうれしそうに、ハメリカンナイトのピンクネオンの入口を指差した。
「まあ今日はさ、この前紹介した女の子がいじわるされてないか見に来たってわけ」
「へえ」
めぐみちゃんは、真剣な顔でハメリカンナイトの入り口の覗き込んでいた。

(あー、ちょっとめぐみちゃん、そんなにじろじろ・・・、間違えて中から、マライアさんとかが出てきちゃったら) 
僕は額から青筋をたらしながら、あわててめぐみちゃんの手を引っ張った。
「ねえ、めぐみちゃん、そんなところで覗いてたらお店の人の迷惑になっちゃうから・・・、それに早くお慶さんのお店に行かないと」
「あー、そうだったね、それじゃ栄ちゃん、私と吉宗くんは大切な用事があるから、じゃあねバイバーイ」
めぐみちゃんは栄ちゃんに向かってあっかんべーをすると、これ見よがしに僕の腕に体をすり寄せて来た。


「何よその態度、あいかわらっず憎っらしい子だわねー!」
女衒の栄ちゃんはぎりぎりと歯軋りをすると、めぐみちゃんがつかんだ手と反対の僕の腕にその太い手を回してきた。
「な、何よ栄ちゃん、どういうつもりよ」
「うるさいわね、このちんちくりん娘!私も用事が済んだからヨッチーちゃんと一緒に行くのよ」
「一緒に行くって栄ちゃんは関係ないじゃない」
「関係大ありよ、見なさいこの先のピンクネオンの数を、こんなところに大切なヨッチーちゃんとあんたたちだけで歩かせられますか !」 
「ピンクネオン?」 
めぐみちゃんは栄ちゃんに言われ路地の先を見た。そこはチャラチャラした風俗のネオンが所かしこに光り輝き、獲物を狙うハンターのような黒服さんたちと色っぽいお姉さんたちが、路地のあちらこちらで立っていたのだった。
「うわーすごい」
「すごいってあんた、この町がどういうところか知らないでヨッチーちゃんと来たわけ?」
「うん」
「困った子たちだこと、まあ私がついてれば心配ないわさ、とにかく、さあ行きましょヨッチーちゃん」
栄ちゃんはそう言うと同時に僕の顔を見て
「で?いったい何処に行くつもりだったわけ?あんたたち」
「あ、あの、お慶さんの喫茶店へ」
「お慶さん?」
一瞬不思議そうに首を傾げたあと
「もしかして、その先の三本目の路地を入った、新しくできた喫茶店?たしか慶っていったかしら」
「しってるんですか栄二さん」
「知ってるって花輪が出てたからさ、あれ?ねえ、あんた達、お慶さんってもしかして、追島ちゃんの別れたコレじゃない?」
そう言いながら小指を突き立てた。

「えー?栄二さんお慶さんのことも知ってるんですか?」
「知ってるに決ってるじゃないの、私と追島ちゃんとは同級生だったのよー」
「同級生!?」
「当時は私もバリバリ硬派なヤンキーだったのよ、追ちゃんとはいっしょに、さーんざん悪さした中よ、ほほほほほほほ」
栄二さんは堀之内の夜空に響き渡るほどの甲高い声で笑ったあと
「なつかしいわー、私と追島ちゃんでこの町を練り歩いたいたころが、それに竜のやつも一緒に、うっ!?」
そう口にした後、急に真顔になってぐっと眉間にしわを寄せた。 
「ねえ、どうしたの栄ちゃん?急に怖い顔して」
「ちょっと、いやなことも思い出しちゃってね」
「いやなこと?」
「人間生きてると良い事も悪いことも、いろんなことがあるのよ、めぐっぺ」
「栄ちゃん・・・?」
「私もお慶ちゃんには話したいことが山ほどあるんだわさ」
女衒の栄ちゃんはそれまで見せたことのない真剣な顔で遠くをみつめていた。
 


そのころ、ひばり保育園では数名の子供たちの楽しそうな笑い声が響いていた。
そして、その園庭の脇の草むらでは一匹のマウンテンゴリラが中の様子をうかがいながら、じーっとたたずんでいた。
そのマウンテンゴリラこそ、他でもない追島さんだったのだ・・・。

「西条・・・、野郎がなんでユキの保育園なんぞに?」 
追島さんは明かりのついた保育園を見ながら、ぼそっと草むらでつぶやいた。そんな追島さんの背後から 
「兄弟?そこにいるのは、追島の兄弟だろ?」
「!?」
振り返ると、缶コーヒーを持ったスキンヘッドの熊井さんが立っていた。
「やっぱりな、俺がうっかり西条の事なんぞ話しちまったからよ」
熊井さんは手に持っていた缶コーヒーを追島さんに差し出した。

「わりいな、熊井の兄弟」
「おいおい、また変なまねはやめとけよ」
「ああ、そんな心配はいらねえよ、俺もまた臭い飯食わされるのはごめんだからよ」
追島さんは手にしていた缶コーヒーを開けながら渋い顔で笑った。
「追島の兄弟、あんたもさんざんの目にあわされたからな、西条の野郎には、むかっ腹立つ気持ちはわかるけどよ、ここは俺たちに任せてくれや」
「任せる?」
「野郎はうちの組を破門になった身だ。それがのこのこと面見せやがったんだ、事と次第によっちゃ、ただで済ますわけにはいかねえんだ」
「何?今、何って言ったんだ熊井の兄弟」
「いや、こっちの事だ」
「こっちの事って、まさか西条の野郎をぶっちめる気じゃ」
「ことと次第によっちゃな」
熊井さんは鬼のような形相でうなずいた。

「おい、それは待ってくれよ」
追島さんは怖い顔で熊井さんを見た。
「待ってくれって、何で?兄弟だって野郎が原因でお慶ちゃんと別れることに」 
「うっ!」
「あっ!すまねえ・・・、追島の兄弟、あんたには苦い話し思い出させちまったか」
「いや、確かに俺が慶と別れたのは、あの一件が原因かもしれねえ、ただ、野郎にヤキ入れるのだけは待ってくれねえか」
「どうして?」
「どうしてもだ、たのむよ兄弟」
追島さんは真剣な顔で熊井さんを見た。

「兄弟がそこまで言うなら仕方ねえ、ただ野郎が性懲りもなくひんまがったことしてやがったら話は別だぜ」
「ああ」
追島さんはうなずくと静かに園の方を見た。
「そん時は俺がきっちりけじめつけるよ、西条竜一やつは俺のまぶダチだった男だからな」
「兄弟・・・」 
そのときだった。追島さんと熊井さんが様子をうかがっているとも知らず、顔をぼこぼこに腫らしたイケメン三波が園の入口に姿を現した。
「いてて、まったく西条さんも容赦ねえからよ、せっかくのイケメンが台無しだぜ」
イケメン三波は西条に殴られた顔を押えながら、入口の鏡の前で立ち止まった。
「しかし、いきなり現われて遊び代20万用意しろだなんて、西条さんもひでえよな、とりあえずこのツラ見て、春菜のやつが金用意してくれるかどうか」
三波はぶつぶつと独り言をつぶやいたあと
「ただいま戻りましたー」
さわやかな声にもどって、保育園の中に入って行った。

「あいつさっき縁日で会った男だ、どっかで見た野郎・・・ん!?」
追島さんが突然ハッとした顔で
「思い出した!あいつ、西条の舎弟のスケコマシ野郎だ!!」
追島さんは、気がつくと同時にまるで怒りに満ちたキングコングのような形相に変わっていたのだった。

つづく

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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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